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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第九十四話 ぬくもりと元気

 翌日。照真しょうま総十郎そうじゅうろうの口から事件は解決したと神主に伝えられた。すぐに町全体の安心につながるわけではないが、神主は何度も二人に頭を下げた。咲光さくやの療養のためしばらく滞在したいという頼みも快く引き受けてくれた。



「では、もう町で人が行方不明になる事はないんですか…?」


「はい。それは俺達で収束させておきました」


「すごい……。照真さん達、ずっとその為に色々してくれてたんですか!?」



 感動しているように目を輝かせる穂華ほのかに、照真は「それほどじゃない」とブンブンと手を振った。


 今日もまた、智世さよと穂華が見舞いに来てくれた。今日は布団の上で身を起こす咲光の元気な姿も見られて、二人ともホッと息を吐く。

 照真に何度も謝ったように、穂華は咲光にも謝罪した。しかし、それを咲光は頷いて、笑って「気にしないで」と穂華の頭に手を置いた。



『あれは、私の力不足が原因で、この傷は私の責任だから。ね?』



 そう言った咲光に、穂華は一度照真を見ると、「守ってくれて、ありがとうございました」と深く深く頭を下げた。


 町での事件の一連も「もう大丈夫」だと告げた照真に、智世も穂華もそれ以上何も聞かなかった。



(きっとまたあやかしが関係するような事で、咲光さん達は動いてくれていたんだわ)



 だからきっと、あまり深く聞いてはいけないのだろう。



「少しすれば、もう誰も怯える事もなくなります。だから、笑っていてください」



 そう言う咲光に智世は頷いた。

 失われたものは戻らない。けれど、見ず知らずの人々の為に尽力してくれた者達がいる。それを決して忘れない。


 きゅっと胸元に拳をつくる智世の隣では、穂華が少し辛そうに、何か考えるように視線を下げていた。それを認めた照真が首を傾げる。



「穂華ちゃん。どうかした?」


「えっ、ううんっ! あ、神来社からいとさんは?」


「? 神主さんに呼ばれて、今は外してるよ」


「そうなんだ」



 智世と穂華が来る少し前、神主に呼ばれて総十郎は向かった。「お客様が…」と言う言葉は聞こえたが、それ以上は分からなかった。総十郎も何も言わなかったから。

 こんな所に誰だろうと照真が首を捻っていると、話し声が近づいて来た。



「え? じゃあ二人と一緒なのか」


「あぁ。楽しい旅してる」


「そりゃ良かった」


「? 何がだ?」


「いんや。何でもない。俺も行きたいなー」



 親しそうなやり取りの最後には、総十郎の笑う声が聞こえてくる。聞こえてくる声に四人も自然と口を閉ざす。



(神来社さんと……この声…)



 聞き覚えのある声だ。思い当たる人物を浮かべながら障子を見ると、ちょうど総十郎が姿を見せた。その顔は智世と穂華を見て優しい笑みを浮かべる。



「智世。穂華。来てくれてたのか」


「はい。こんにちは」



 ぺこりと頭を下げる智世は、総十郎の後ろから姿を見せた男性に首を傾げた。

 総十郎と親しそうな会話は聞こえていたが、ここ数日では見た事がない男性だった。そんな男性は自分達を見た後でまた一歩前へ出ると、咲光と照真を見てニッと子供のような笑みを浮かべた。



「よっ。咲光ちゃん。照真」


鳴神なるかみさん!」



 ひょいと総十郎の後ろから顔を見せたのは、万所よろずどころ祓衆はらいしゅうとう”の一人、鳴神一心(いっしん)。思わぬ再会に咲光も照真も驚く。その驚きを笑みを浮かべ見ると、そのままずんずんと部屋に入る。


 総十郎は智世の傍に腰を下ろし、鳴神を指差した。



「アイツは鳴神。俺達の仲間だ」



 智世は鳴神を見た。仲間という事はあの人も…? と思い見つめる。その視線の先で、鳴神は照真の前に膝を折った。



「今回はお疲れさん。神来社に聞いたぞー、強くなったって」


「わっ…!」



 いっぱい褒めるように頭に乗せられた手がわしゃわしゃと動く。それでも、照真は照れくさそうな嬉しそうな笑顔だった。

 そんな照真に鳴神も嬉しくなる。そして照真から手を離すと、今度は咲光の傍に膝を折った。



「怪我は大丈夫か?」


「はい」


「そうか、良かった。一人で対処したんだろ? 扱える神威も強くなったってな。凄いぞ」



 頭に乗せられた手は優しく褒めるように左右に動かされる。気恥ずかしくて、それでもまっすぐ褒めてくれる言葉は嬉しい。優しいぬくもりと元気をくれるのは前回と同じだ。それを感じながら咲光の頬も緩む。


 一通り褒めた所を見計らい、総十郎が鳴神を呼んだ。



「鳴神。例の件だが…」


「? 何だっけ?」


「…………………」



 純粋な目でコテンと首を傾げた鳴神に、総十郎から次の言葉が出てこない。呆れでも怒りでもない、何とも言い難い表情に咲光と照真がオロオロと二人を交互に見る。

 と、思い出したと言うように鳴神がポンッと手を打った。



雑鬼ざっきへの対処な! 思い出した!」


「……………そうか。思い出して何よりだ。本当に。俺は今お前の弟子の気持ちが分かった気がする」


「何で?」


「………鳴神。お前実力は申し分ないんだけどな…。陽気というかのんびりしてるというか……」


「何だよーいきなり。大体、常時小太郎みたいにきっちりしてみろ。兄貴みたいになるわ」


「いや。お前の兄さんの人柄を知らん」



 傍目には仲の良い友人同士にしか見えず、咲光は思わずクスリと笑ってしまった。それは穂華も同じようで吹き出しそうになるのを堪えている。

 智世にたしなめられるのを見やり、鳴神は「分かった分かった」と仕事の話を始めた。



「神来社に文をもらってな。人を困らせてる雑鬼がいるから手を打ってくれって」


「あっ。前に飛ばしてた式は、本部じゃなくて鳴神さんにだったんですか?」


「あぁ。智世にちょっかい出して来る雑鬼への対処にな」



 総十郎の言葉に、智世が目を瞠った。






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