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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第九十三話 思い出のぬくもり、背中のぬくもり

「!」


「!?」



 牙と、刀が、魚型のあやかしに突き刺さった。魚型の妖から悲鳴が上がる。


 瞬時に距離を詰めながらも、総十郎そうじゅうろうは見つけた。



(! アイツはっ……!)



 やはりそうだった。木に凭れかかっている咲光さくやの姿があった。怒鳴りたくなったが、総十郎は押さえ込んで斬り込んだ。


 が、足掻きは続く。

 バキバキッと立つ鱗に、獣型の妖はすぐに気づくと、その尾で総十郎を弾き飛ばした。


 難なく着地した総十郎と照真しょうまは、撃ち出された鱗が獣型の妖を襲うのを見た。それでも、どれほど痛めつけられても、決してその牙は離さない。

 その毛が赤く染まる。もうボロボロで、立っているのもやっとのはずなのに、その目が強く照真を見た。



(っ……分かったよ)



 一瞬だけ、強く唇を噛んだ。それでも、照真は総十郎と走り出す。襲い来る鱗を弾き飛ばし、決して止まらず進んだ先で、二振りの刃が魚型の妖を斬った。


 ドサッと音をたて、二体の妖が地面に崩れ落ちる。

 魚型の妖が黒いもやとなり消えていく。それを視てから、照真は獣型の妖を視た。


 ゼェゼェと息も絶え絶えだ。すぐに事切れてしまうのが分かった。照真はその大きな体躯の傍に駆け寄った。



「……………」


「……ふっ。なぜ……そん…顔…を……」



 苦しそうな悔しそうな表情を見て、獣型の妖は力無く笑った。


 視線を下げてしまうと、広がって止まらない血だまりが視界に入ってしまう。だから、照真は妖を見つめた。

 咲光の刀を回収し、ふらふらとやって来た咲光にそれを返した総十郎は、咲光を支えて共に照真と獣型の妖を見つめる。


 獣型の妖ははぁっと大きく息を吐いた。



「…奴………倒せ…な…」


「うん…」


「あぁ……良か……」



 これでやっと――と、どうしてか笑みを浮かべてその目を閉じた。


 瞼の裏に思い浮かぶのは、大事な大事な弟と共に、野原を駆けていた頃の思い出。あの時、弟が川へ近づかなければ、今もきっと続いていた日常。


 夜風がふわりとその毛を揺らす。血だまりは広がる事をやめた。穏やかな表情の中で閉じられた瞼はもう開く事はない。

 照真が、まだ柔らかいその毛にそっと触れると、その身は光の泡となって消えていった。


 一度だけ空を見上げ、瞼を閉じる。そして総十郎は咲光へ視線を向けた。伏せがちの瞳は少し悲し気だ。悼む想いがあるのだろうが、総十郎は心を鬼にした。



「で、咲光。お前はどうしてここにいる?」


「え…?」


「え、じゃないだろう。安静だって言ったよな? 俺と照真に任せろって?」


「…………………」



 怖い。そして何も言い返せない。


 咲光の視線がそそっと総十郎から離れて、今更になってダラダラと冷や汗が流れる。何か、何か言わなければと思っても、全面的に悪い自覚があるので言葉は何も出てこない。

 口火を切った総十郎に乗っかり、照真も立ち上がると咲光へ詰め寄る。



「絶対安静だって分かってるだろ? なんでこんな無茶な事するんだ」


「ごめん……。その…じっとしていられなくて…」


「俺は日野と違って、反省してるからとか行動力があるから褒めるとか、そういう事はしない。奴に攻撃されたらどうしてた。傷が開いたら今度こそ危なかったんだぞ。じっとしてられない気持ちは分かるが、自分の事を考えろ」


「……すみません」



 身を小さくさせ謝罪の頭を下げる咲光に、総十郎も全く…と説教の口を閉ざした。

 寝間着に羽織を着ただけの恰好は、一秒でも時間を惜しんでいた事が分かる。



(でもな、お前に万が一の事があれば、俺も照真も辛い。お前のご両親にも申し訳ない…)



 あの桃の木の下で、三人に誓ったのだから。


 総十郎はスッと咲光から刀を取ると、それを照真に渡した。そして咲光の前に背を向け膝を折る。



「乗れ。それ以上傷に負担はかけられない」


「えっ……でも…」



 視線だけ向けて来る総十郎に、すぐに「はい」とは言えず咲光は両手を拒絶に振る。が、総十郎も譲らない。

 たじろぐ姉に、照真が仕方ないな…と咲光の肩を押した。



「ほら早く。姉さん冷えてるし、早く戻ろう」


「照真っ……!」



 照真に押され、咲光は総十郎の背に凭れかかった。反射的に離れようとしても、総十郎はすぐに立ち上がってしまってもう離れられない。

 軽々と咲光を背負うと、傷に響かないよう注意しながら立ち上がり、総十郎は照真を見た。



「浄化を頼む」


「分かりました」



 魚型の妖が消えた場所へ刀を突き立てると、照真は目を閉じて紡ぐ。



「その息吹いぶきもって、祓いたまえ。清めたまえ」



 ぶわりと清らかな空気が周囲に立ち込み、妖気の混じる空気を消し去る。無意識に重たくなる呼吸も軽くなった。

 照真の出来栄えに総十郎も満足そうな表情を見せる。そして戻って来た照真と共に神社への帰路に着いた。申し訳ないような気恥ずかしいような想いを抱えながら、咲光は総十郎に身を委ねる。



「…あの、神来社からいとさん」


「何だ? 下ろせは聞かないぞ?」



 最初に言ってしまう総十郎の、少し笑みを含んだ声音に照真もフッと笑ってしまった。咲光も、首だけ振り返った総十郎の笑みが見えてしまい、諦めを表情に出した。



「…いえ。お願いします」


「あぁ」



 背負ってくれる総十郎の背中が大きくて広い。そしてとても温かい。


 そのぬくもりに、咲光は身を預けた。背の痛みも今だけは気にならなかった。






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