第九十二話 逃げるが勝ち
通常の魚からは想像も出来ない甲高い断末魔が響き渡る。
そのまま刀を深く突き刺そうとした総十郎だったが、痛みに身を捩る魚型の妖の抵抗で振り払われた。
タンッと照真もまた地に着地する。距離を開けて獣型の妖も地面に足をつけた。
ポタリと血を滴らせながら、魚型の妖が牙を鳴らす。
「照真。まずは阻止だ」
「はい!」
咲光から教えてもらった水移動。まずは、それを阻むための手を打たなければいけない。
♦♦
「水移動…。これで行方不明になった人の謎も解けたな」
「はい。水があったから…」
きゅっと眉を寄せた咲光に総十郎も表情に険しさを見せる。
水と水。ただ流れる水ではなく、恐らく少なくても貯水されている水。湯船のように。水たまりのように。
でも…と照真は顎に手を当てた。
「この町で水のない所って、それこそないですよね?」
「あぁ。水のない所を望むより、水があっても、どうやって近づけないかを考えた方が良い」
「神威で阻む事が出来ます」
「そうだな」
♦♦
照真と総十郎は駆け出す。そこに獣型の妖が加われば、すぐにでも川へ逃亡しそうだったが、そこは総十郎が早かった。
振り下ろされる刀を除け続ける魚型の妖は、総十郎の狙い通りに川から引き離されていく。そこへすぐさま、照真が川の前へ陣取り、拍手を打った。
(絶対に水で移動はさせない!)
川という入り口を塞げば、ここからすぐに町へ移動される事はない。後は自分達で別の入り口となりそうな、水の噴出による水たまりを作らせない事。そして、ここで倒す。
川から引き離した総十郎は、照真の清めが川への侵入を阻んでいるのを感じ、再び地を蹴った。今度は斬るつもりで。
魚型の妖には、獣型の妖が挑んでいる。ぶつあり合う妖力が吹き荒れている。が、今は獣型の妖が押されているようだ。加勢するように照真と総十郎が挑む。
二人と一体の姿に、魚型の妖が吼えた。バキバキと鱗が立つ。
(来る!)
鱗のつぶて。照真が緊張すると同時に、ドドドッと鱗が撃ち出された。
まっすぐ動いていた照真も縦横無尽に襲い来る鱗に足を止められ、方向転換を余儀なくさせられる。その中で、総十郎は弾く鱗を見極め、ザッと魚型の妖の懐へ躍り出た。
その刃が斬る…と思った瞬間、魚型の妖が地面に水を噴出させた。その勢いで後退する。
(! なんっつー避け方を…!)
思わず舌打ちが零れてしまう。が、すぐさま刀を地面に突き刺した。
(――神よ)
願い、乞う。そしてすぐに刀で飛んで来る鱗を弾き飛ばした。鱗はすぐに魚型の妖の身体へ戻っていく。
二度も阻まれ、魚型の妖が歯を鳴らす。宙に浮いているその身は、まるで水中を泳いでいるよう。尾ひれがゆらゆらと揺れている。
(この妖、攻撃する事よりも、逃げる事に迷いがない)
一歩間違えればすぐに逃げられる。それを感じ総十郎も眉間の皺を深くさせる。
照真が川へ近づけないよう神威を張ったが、それはここ一帯の話であり、もっと上流や下流となると神威が届かない。
魚型の妖の移動速度を考える総十郎の前で、魚型の妖がぐるりと身を反転させた。
「!」
すぐさま照真と総十郎も地を蹴る。地を走るよりも宙を泳ぐ妖の方が速い。
ギッと奥歯を噛んだ二人の前でドゴォッと大きな音が響き、魚型の妖が地に落ちた。
「逃がすか」
底冷えするような低く唸る声が魚型の妖に落とされる。その身を踏みつけられた魚型の妖はじたばたと暴れるが、逃がしてくれる気配などない。ギィッと獣型の妖をひと睨みした直後、ギャンッと獣型の妖から痛みの声が上がった。
片方のヒレから伸びた針がその身を貫いたのだ。
「! 大丈夫か!?」
ドンッと地に倒れた獣型の妖に、すぐに照真が駆け寄る。自由になった魚型の妖だが、すぐに浮き上がる事は出来ずじたばたともがいていた。そこをすかさず総十郎が斬りかかる。
斬りつけると同時に浮き上がり、致命傷に至らない。総十郎は魚型の妖を睨むと、逃げる妖をすぐに追った。
照真に駆け寄られた獣型の妖は、痛みをこらえながら身を起こす。貫かれた箇所からも、動いて開いた傷からも、血が流れている。それに、先の鱗のつぶての攻撃も受けたのだろう。あちこちから血が流れ、その傷もかなり深い。
「っ……じっとしてた方が…」
「俺に構うな! 奴を倒すまではっ、絶対に死なない……!」
悲壮な決意が、その目をまだまだ強く輝かせる。その強さに照真は何も言えなかった。
立ち上がり、魚型の妖が逃げ方向へ走り出す。照真もその隣を走った。明らかに速度は落ちていた。
向かった先では、総十郎が戦っていた。すでにヒレの針が斬り落とされて地面に転がっている。
照真も獣型の妖も、すぐに戦闘に加わった。
そんな中、魚型の妖が身を翻した。どこかへ逃げると思った総十郎は、その先に小さなため池を見つけた。
(まずい…!)
このままでは逃げられる。そう思った時には強く地を蹴った。
が、総十郎よりも獣型の妖が速かった。そして――
「!」
「!?」
牙と、刀が、魚型の妖に突き刺さった。




