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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第九十一話 再戦

「そうなると、どこから出て来るんだろ…」



 出現場所の候補が増えてしまった事に、照真しょうまがムッと眉間に皺を寄せた。

 が、総十郎そうじゅうろうはそれに対しフッと口端を上げた。



「それは、俺が式を飛ばす」


「式を?」



 咲光さくやと照真がコテンと首を傾げた。それにクスリと笑みをこぼし総十郎は続けた。



智世さよの屋敷を中心に式を飛ばして妖気を探る。そうすれば、奴の位置も正確に分かる。屋敷に近ければ水移動してくる可能性があるが、遠ければすぐに向かってもひとまずは大丈夫だ」


「式で妖気を…。そんな事も出来るんですね」


「まぁな。それに智世の安全は最優先事項だし、今夜も絶対に屋敷を出ないよう言っておいた。咲光が清めてくれたおかげで、あやかしも近づけない。もう一日は安全だ」



 総十郎の判断に咲光は驚く。そうなのか…と照真も感心した。


 そんな照真に総十郎は内心で苦笑する。照真も同じくらいの清めが出来るのだ。それが、二人がこれまでにしてきた努力の結果。



「後は俺達が早いか、あの獣型の妖が早いか、だな」



 総十郎にとっては、獣型の妖が魚型の妖を倒しても問題はない。が、それにより獣型の妖が力を得て、人を襲うようになっては困る。出来るなら、それを防ぐためにも自分達の手で倒したい。


 今夜の流れが浮かび、照真はそっと総十郎を見ると意を決して問いかけた。



「あの、神来社からいとさん」


「ん?」


「以前、総元そうもとは術者の家系の方だって聞いたんです。神来社さんは、式を作ったりして…祓衆はらいしゅうと…同じだけの事が出来る…んですか…?」



 少し迷うような、どう言えばいいのかという照真の声音に、総十郎は「あぁ…」と吐息がこぼれた。

 一度天井を仰ぐと、その目はさして変わらず照真に向けられる。



「いや。雷神召喚とか、結界張るとか、祓衆ほど強力な術は扱えない。俺が出来るのは、式を飛ばしたり、霊力をちょっとだけ術に変換する事くらいだ」


「そうなんですか…?」


「あぁ。俺は弟妹達とは違って霊力が弱い。だから退治人やってるんだ」



 そう言う表情は明るいものだった。だから照真も、少し驚いたが「そうなんですか」と普段通りに答えた。

 そんな総十郎を咲光はじっと見つめた。


 南二郎なんじろうが次期総元だと言っていた弟妹達と、「任せた」と笑っていた総十郎。



(神来社さんは、どちらの道も選べたんだろうな……。それでも、危険な道から外れる事をしなかった)



 生まれ故なのか。しかし、総十郎を見ていると、そこに確かな意思がある事が分かるから、凄いと思う。


 自分を見つめる目に首を傾げる総十郎に、咲光はふるふると首を横に振った。







 空が暗闇に覆われる時間、照真と総十郎は智世の屋敷の屋根の上にいた。


 神社を出る前まで、じっとしていられないと言いたげな表情をしていた咲光に「ちゃんと安静にしててよ!」と照真は何度も何度も念押しした。その度に咲光はシュンと小さくなってしまって、総十郎は苦笑した。照真に同意なので何も言わなかった。


 屋根の上で、総十郎の髪が風に揺れる。それを感じ、懐から紙を取り出した。

 それを折っていけば、鳥や飛蝗バッタのような生き物が出来上がる。そして、呪文を唱えれば、それらはバッと町中へ散らばって行った。あぁやって妖気を探るのだ。



(神来社さんが術を使うのを見るのは二度目だ。でも、確かに退治に使った事はない)



 二度とも式を飛ばしたところを見ただけ。霊力が弱いというのは本当なのだろう。


 総十郎の眼差しは暗くなった町を睨んでいるまま。照真もすぐに、流れて来る情報に感覚を研ぎ澄ませた。

 出歩いていた人も夜を恐れているのか、家の中に入るともう出てこない。少しくらい夜歩きしていそうな人がいてもおかしくはないのに、今は人っ子一人いない。どこもかしこも人気が無い。


 髪を揺らし、着物をひらめかせる風を受けながら、照真は町を探る。気配、音、妖気、少しの違和感も逃がさない。


 長いか短いかという時間が経った頃、総十郎の視線が動いた。



「照真。こっちだ」


「はい!」



 放った式には総十郎の霊力が込められている。式が妖気に当てられれば、それが霊力を通じて総十郎にも伝わるのだ。


 式から伝わってきた妖気に、総十郎はすぐに駆け出す。それに照真も続いた。

 屋根から屋根へ跳び移る。全力で走る総十郎に、照真も続いた。夜風が肌を撫で、月が灯りをくれる。暗闇に慣れている視界のおかげで速さは衰えない。


 家を越え地を走ったその先で、別の妖気に出くわした。相手も走っていたようで、両者が足を止める。



「退治人…」


「また会ったな」



 獣型の妖が照真と総十郎を見る。その表情は険しく、眉間に皺が寄っていて少し苛立っているようだった。



「お前達に構っている暇はない」



 言うや否や、獣型の妖は走り出した。照真も総十郎もすぐさま同じ方向へ向けて走り出し、横に並んだ。


 全力で走っていれば自分達などすぐに追い抜かれて置き去りにされるはずだと、総十郎はちらりと横を見た。毛で隠れて見えづらいが、生々しい傷があった。癒えているとは言えながら日は経っていると思われる傷だ。



(この傷を負って、あの妖と戦って来たのか……?)



 それほどの何かがこの妖にはあるのだろうか。問うても答えてはくれないだろうと、総十郎も走る事に集中する。


 この獣型の妖は決して弱くない。が、これまで戦って来た妖に比べればやはり劣る。それを正確に感じながら照真も続く。



「どこまで来る気だ」


「この先に用がある。例の妖を退治するためにな」



 ギロリと妖が総十郎を睨む。が、そんな視線に怯む事はない。



「俺達も奴を倒す為にここにいる。お前の目的が同じなら、俺達は一助にはなれると思うが?」


「ハッ! で、奴を倒したら次はそのまま俺を斬るか? 退治人」


「いいや。お前は人を襲っていない。なら斬る理由はない」



 はっきりと告げられた否定に、妖は何も言わなかった。ただ総十郎と照真を見て、そして前へ視線を戻した。



「……勝手にしろ」



 言うと同時に、バッと目の前が開けた。


 川の傍。恐らく町を流れる川の上流だろうそこに、あの魚型の妖がいた。宙を泳ぎ、川を窺っている。その様子に二人と一体の空気も変わった。

 ダンッと地面が抉られる。


 魚型の妖が照真達に気付くより早く、二人の刃と一体の牙が襲いかかった。






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