第九十話 元気な証拠
照真が昼餉の手伝いに向かい、総十郎は一人咲光の傍に座る。そして思案に暮れた。
(相手の姿は確認できた。あれで間違いない。もう一体が気がかりだが、人を襲う類ではなさそうだ)
獣型の妖からは人を襲った妖特有の禍々しい妖気はしなかった。
人ではなく、あの魚型の妖を追っているらしい様子を思い出し、総十郎もひとまず退治目標から除外する。何か因縁があるのかもしれない。
(また智世の元へ来るか別の所に出るか…。これは式を飛ばしてみるか…)
照真を智世の護衛に残す事も出来る。しかし、それでまた同じ事になれば本末転倒。
総十郎が動けば早い。しかし、照真達にもっと経験を積んで欲しいと思う気持ちも強い。
一つひとつを考え、解決策を探る。
「……からいと…さん…」
「!」
小さな声に呼ばれた。ハッと視線を向ければ、横になったまま自分を見つめる咲光の瞳がある。
目が合うと、ホッとしたように細められた。
「咲光っ……!」
思わず身を乗り出すが、すぐに咲光が辛くないよう身を引っ込めた。その動きに咲光は優しく嬉しそうに笑みを浮かべる。
「照真は? 穂華ちゃんは……」
「大丈夫だ。照真は昼餉の準備。穂華も怪我はないし、さっきまで智世と見舞いに来てくれてた」
「そうですか…。良かった」
開口一番の言葉には、嬉しいような困ったような心地になる。
しかしすぐに、身じろぐ咲光に慌てて片膝をついて立った。
「どうした?」
「み…水を…飲みたくて」
「分かった。ちょっと待ってくれ」
すぐに咲光は痛みに顔を歪める。
それを見て総十郎は咲光の動きを制すと、掛布にしていた羽織を着させた。頭元に置いてあった椀に水を注ぎ、自分の傍に置く。
そして、ゆっくりと咲光の身体を支えながら起こした。羽織の襟元を握り合わせ、咲光は総十郎から貰った椀に口をつける。冷えすぎていない水は、スッと喉を通り潤いをくれた。思わずホッと吐息がこぼれる。
肩に回された総十郎の腕は強くしっかりとしていて、咲光は安心して身を委ねた。空になった椀を受け取り、コトンッと床に置く。
「神来社さん。昨夜の…獣のような妖は…?」
「あぁ。あれはどうやら、お前が戦った妖を倒そうとしてるらしい。人を襲ってはいないようだから、今は退治はしない」
「そうですか……」
「お前が戦った妖の事、教えてくれるか?」
傷に響かないようそっと咲光を横にさせる。総十郎の言葉に咲光は頷くと、戦いの全てを話した。
顎に手を当てながら、総十郎はその話を聞く。
全てを話し終えた咲光に、総十郎は優しくぽすんっと頭を撫でた。
「分かった。ありがとう」
「………いえ」
「お前はしばらく安静だ。奴は俺と照真で退治する。いいな?」
「でも……」
「いいな?」
念押しされ、咲光はシュンと眉を下げると「…はい」と頷いた。
頷くしかなかった。解っている。この傷では何も出来ない。足手纏いになるだけだ。
シュンとした咲光を慰めるように「よし」と総十郎は話を切り替えた。
「飯は食えそうか?」
「…はい。食べます」
「元気になってる証拠だな」
ニッと笑みを浮かべる総十郎に咲光もクスリと笑みを返した。「伝えてくる」と部屋を出る総十郎を、咲光は思わず呼び止めた。何かと振り返る目に、そっと告げた。
「ありがとうございます。神来社さん」
「? どういたしまして」
礼の言葉に一度だけ瞬いて、総十郎は台所へ行く。その姿を見送って、咲光は嬉しさと喜びで笑みを浮かべた。
総十郎が台所へ向かってそう時間も経たず、照真が総十郎と共に戻って来た。
「姉さん!」
昼餉を手に戻って来た照真に、思わず咲光は笑う。その笑みにホッとして、照真は膳を置くと咲光を見つめた。
「良かった。大丈夫?」
「うん。大丈夫。心配かけてごめんね」
「謝るような事、姉さんは何もしてないよ。無事で本当に良かった…」
全身で無事を安堵してくれる。そんな姿に嬉しそうに申し訳なさそうに咲光は弟を見つめた。
そして、三人で昼餉を頂く事にした。
昼餉が終われば、すぐに今夜に向けての話し合いが行われる。
「妖は、一度でも人を襲いその味を覚えると、立て続けに人を襲う。昨日の獣型の妖はそうじゃないと見ていい。つまり、この町での一件は魚型の妖による」
「はい」
咲光と照真が頷く。智世を狙っていた妖。昨日も逃亡したとはいえ、あのまま逃げたとは思えない。
「あの水移動が妖力によるものなら、移動できる範囲があると思います」
「同意見だ。あの時は川があったから、もう一つ入り口を作れば良かったんだろう。水源がいくつもあると厄介だな」
「町は川があるから、あの妖にとっては都合がいいんですね」
人の生活には水がある。そこに川まであれば移動し放題。それもあって、行方不明になった人が多く出たのだろうと考えられた。
「そうなると、どこから出て来るんだろ…」
出現場所の候補が増えてしまった事に、照真がムッと眉間に皺を寄せた。
が、総十郎はそれに対しフッと口端を上げ、落ち着いていた。




