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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第九十話 元気な証拠

 照真しょうまが昼餉の手伝いに向かい、総十郎そうじゅうろうは一人咲光(さくや)の傍に座る。そして思案に暮れた。



(相手の姿は確認できた。あれで間違いない。もう一体が気がかりだが、人を襲う類ではなさそうだ)



 獣型のあやかしからは人を襲った妖特有の禍々しい妖気はしなかった。

 人ではなく、あの魚型の妖を追っているらしい様子を思い出し、総十郎もひとまず退治目標から除外する。何か因縁があるのかもしれない。



(また智世さよの元へ来るか別の所に出るか…。これは式を飛ばしてみるか…)



 照真を智世の護衛に残す事も出来る。しかし、それでまた同じ事になれば本末転倒。

 総十郎が動けば早い。しかし、照真達にもっと経験を積んで欲しいと思う気持ちも強い。


 一つひとつを考え、解決策を探る。



「……からいと…さん…」


「!」



 小さな声に呼ばれた。ハッと視線を向ければ、横になったまま自分を見つめる咲光の瞳がある。

 目が合うと、ホッとしたように細められた。



「咲光っ……!」



 思わず身を乗り出すが、すぐに咲光が辛くないよう身を引っ込めた。その動きに咲光は優しく嬉しそうに笑みを浮かべる。



「照真は? 穂華ほのかちゃんは……」


「大丈夫だ。照真は昼餉の準備。穂華も怪我はないし、さっきまで智世と見舞いに来てくれてた」


「そうですか…。良かった」



 開口一番の言葉には、嬉しいような困ったような心地になる。

 しかしすぐに、身じろぐ咲光に慌てて片膝をついて立った。



「どうした?」


「み…水を…飲みたくて」


「分かった。ちょっと待ってくれ」



 すぐに咲光は痛みに顔を歪める。

 それを見て総十郎は咲光の動きを制すと、掛布にしていた羽織を着させた。頭元に置いてあった椀に水を注ぎ、自分の傍に置く。

 そして、ゆっくりと咲光の身体を支えながら起こした。羽織の襟元を握り合わせ、咲光は総十郎から貰った椀に口をつける。冷えすぎていない水は、スッと喉を通り潤いをくれた。思わずホッと吐息がこぼれる。


 肩に回された総十郎の腕は強くしっかりとしていて、咲光は安心して身を委ねた。空になった椀を受け取り、コトンッと床に置く。



「神来社さん。昨夜の…獣のような妖は…?」


「あぁ。あれはどうやら、お前が戦った妖を倒そうとしてるらしい。人を襲ってはいないようだから、今は退治はしない」


「そうですか……」


「お前が戦った妖の事、教えてくれるか?」



 傷に響かないようそっと咲光を横にさせる。総十郎の言葉に咲光は頷くと、戦いの全てを話した。

 顎に手を当てながら、総十郎はその話を聞く。


 全てを話し終えた咲光に、総十郎は優しくぽすんっと頭を撫でた。



「分かった。ありがとう」


「………いえ」


「お前はしばらく安静だ。奴は俺と照真で退治する。いいな?」


「でも……」


「いいな?」



 念押しされ、咲光はシュンと眉を下げると「…はい」と頷いた。

 頷くしかなかった。解っている。この傷では何も出来ない。足手纏いになるだけだ。


 シュンとした咲光を慰めるように「よし」と総十郎は話を切り替えた。



「飯は食えそうか?」


「…はい。食べます」


「元気になってる証拠だな」



 ニッと笑みを浮かべる総十郎に咲光もクスリと笑みを返した。「伝えてくる」と部屋を出る総十郎を、咲光は思わず呼び止めた。何かと振り返る目に、そっと告げた。



「ありがとうございます。神来社さん」


「? どういたしまして」



 礼の言葉に一度だけ瞬いて、総十郎は台所へ行く。その姿を見送って、咲光は嬉しさと喜びで笑みを浮かべた。


 総十郎が台所へ向かってそう時間も経たず、照真が総十郎と共に戻って来た。



「姉さん!」



 昼餉を手に戻って来た照真に、思わず咲光は笑う。その笑みにホッとして、照真は膳を置くと咲光を見つめた。



「良かった。大丈夫?」


「うん。大丈夫。心配かけてごめんね」


「謝るような事、姉さんは何もしてないよ。無事で本当に良かった…」



 全身で無事を安堵してくれる。そんな姿に嬉しそうに申し訳なさそうに咲光は弟を見つめた。

 そして、三人で昼餉を頂く事にした。


 昼餉が終われば、すぐに今夜に向けての話し合いが行われる。



「妖は、一度でも人を襲いその味を覚えると、立て続けに人を襲う。昨日の獣型の妖はそうじゃないと見ていい。つまり、この町での一件は魚型の妖による」


「はい」



 咲光と照真が頷く。智世を狙っていた妖。昨日も逃亡したとはいえ、あのまま逃げたとは思えない。



「あの水移動が妖力によるものなら、移動できる範囲があると思います」


「同意見だ。あの時は川があったから、もう一つ入り口を作れば良かったんだろう。水源がいくつもあると厄介だな」


「町は川があるから、あの妖にとっては都合がいいんですね」



 人の生活には水がある。そこに川まであれば移動し放題。それもあって、行方不明になった人が多く出たのだろうと考えられた。



「そうなると、どこから出て来るんだろ…」



 出現場所の候補が増えてしまった事に、照真がムッと眉間に皺を寄せた。

 が、総十郎はそれに対しフッと口端を上げ、落ち着いていた。






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