第九話 「万相談承所」
「妖を退治する方法を」
「大切な人の未来を護る方法を」
「教えてください」
二人の言葉を、総十郎は驚く事なく聞いた。
逸らされない瞳が決意を映す。固く握る手はきっとこれからも繋がっているのだろう。
今の二人と同じ決意をする者は僅か。それでも確かにいる。本来なら知る事のない世界を知って。
隠密行動が基本である妖退治は、人に知られる事はないし、むやみに人に妖について話す事もない。
今回もそう。出会い、話を聞いたのがこの二人だったから、二人は妖を知る事になった。そうでなければ知らないままだっただろう。
「……これも、何かの縁かな」
ぼそりと紡がれた声は、二人の耳には届かなかった。
怪訝な咲光と照真の視線に、総十郎は考えるように視線を動かす。不意に、その視界に桃の木が映った。
風は吹いていないのに、柔らかに花を落としている。それを見つめ、総十郎は一度目を閉じると、再び二人を見た。色んな感情が駆け巡った。
(もう、弟子を取る気はなかったんだけどなぁ…。君らはどう進むだろうか)
見てみたいと思う。見守りたいと思う。期待したいと思う。信じたいと思う。
たったの二日間、見てきた二人が駆け巡る。
可笑しくて、総十郎の口元に笑みが浮かんだ。
「何なんだろうなあ。君ら」
「? 神来社さん?」
返事どころか笑みを浮かべられ、咲光と照真は顔を見合わせた。困惑のまま総十郎を見ると、急に立ち上がった。
そして二人を見ると、口端を上げ威勢よく告げた。
「俺の教えは厳しいぞ」
「! はい! よろしくお願いします!」
“万相談承所”。通称“万所”
それが、総十郎が属する妖退治組織である。妖を祓う「祓衆」と、妖を退治する「退治衆」が存在する。
主に全国各地の神社仏閣を通じて、奇妙や不審な相談が持ち込まれる。妖が関わっていると判断されれば、仕事として現地に行くよう指示が下されるようになっている。
多くの相談は、祓衆が向かい、妖や時には霊を祓う事で解決する。しかし中には強力な妖や、すでに人を殺めている妖もいる。そんな時には、最終手段として退治衆が遣わされる。
「二人はどちらを目指す?」
「退治衆を目指します」
「私も同じです」
落ち着いて話をするため、居間へ場を変えた三人。力強い二人の返事に総十郎は了承の意で頷く。
祓衆と退治衆では戦い方が異なる為、訓練内容も全く違うものになる。加えて、退治衆は妖戦線の最後の砦。それに応じた鍛錬を総十郎は課すつもりだった。
「俺が稽古をつけられるのは短くて数ヶ月、長くても一年だ」
「数っ…。そんなに幅があるのはどうしてですか?」
「上に掛け合ってみないと分からない所が大きい。指導も仕事の内なんだが、仕事は二の次にってわけにもいかないからな」
「それもそうですね」
咲光は神妙に頷いた。頼り切るわけにはいかない。自分達でもやれるだけの事はやらなければ。
少し残念そうな照真だったが、すぐに頭を振るとキュッと眉を寄せた。
「分かりました」
「よし。そして二人には、一年後に“入所の試し”を行う。それに合格すれば、晴れて万所の一員だ」
一年後という言葉に緊張が増す。長いようで短い、限られた時間。一時も無駄には出来ないと照真は拳を握る。
それでも全く引く気は見せない二人に、総十郎も微か笑みを浮かべた。
これからどうなるかはこの二人次第でもあり、どうさせてやれるかは自分次第だ。
「咲光、紙と筆あるか?」
「はい」
頷いた咲光はすぐに戸棚を開けると、数枚の紙と筆、墨を持って来て、机に置いた。
「ありがとう」と礼を言い、総十郎は紙に何かを書き出す。それも一枚だけでなく二枚。しかしよく見ると、二枚とも同じ文言が書かれていた。
総十郎は、その紙を咲光と照真、それぞれの前に置いた。整った字で書かれた文言を読んでみる。
「入所申請…?」
「神来社総十郎から、以下の者を試しに臨ませたく存じます…」
「ここに名前書いてくれ」
言われるまま、二人は示された欄に名前を書いた。「村雨咲光」「村雨照真」とそれぞれに書かれたのを確認すると、墨が乾くのを待つ間、総十郎は三枚目の紙を手に取ると折り始めた。
何をしているのかと問う視線の前で、紙はだんだんと鳥の形になっていく。でもなんで? と顔に書いている二人の前で総十郎はフッと笑う。
「人には、強さは異なるが、霊力と呼ばれる力があってな。それを上手く扱う方法を知ってると、こんな事も出来るんだ」
折った鳥の紙を指に挟んだ総十郎が目を閉じる。「その翼で羽ばたき、天高く往く漆黒の鳥と為せ」小さく紡がれた呪文に、紙が応える。シュッと総十郎の手を放れた紙は宙で姿を変え、バサリと羽ばたく。
唖然とする咲光と照真の前で、紙から生まれた鴉が机に舞い降りた。
バッと鴉と総十郎を交互に見るが、さっぱり分からない。鴉に至っては妙に威張ってる。
目がギョと飛び出ている二人に、アハハと総十郎は笑った。反応が面白い。当然だけれども。
目が飛び出たままの二人に、総十郎は一つひとつ教えていく。
「これは“式”と呼ばれるもので、簡単に言えば、伝書鳥や雑用係っていうのが分かり易いかな。人型にすれば用事も言いつけられる」
「へえー。凄い。神来社さんはそんな事も出来るんですね。これは万所の皆出来るんですか?」
「いや。退治衆じゃ出来ない奴ばっかりだよ。幼い頃から術を学んでる祓衆なら、多くは出来るけどな」
「じゃあ、神来社さんも?」
「俺は子供の頃にちょこっと教えてもらったんだ」
感嘆を漏らす照真は、ちょいちょいと鴉に手を伸ばす。フンッとお威張り気味の鴉だったが、伸ばされる手は拒まない。
総十郎は墨の乾いた紙を丁寧に折ると、式の鴉の背に結わえ付けた。勿論、飛ぶ邪魔にならないように。
「行ってこい」と送り出された鴉は青い空を飛んで行く。小さく見えなくなっていく姿を照真は縁側で見送った。