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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第八十九話 姉の後ろに、姉の隣に

「姉さんは安静にしてれば大丈夫だって、お医者様も言ってくれたから。大丈夫だよ」


「……ん…」



 微かな声は返ってきたが、それ以上は何も発しない。

 照真しょうまも無理に話をする事はなく、苦でもない沈黙を保つ。が、穂華ほのかにとっては苦しくて仕方がない。身内が自分の所為で傷ついたのに、照真は何も言わないから。


 グッと唇を噛んだ。握った拳が痛かった。呼吸がしづらくなった。



「…穂華ちゃん? 気分悪い? もしそうなら少し休んで……」


「……め…い…」


「…?」



 心配そうに見つめてくれる視線も、俯く穂華には見えない。


 姉が一緒なら。そう思った。きっと自分よりも先に口火を切って謝ってくれたから。

 でも。姉がいなくて良かった。総十郎そうじゅうろうがいなくて良かった。今の自分を見ているのが照真だけで良かった。


 自分を責める事が出来る人だから。



「ごめんっ…なさいっ……! ごめんなさいっ! 私が外っ…出ちゃっ…。だかっ咲光さっ……ごめんなさいっ…!」



 いくらでも、自分を責めてくれていい。だって一番辛いのは、弟である照真だから。



「ごめんなさいっ! ごめっ…なさっ…!」



 泣いちゃいけない。なのに零れてくるものが止められない。だから必死に拭った。

 そうしていると、そっと温かい手がその手を掴んでくれた。



「そんなに擦ったら駄目だよ」


「…………」


「ちょっと待って」



 そう言うと、照真は懐から手巾を取り出し、それを咲光の頭元に置いてある桶の水で濡らした。

 冷やしたそれを穂華に差し出す。



「はい。これで冷やして」


「…………」



 あまりにも自然にしてくれる照真に、穂華は手渡された濡れた手巾を見つめた。



「…な……で…?」


「穂華ちゃんに責任はないと思ってるし、姉さんもそう言うと思うよ」



 そんなはずない。そう思うってぎゅっと手巾を握る穂華に、照真は変わらず優しく告げた。



「それに、穂華ちゃんがすごく責任感じてるっていうのは、痛いくらい伝わってくるから」


「でも……」


「それに、俺も姉さんと警護するって手もあったのにしなかった。これは俺の判断の所為」


「…………」


「姉さんは大丈夫。だからそれ以上謝らなくていい。変わりに信じてて」



 ね、と笑う照真に、穂華は呆気にとられると同時に心が晴れた気がした。謝罪の気持ちを忘れてはいけないと思っている。けれど。



(もう、照真さんは次を、前を見てる…。凄い…凄いなあ…)



 不安はきっとあるはずなのに。それでも信じてる。

 その笑顔の後ろに一体どれだけの想いがあるの? どうしてそんな風に思えるの?



(いいな……)



 もっと二人の事を知りたいな、と思った。そんな思いも表情も隠すように、穂華はもらった手巾で目元を押さえた。


 長いような短いような時間、照真はただそっと寄り添い続けた。


 やがて落ち着いてきた穂華とゆっくりと話を始める。



「今日は一人で来たの?」


「ううん……お姉ちゃんも一緒。今は神来社からいとさんのお手伝いしてる」


「そっか」



 昨夜、穂華を連れて戻った時の、自分を見つめていた智世さよの表情が脳裏をよぎる。

 それでもそれは口にせず、照真は隣を見た。



「穂華ちゃんと智世さんは本当に仲良いね」


「うん。うちはお兄ちゃんもお姉ちゃんも仲良いの。優しいし……ちょっと厳しいけど」



 最後はぼそりとこぼれた言葉に思わず照真は笑った。



「でも、叱ってくれるのは穂華ちゃんの事大事だからだよ」


「そう、かなぁ……。照真さんは咲光さくやさんに叱られた事あるの?」


「あるよ。姉さんは声を大きくして叱らないけど、ちゃんとはっきり言ってくれるから。怒るのは、一歩間違えれば大怪我するような、危ない時にガッと怒られた事はあるけど…」


「……何したの?」


「………………子供の頃に、樹の枝に上ってあやうく落ちそうになった」


「えぇ。照真さんそんな事したの?」



 嘘ぉと言いたげな穂華の表情に、照真はツツッと視線を逸らした。


 子供の頃の話。まだ物心ついてないような頃だが、今でも怒られたことははっきりと覚えている。庭にある桃の木に登り、降りられなくなって落ちそうになった。父が助けてくれなければ大怪我をしていたか、命に関わっていたかもしれない。あの時は母と一緒になった姉にしこたま怒られた。



(たぶん、その時からだ。姉さんの言葉をちゃんと守るようになったのは…)



 自分の為に言ってくれているのだと、はっきりと分かったから。


 照真の話を聞いて、穂華も自分の兄や姉を想う。



「でも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも怒るけど、その時にビシッて短く言うだけで。後からは何も言わないの。だから私も嫌じゃないって思うよ」


「いいお兄さんとお姉さんだね」


「うん。それに、同じくらい褒めてくれるのは子供の頃からずっと変わらなくて」



 嬉しそうに笑みを浮かべる穂華に、照真も兄弟の仲の良さを想う。

 兄や姉も妹をとてもとても大切に想ってくれている。そして穂華もそれをちゃんと受け取っている。



「なんだ。楽しそうだな」


「あ、神来社さん。智世さん」



 そこへ二人が戻って来た。


 智世の謝罪も照真は「気にしないで」と優しく包み返した。それからは楽しい話に花が咲き、智世と穂華は昼近くに家へと帰って行った。






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