表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/186

第八十六話 いつか来ると分かっていた

「……大丈夫?」


「っ……!」



 涙に濡れた穂華ほのかの瞳が揺れる。怪我はしていないようだと感じながら、咲光さくやは意識を引き留めて立ち上がった。



「…! さく……うごいちゃ…」


「…大丈夫」



 何が大丈夫だ。言いたいのに言葉が出てこない。


 立ち上がった咲光はそのまま穂華に背を向けると、守るように立ち塞がった。見える傷があまりにも生々しくて痛々しくて、まだ血が流れていて、穂華の頬が濡れていく。


 背からポタリと血を垂らし、悠々と泳ぐあやかしを睨み、咲光は痛みを忘れようと息を吐いた。



(穂華ちゃんは…動けない……。絶対に…護る…)



 鱗のつぶてを躱して、何とか反撃の糸口を掴まなければ。

 そう思う咲光の髪から水が滴る。長い髪が張り付き背の傷に触れれば、水が入りとんでもなく痛い。


 水で冷えたのか出血の所為か、体が冷えてくる。それでも咲光は意識して刀を強く握った。そんな咲光を嘲笑うかのように、妖の身体から鱗が跳ね上がった。



(来るっ…!)



 ザッと地面に強く踏ん張った。



「穂華ちゃん! 離れないで!」



 鱗が舞い上がり、暴れ回る。いたぶるように襲ってくるそれを、咲光は何とか弾き返す。その度に傷が悲鳴を上げる。


 背後から穂華を襲おうとする鱗を、半身を捻って弾き返した。



「っ……!」



 声は上げない。堪えてただ戦う。何枚目かの鱗を弾き返した時、痛みで動きが鈍った。そこを突き、鱗が襲ってくる。


 それでもまだ刀を離さない咲光の前で、襲って来ようとしていたすべての鱗がガキィ…と弾き返され、妖が断末魔を上げた。

 突然の事に、咲光の身体が傾く。が、すぐにその体はそっと支えられた。



「すまない。遅くなった」


「……神来社からいとさん」



 ホッと安心すると体から力が抜けた。もう大丈夫だ。

 そんな咲光の身体を支えながら総十郎そうじゅうろうは地面に膝をつくと、穂華と咲光の背の傷を見て顔を顰めた。


 安堵の息を吐いた咲光は妖を視る。目の前では、魚型の妖に刀を突き立てる照真しょうまと、同じように牙を突き立てる獣型の妖がいた。どういう事かと思うが頭は上手く回ってくれない。


 それでも、刀を手に立ち上がろうとする咲光を、総十郎はすぐに止めた。



「動くな。それ以上傷が開いたら致命傷になる」


「でも……」


「動くな。これは命令だ。それに、照真なら大丈夫だ」



 総十郎の言葉に咲光は照真を見る。照真はかつてない程険しい顔をしていた。


 ギャアァァと悲鳴を上げる魚型の妖が身をよじる。その動きに、人間は邪魔だと言いたげに獣型の妖が照真を蹴り飛ばした。思わぬ方向からの横やりに照真も眉を吊り上げる。



「何するんだ!」


「煩い! 言ったはずだ。これは俺の獲物だ!」



 獣型の妖は魚型の妖を蹴り飛ばす。二体の妖による戦闘が始まると思われたが、それは魚型の妖が水たまりへ潜った事で終わりとなった。

 獣型の妖はチッと舌打ちをすると、そのままどこかへ走り去る。


 妖気はすでに周囲から消えた。それを感じ取り、照真はすぐに咲光の元へ走った。



「姉さん!」


「…照真……大丈夫…。ね…?」


「っ……んっ」



 そう言っても、悔しそうな泣きそうな表情は変わらない。それに咲光も眉を下げる。


 咲光の顔色を見て、総十郎はすぐに応急圧迫としてさらしを巻き付けた。そして濡れている咲光の羽織を脱がせ、自分の羽織を脱ぐと代わり被せぎゅっと抱きかかえた。



「から…」


「喋るな。かなり冷えてるな。すぐに温まろう。照真は穂華と家の中に。落ち着くまで居てやれ。俺は神社へ戻って医者を呼ぶ」


「っ…はい! お願いします!」



 照真が返事をすると、すぐに総十郎は神社へ向かって消えた。

 それを見送ると、ふぅっと息を吐き照真は穂華へ視線を向けた。呆然自失となっている穂華の傍に膝をつく。


 その時になってやっと、穂華の視線が照真に向けられる。涙の痕が痛々しい。



「…しょ……ま…さ…」


「もう大丈夫だから。家の中に戻ろう?」



 そっと差し出された照真の手。無意識にその手に自分の手を添えた。

 そして解った。これまで握ってくれた兄や姉の手とは全く違う硬さ。分厚さ。感じてしまったそれに、穂華はまた涙を流した。


 照真が穂華を抱きかかえ家の中へ入ると、縁側では智世さよが不安そうに待っていてくれた。

 穂華を見て駆け寄り怪我がない事に安堵しながらも、不安そうに照真を見つめる。



「何があったんですか……?」


「……すみません。今はまだ言えなくて…。あの、姉がここに居た時、何かしましたか?」


「え…?」



 焦りと不安に心が占められそうになっていても、照真ははっきりと感じた。屋敷の中の空気が清められている。こんな事が出来たのは一人だけ。

 照真の問いに智世は困惑していたが、すぐにあっと思い出したような顔をした。



「はい。妖が…天井裏を走っていて、それを聞いた後に何かなさったようです」


「そうですか」



 妖も容易には入り込めないだろう清らかな空気。今はそれが照真の心を落ち着かせてくれた。



(これなら一晩は大丈夫だ。姉さん…)



 咲光が守ったものを半端に放り出してなんていけない。


 ぎゅっと拳をつくり、照真はまっすぐ智世を見た。



「穂華ちゃんを落ち着かせてあげてください。俺は屋根の上にいます」


「ですが…何か、あったんでしょう? それなら照真さんも早く…」


「ありがとうございます。でも、このまま戻ると、姉に叱られますので」


「……照真さん」



 その表情は困ったものではない。泣きそうなもので、智世は何も言えなかった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ