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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第八十二話 蓋をした記憶

 涙が収まった智世さよは、すっきりとした表情を見せた。それにホッと安堵しながら、席へ戻った照真しょうまは問う。



「智世さんが視えているのは、ご家族は承知なんですか?」


「いえ…。兄と姉、それに穂華ほのかは知っていますし、信じてくれています。ですが、両親は…」


「そうですか…」


「皆さんも、視えているんですよね…? 昨晩のあれは、何なのですか? 皆さんは一体何をなさっているんですか?」



 問われても、すぐに答える事は出来なかった。


 万所よろずどころは隠密行動が基本であり、無闇にあやかしについて口外してはいけないとしている。絶対ではなくとも、それが望ましいとされている。


 昨晩の事。狙われている事。それらを鑑みて、総十郎そうじゅうろうは思案する。そして、隣から向けられる迷う視線に、「妖の事だけな」とそっと返した。

 それを受け、咲光さくやと照真は頷くと、智世の問いに答えた。



「智世さんにちょっかいを出してきたり、昨晩の件は、妖という存在によるものです」


「あやかし……?」



 照真の言葉に、智世も穂華もコテンと首を傾げる。聞いた事もない呼称だ。それでも怪しいモノなのだと何となく分かる。

 二人に、咲光がゆっくりと説明を続けた。



「人の生活の片隅に生きているモノ達です。視える人や視えない人がいて、視える智世さんが珍しくてちょっかいを出してくるんです」


「私が…視えるから……」


「けれど智世さん。決して、そんな妖ばかりではありません」



 ふと沈んでしまった智世に、咲光ははっきりと告げた。

 その声音に智世が顔を上げる。不思議そうな智世の目に、咲光は笑みを向けた。



「昨夜、二匹の妖があなたを守ろうとしてくれました。昔、あなたに命を助けてもらったから、他の妖からのちょっかいから助けるんだって言ってました」


「え………」



 視える事も、視えるモノも恐怖でしかないのに。


 怖いけれど、昨夜の事を思い出す。自分の前で手を広げていた小さな妖が居た。その時は恐くて恐くて、助けてようとしてくれたなんて考えも及ばなかった。



(だけど、咲光さん達がここに居るって、教えてくれたのも…)



 今朝部屋を出ると、庭の石の陰で寝息をたてていた。思わずその姿にビクリと肩が跳ねた途端、その二匹は目を覚まして、目が合った。

 近付いて来る事もせず、ただ「退治人なら神社だぞ」とそれだけを言って去って行った。まるで、怖がっているのを分かっているかのように。



(でも、どうして……。助けたって…いつ…)



 視えないフリをし続けてきたこれまで。それよりも前の記憶を掘り起こし、ふと思い出した。






♢♢




 そこに居るんだって、言っても言っても信じてもらえない日。自分にしか視えない事に、どうしようもないような苛立ちや無力感、孤独感を抱えていた、ずっとずっと子供の頃。


 他の人には視えない。だから「変な子」って陰でずっと言われていたのを知って、一人になりたくて、私は広場にいた。

 膝を抱えてうずくまって、ただじっと座っていた。



(なんでこんなの視えるんだろう…。もう嫌だな…)



 視えなきゃいいのに。そう思ってぎゅぅっと膝を抱えた時だった。



「うわぁぁぁ! 助けてくれぇ!」


「!」



 いきなり泣き叫ぶ声が聞こえて、私は驚いた。

 誰かが助けを求めてる。すぐにそれが分かって、思わず声のする方へ走った。でも、走って行っても困ってるような人はいない。人の少ない広場の中で、皆のんびり過ごしてる。



「げぼっ! たっ、助けてぇぇ!」



 また聞こえた。声のする方へ走っていった私は、視えたものに肩が跳ねて思わず足を止めた。

 広場の中にある池。そこに小さくて人じゃないモノが二匹、バシャバシャ水しぶきを上げていた。溺れてるんだってすぐに解った。



「たっ、助けっ…!」


「し、しっかりしろぉ…!」



 今にも沈んでしまいそうな二匹。でも、私は助けられなかった。


 私の傍を一人の男の人が通り過ぎていく。池に目もくれないで。

 ぎゅっと握った手に、汗がにじんだ。ここで、池に入ったら、一人で池に飛び込んだ変な子になる。また、そう言われる――



(み、視えないフリ…。視えないフリ…すればいいの……)



 そうすれば、周りと一緒。

 そう思って、池から離れようと、



「げふっ。ぶふっ、げ、ごぼぼ……」


「おい、とっと! とっと! 頑張れ死ぬな!」


「っ……」



 ――出来なかった。


 子供なら池の底に脚はつく。そこをバシャバシャ掻き分けて入って、その二匹をすぐに抱えて水際まで戻った。

 水から上げてあげると、二匹はじっと私を見ていた。でも、私は声なんてかけられなくて。


 水から上がろうとした時、近くにあった岩に滑ってすってーんと転んだ私は、びしょ濡れになって家に帰る羽目になった。


 家に帰れば、母に怒られた。体が冷えて少し体調を崩してしまった私に、「一人で何池なんか入ってるの」ってため息ついてた。

 布団に休んでいた私は、「おーい」って声が聞こえた気がして、布団を抜けて庭に面した障子から顔を出した。



「あ、いた!」


「本当だ。いた」



 そしたら、溺れてた二匹がやって来た。私は驚いて言葉が出なかったけど、二匹は気にしてないみたいに話し出した。



「ありがとうな。助けてくれて。危うく死んじまう所だった」


「ありがとな。俺、まるまる」


「俺、とっと」


「……ううん」



 とっと、と名乗ったのは手足の短い生き物で、まるまる、と名乗ったのはその通り丸い生き物だった。

 ちょっと驚いていた私にも二匹は構わずにお喋りだった。



「礼しようと思ったんだけど、人間の子供は何が良いのか分かんなくてさ」


「……いらない」


「そっか? んじゃ、何かあったら言えよ。今度は俺達が助けに来るから!」



 いらないって言ってるのに。


 言いたい事は言ったから帰る、と言いたげにクルリと背を向けたとっとが、不意に私を振り向いた。



「俺達はちゃんと知ってるからな。お前は、俺達を助けてくれたんだって」



 そう言うと「じゃあなー」とててっと屋敷から出て行った。




♢♢





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