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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第八十一話 心の晴れ

 主犯だろうあやかしについては情報がない。雑鬼ざっきが言うところ「おっかない奴」というくらいだ。尤も、こうして夜間に見回っていれば遭遇出来る。なので、情報がなくて困る事は無いが。


 総十郎そうじゅうろうは足元に視線を向けた。



「お前達。主犯について詳しくは知らないか?」


「知らね」



 あっさりとした返答に返す言葉もない。簡単にはいかんよな…と総十郎も困り顔だが、すぐに険しい表情に変わった。

 顎に手を当て考え始める総十郎の耳に、「でも…」と雑鬼の声が届き、三人の視線が下へ向いた。



「時々、仲間の中でも話が割れる事がある」


「割れるって?」


「宙に浮いてて消えたって言ったろ? でも、浮いてなかったし、走って逃げたって話が出てくるんだよ」


「? 浮いてなかったっていうのは、見て分かるの? 足が地面についてたとか」


「そうらしい。でも、別に近くで視たわけじゃないからな。危ねーもん」


「どっちにしろ、俺らより強いもん」



 厄介な情報が増えた事に、総十郎も頭を抱えた。

 少なくとも、群れを形成していた妖と、別の妖。どちらも人を襲うとなると…と考え総十郎は眉間に皺を刻んだ。



(思っていたより厄介な仕事になりそうだな…)






♦♦




 翌日の朝。日課の稽古と朝餉を終えた三人は、神主から来訪者を告げられた。


 すぐに客間に向かった三人を待っていたのは、智世さよ穂華ほのか。穂華は三人の姿を見てパッと表情を明るくさせ、智世は強張った表情で頭を下げた。

 昨日の今日。来訪の理由をおおよそ察し、三人は向かい合うように腰を下ろした。



咲光さくやさん達ここに泊まってるの? 宿に泊まればいいのに」


「昨日言ってなかったのに、よくここだって分かったね?」


「うん。お姉ちゃんがここだって…」



 穂華の視線が智世に向く。姉の強張った表情に、穂華は口を閉ざした。視線を下げたままぎゅっと手を握っている智世に、心配そうな視線を向ける。

 そんな智世に、総十郎はそっと声をかける。



「どうした? 昨日の事なら気にするな。遊んで楽しかったのは、咲光も照真しょうまも同じだ」


「! いえっ…」



 ハッと顔を上げ紡がれた否定の声は、思い他大きく智世自身が驚いた。けれど三人は驚いた様子もなく、その目は優しくてあたたかい。

 ぎゅぅっと拳をつくった。



(「気にするな」は昨晩の事。……でも)



 昨晩の話を避けた。理由は智世の為か、それとも知らない穂華の為か。

 ぐるぐると頭の中を考えは巡るのに、何もまとまらない上、言葉にもならない。



『もう大丈夫ですよ』



 初めてかけてくれた言葉。それは、自分が感じた“もしかして”を、やはり裏付けるものだった。

 ずっと視えないフリをしてきた。でも視えない人のようにはいかなくて、やっぱり悪戯をされて…。



(そんな私とは、全く違う…)



 唯一信じてくれるのは、二人の兄と姉、そして穂華だけ。両親でさえ信じてはくれない。

 自分だけ。自分だけ、視えている。


 胸の苦しみも、辛さも、全部全部溢れるのが止まらないように、智世はぽつりぽつりと言葉を溢した。



「…私は…昔から……妙な生き物がずっと視えていて…。でも……他の皆には視えてなくて……」



 智世の告白に驚きながらも、照真はじっと耳を傾けた。

 その声音があまりにも辛そうで。泣いているようだったから。



「視えるから…よく悪戯もされるの……。天井裏を…走ったり……物を…倒したり…取ったり…。でも……追いかける事も…声を上げる事も…出来なくて…」



 ずっとずっと耐えて来た。そんなこれまでが滲み出るようで、咲光はそっと目を細めた。


 泣きそうな智世を見て、穂華はその手をぎゅっと握った。その力に、智世はハッと顔を上げる。



「穂華…」


「お姉ちゃん。そんなにも辛いの知らなくて…ごめんなさい…。お姉ちゃんは変わったモノが視えるって…聞いてるだけで…私…」


「ううん…。穂華はいつも傍にいてくれたもの。ありがとう…」



 穂華の言葉に、承知済みかと総十郎もホッとしたように安心したように眉を下げた。


 きゅっと手を握り合う姉妹に、照真はススッ二人の前まで膝を進めると、智世を見つめた。



「智世さん。辛い事は全部、ここで吐き出して行ってください」


「照真さん……」


「溜め込んでても良い事はありません。辛い気持ちを抱え続けていると、智世さんの心まで病んでしまいます。だから、一度全部、吐き出してしまって下さい」



 柔らかな笑顔を浮かべて、優しく頷く照真。その後ろでは咲光も同じように頷いている。

 そんな二人に、その言葉に、智世の目に涙が溢れた。



「うっ…ううっ…!」



 口元を押さえ、肩を揺らす。そんな姿に、穂華はぎゅっと智世の手を握り続けていた。



(追い詰められた心は、一歩間違えれば奈落に落ちる。そうなれば妖の好物だ)



 照真をちらりと見てフッと口端を上げると、総十郎はそっと畳に手をついた。



(この地の神よ。どうか、清らかなその御力で繋ぎ、光を――)



 その願いを受け、室の空気がふわりと質を変えた。それを敏感に感じ取った咲光と照真は総十郎を見るが、口端を上げられ頷かれるのみ。包み込んでくれるような、清められるような不思議な力に、ふと神威を思った。そして、総十郎がした事を察した。


 咲光は総十郎から智世へ視線を戻した。まるで、少しずつ心を晴らす為に、沢山の涙を流しているように見えた。






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