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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第八十話 守るモノ、狙うモノ

(いや……もう嫌っ…!)



 ただただ恐ろしくて仕方がない智世さよの耳に、空気を裂く音と、すぐ傍でしたトンッという小さな音が耳に入った。そして――



「もう大丈夫ですよ」



 昼間と、同じ声がした。

 恐怖の中で、その声は柔らかくて、智世はハッと顔を上げた。すぐ傍で咲光さくやが微笑んでいた。



「……さ…くや…さ」


「はい。突然お邪魔してすみません」



 何故、なんて言葉は出てこない。喉が震える中で、智世は咲光の視線が動くのに合わせて、庭の方へ視線を向けた。



「!…ぇ……」


「遅いぞ! 危なかったじゃないか!」


「悪かったな。にしても、よく出て来たな」


「本当に。昼間も今もありがとう」



 庭に照真しょうま総十郎そうじゅうろうがいた。しかも、その手には白銀に光る刀が握られている。


 状況が全く分からない智世は、庭であやかしと対峙する二人と咲光を交互に見つめた。震える体から何とか言葉を絞り出そうとした矢先、照真と総十郎が動いた。


 妖の舌が素早く伸びてくる。が、それにかする事もなく、総十郎は刀ではなく鞘を抜くと、妖の腹に滑らせ振り上げた。ぐえぇっと息が漏れ妖の身体が宙に舞う。

 同じように鞘を使い、照真が屋敷の外へ妖を叩き落した。照真はそのまま戦いに向かい、総十郎は咲光を振り返えると頷き、すぐに照真の後を追った。


 それを見送り、咲光は視線を智世に向けた。



「智世さん。ひとまず横になりましょう。大丈夫。もう怖がることはないですから」



 まだ少し放心状態な智世は、咲光を見てそっと頷いた。


 智世を支えながら部屋に戻り、咲光は智世を支えながらゆっくり布団に横にした。智世はやっと落ち着いて来たのか、ほぅっと息を吐くと咲光を見た。



「咲光さん達は……あの…生き物が…視えているんですか…?」


「はい」


「その…刀は…?」


「…すみません。それはお答えできません。ですが誓って、人を傷つける為のものではありません」



 二人の様子を、縁側から二匹の雑鬼ざっきが見つめていた。その気配をずっと感じながら、咲光は智世の傍を離れ、部屋を出ると障子を閉めた。

 待っていたと言うように、雑鬼は揃って一歩前に出てくると、声を小さくさせた。



「なぁなぁ大丈夫なのか? さっきの奴ってもしかして……」


「襲われた人間もこの子も…」



 どちらも言葉を最後まで言わない。それでも咲光には分かった。企みがあるようには全く感じられない、雑鬼の素直な心配心。その目は心配そうに室の中へ向けられる。

 そんな二匹に、咲光も声を潜めた。



「あれは主犯じゃないよ。多分別にいる」


「! やっぱり…。妖気違ったもんな…」


「おっ、俺! 今日は屋根で見張りする!」


「それいいなっ! 俺もやる! 何かあったら叫ぶから、すぐ来てくれよ!」


「分かった。智世さんの為に、ありがとう」


「当たり前だぞ。あの子は、俺達の命の恩人なんだから」



 最後はニッと笑って雑鬼達はタタッと駆け出して行った。それを見送り、咲光もすぐに屋敷を出た。


 静かになった室の中では、ぎゅっと握られた拳が震えていた。








 川沿いの表通りでは、照真と総十郎が妖と戦っていた。


 照真は攻撃を斬り、素早く妖を斬る。周囲に被害が出ないよう警戒していた総十郎は、その手際を満足そうに見つめていた。

 が、すぐにその表情はスッと引き締められる。それは照真も同じだった。総十郎が、納刀する照真に近づくと照真は一度視線を向け、すぐに消えゆく妖を視た。



「主犯ではないですね」


「あぁ」



 総十郎の視線が動く。丁度咲光が戻って来た。最後の塵となり消えた妖を一瞥いちべつし、咲光は二人を見つめる。



「恐らく今の妖は主犯の使い走りだ。もしかするとまだ居るな」


「大きな群れでしょうか?」


「いや。大きいとそれだけ妖気も増す。それほどなら雑鬼にも伝わっているはずだ」



 視える人間は稀だ。あまりに群れが大きいと、それだけ分裂や仲間割れの危険もある。だから人を襲う妖程、大きな群れは作らない。


 狙われているのは智世だ。まだ手下が襲ってくる危険がある。油断出来ないと認識した直後、感じた気配に三人の視線が鋭さを増した。



「退治人ー! マズイ…マズイぞ!」


「いっぱい来るよぉー!」



 天城あまぎ家の屋根の上で雑鬼達が叫んでいる。咲光はそれに頷くと、総十郎を見た。

 集まって来る妖気。一つひとつが強大という程ではないが油断は出来ない。



「一匹たりとも屋敷に入れるな」


「はい」



 三人はすぐに、天城家を守るように三方に立った。じりじりとこちらを窺ってくる気配。それを前に咲光は刀を抜いた。同じように、二匹の雑鬼が震えながらも気丈に相手に威嚇している。


 ミシリ…と一歩を踏み出した足を引き金に、戦いが始まった。

 襲い来る妖を斬り、またすぐ刀を振るう。前だけでなく左右も、見過ごす事などしてはならない。決して、この屋敷に足を踏み入れさせてはならない。天城家の人々の為、智世の為に。


 総十郎の速く鋭い一閃が妖を斬り、照真の力強い刃が敵を怯ませ、咲光の柔軟で鋭い刃が敵を突く。


 一体ずつ、確実に倒す。総十郎の言葉通り、相手の数は何十と言う程ではない。長くない戦闘は、最後の一体を斬り捨て、終了した。


 周囲の妖気を確認し、納刀した三人は天城家の屋根の上に集まる。足元では、雑鬼達がホッと息を吐いて緊張から解放されていた。



「群れとしては十分な数だな。残りは主犯だけだと思ってもいいだろうが、油断はするな」


「はい。でも、その主犯を探さないと」



 照真の言葉に咲光も深く頷いた。


 主犯を倒さなければ、終わりではないのだ。






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