表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第一章 旅立ち編
8/186

第八話 未来を掴み取る為に

「守れ、照真しょうま。これからを。咲光さくやとの明日を。あやかし相手は心配するな。俺達がいる」



 総十郎そうじゅうろうの力強い表情に、照真は何も言えず視線を下げた。


 昨夜の総十郎の戦う姿が浮かぶ。恐れもなく、堂々としていて、圧倒的な力で相手を斬った。

 思い出しながら、照真はわずか頷いて顔を前へ戻した。それでもどうしてか視線は上がらなかった。



(そうだよな…。神来社からいとさんなら強いし、妖を退治する事も出来る。…俺なんかとは違う。もし、俺じゃなくて…神来社さんが姉さんと居ても、必ず守れるだろうし…)



 ぎゅっと無意識に二の腕を掴んだ。

 勿論もちろん、神来社が咲光を連れて行くわけじゃないし、これからも姉弟で暮らしていく。これまでと変わらない。



(……本当に変わらないのか…?)



 自分の思考に、どうしてか漠然ばくぜんとした思いが沸き立った。

 朝起きて、二人でご飯を作って、畑仕事をして、村に出掛けて、夜は休む。本当に何も変わらないのだろうか…。


 ギッと照真は唇を噛んだ。



(変わるだろ…。俺はもう知ったんだ。また妖が出たら、姉さんが襲われたらって、きっと思う)



 下がっていた視線は頭ごと地面に向く。一度だけ強く、強く唇を噛み、二の腕を掴む手に力をめた。



「……神来社さん」


「何だ?」


「…俺でも……妖を退治する事は、出来るんですか…?」



 強い風が二人の間を吹き抜けた。髪や草木が揺れる。

 互いの表情は知らない。ただ、照真の言葉に少し長い沈黙が返ってきた。



「……妖を知り、退治する道を選ぶ者はいる。でもな、その多くは、戦って命を落とす」



 どこまでも静かな声音が、照真の耳に届く。

 うつむきそれを聞いていた照真は、頭を上げる事は無くじっと聞いていた。

 刀を持つなら、戦うなら。それを考え照真はそっと目を閉じる。



「照真」



 不意に穏やかな声が耳に入り、照真はハッと顔を上げ振り返った。総十郎も振り返る先に、咲光が立っていた。

 静かで、穏やかで、それでどこか悲しそうな顔をしていた。


 「姉さん…」と届くか分からない小さな声は、総十郎には聞こえ、照真の目に咲光は優しく目を細める。



「ちょっといい?」


「…うん」



 呼ばれた照真は、迷うと思っていた総十郎の予想とは裏腹に、素直すなおに姉に駆け寄った。二人の足はそのまま庭の桃の木の下で止まる。


 何か話をしている二人から視線を逸らし、総十郎は手をつくと空を仰いだ。

 真っ青な空に白い雲が浮かんでいる。飛んでいる鳥はいつも優雅だ。見るとなくぼんやりと見つめる。


 昔、同じ事を聞かれ、頼み込まれた。



『俺を弟子にしてください!』



 頑張り屋だった。努力して努力して頑張っていた。痛ましい程に頑張っていた。周囲の声に応えようと頑張って頑張って。そして、死んでいった。

 決して忘れる事のない顔は、いつも心にある。



「神来社さん」



 呼びかけられた声に振り返る。そこにまっすぐ自分を見つめる眼差しが二つあった。

 すぐに解ってしまった。隠れた拳をぎゅっと握り、唇を噛む。



「妖を退治する方法を」


「大切な人の未来を護る方法を」


「教えてください」



 最後は、口を揃え放たれた。








 総十郎から離れた兄妹は向かい合う。桃の花びらがひらひらと舞い降りていた。

 まだ家族が皆生きていた頃から、ずっと見守ってくれていた木。花見をする時も。弟がよたよた歩いている時も。ずっと見守ってくれていた木が今、姉弟の決意を見守る。


 少し赤い弟の目を、咲光は優しく見つめた。きゅっとその手を握る。



「照真。いつも私を大事に思ってくれてありがとう」


「ううん。姉さん、子供の頃からいつも傍に居てくれた。手を繋いで、優しくて厳しかった。俺、姉さんにいっぱい貰ったから」



 物心ついた頃から一緒だった人は、嬉しい時も辛い時も手を繋いでくれていた。そのぬくもりが沢山の事を伝えてくれた。

 だから照真は、今もこれからも咲光の手を離さない。


 咲光はそんな手を見つめ、そっと目を閉じた。



(もう、この手が私を引っ張ってくれてるんだって。照真はいつ気づくかなあ)



 優しい眼差しは、その手から照真の目へ上げられる。

 優しい弟に、咲光は己の想いを打ち明けた。



「照真。私ね、神来社さんに妖を退治する方法を教わろうと思う」


「!」



 驚きと、少し傷つきが混ざったような表情に、咲光は眉を下げた。それでも照真から視線は逸らさない。



「知ってしまえば知らなかった頃には戻れない。このまま暮らす事もできる。家族を失った者として、害をなす妖を許せないとも思う。でもね。お前の…」


「俺も行く」


「!」


「俺だって姉さんと一緒だよ。姉さん、いっつも俺を守ってくれる。俺にも守らせてよ! 二人で頑張ろう! どんな道でも二人で手を取ってって、母さんの言葉だよ?」



 最期の時まで笑みを崩さなかった母。「幸せ者ね」と満たされたように言っていた。残された時間も少ない中、枕辺まくらべに自分達を呼んで最期の言葉を伝えてくれた。



『決して…一人で無理しない…。二人で…手を取り合って…生きなさい…。いつだって…お前達を…見守っているから…。お父さんと弟を…お願いね…』



 涙でボロボロの目で、それでも頷いた自分達に母は笑顔のまま逝った。その言葉は今もしっかり刻まれている。


 戦いの中に身を置く事になる――自分で選んだ道だ。

 甘い覚悟では許されない――立派な覚悟がどういうものか分からない。


 ただ、自分には譲れないものがある。


 半身をもがれる日が来るかもしれない――悲しみに暮れるだろう。

 でもきっと思う。みっともなくうずくまっては、想いを無駄にしてしまうと。

 死を想像する事は恐ろしい――目の前のこの人の存在が、生きる力になる。

  だから思う。


 今、何より、この人の未来を――






「妖を退治する方法を」


「大切な人の未来を護る方法を」


「教えてください」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ