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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第七十九話 視えているからやって来る

「…そうか。あの智世さよって子は視えてるのか」


「本人に確認したわけではないですが…」


「でも、手巾を渡した時も、ただの風とは思ってなさそうでした」



 咲光さくや照真しょうまの言葉に、総十郎そうじゅうろうはふむ…と顎に手を当てた。



「神主さんからも、敏感な子が犠牲になったと聞いた。なんでも、大声の怒声が聞こえていたそうだ」


「大声の……? それって、雑鬼ざっきでしょうか?」


「いや。人の耳に届く程だ。今の町の状況からしても、雑鬼が町で大声を上げるとは思えない。しかも怒声だ。別のあやかしがこの町にいる可能性が高い」


「じゃあ、それが雑鬼達が言っていた、おっかない奴…なのかな?」



 得体の知れない何かが町にいる。そして人を襲っている。

 雑鬼達から聞いた話と総十郎の話を整理しながら、咲光はそっと手を上げた。



「襲われた人達は、妖が朧気に視えたリ感じたりする事が出来たという共通点があります。そういう人を狙っているという事になりますか?」


「恐らくな。妖にとって視える、感じる、全く視る事も感じる事もないっていうのは、大きな差があるらしい。視える人間は視えない奴よりも霊力があるという事だ。強い力を得たり、回復を早める為に、そういう人を狙う事はある」



 総十郎の言葉に、改めて視える事の危険を痛感する。


 咲光はそっと胸元に手を当てた。自分は、ただ少し空気の悪さが分かるだけで、初めて妖に襲われた時のように妖力に当てられない限りは視える事はない。しかし、今は勾玉のおかげではっきりと視る事ができる。



(生まれた時から視える人もいる…。その危険と隣り合わせで…)



 智世の姿が脳裏をよぎる。

 雑鬼達は言っていた。他の雑鬼達が、視えるから智世に悪戯をするのだと。視えるという事は、それだけの危険がある。



「俺が聞いた話も二人と同じようなものだ」


「後は、その妖がどこにいるのか、ですね。町からはそんな妖気はしなかったし」



 照真の言葉に総十郎は頷いた。


 町にいれば、妖気を探す事は出来る。が、それらしいものは感じられなかった。隠れている可能性もあるが、雑鬼も少ない今、少しでも質の違うものはまぎれられず分かり易い。



「今夜探しに出るか」


「はいっ」



 総十郎の言葉に、咲光も照真も力強く頷いた。


 今夜の動きを決めた咲光は、あっと何かを思い出したような顔をすると懐を探った。そして出てきた包みに総十郎はコテンと首を傾げる。



「何で芋団子?」


「実は、情報を集める時に茶店に立ち寄って。美味しかったので、神来社からいとさんにもと思って」


「俺に? ありがとう」



 二人の笑顔も受け取って、総十郎はぱくりと芋団子を頬張った。「美味い」と喜んでくれた総十郎に、咲光も照真も嬉しくなった。








 夜の訪れは仕事の始まり。妖の活動時間。


 人の少なくなった町を、咲光達は駆け巡る。腰には刀をき、屋根から屋根へと跳び移る。夜だというのに、やはり雑鬼の姿がない。

 そんなひっそりとした町を眼下に、照真は駆ける。


 町の中に感じる妖気は決して見過ごさないように、意識を集中する。そうしてしばらく、照真はバッと感じた気配に視線を向けた。それは咲光も総十郎も同じで、険しさが表情に出る。


 暗い闇の中で、ドロリと動く何かの気配。

 三人は足を止めず、その方向を目指した。妖気はこの先。気配は一つ。屋根を最短距離で走っていた咲光は、この先にあるものにハッとなり唇を噛んだ。



天城あまぎさんの家…!)



 やはり、視える智世を狙っているのか。天城邸の屋根に黒い影が視えると、それは敷地内へ姿を消した。






♦♦




 眠っていた智世は、何かの気配がした気がして目が覚めた。

 天井裏は静かだ。部屋の中も同じ。庭に面した障子の向こうからは月明かりが入って来る。その向こうに影は視えない。



(でも、妙なモノはよく視える…)



 視えているものが人と違うのだと知ったのはいつだっただろう。はぁとため息を吐きながら、智世は布団を出た。

 目を擦りながら庭に面した障子を開けた。夜の冷たい空気が入って来る。



『もう大丈夫ですよ』



 昼間かけてもらったその言葉が、何度も脳裏をよぎる。その意味を聞く事も出来なかった。

 もしかして…と思うが期待を持ってはいけないのだと、智世はぎゅっと胸元で拳をつくる。



(今までだって、同じ失敗してきたじゃない…。視えないフリしてればいいの)



 そう結論付け、布団に戻ろうとした智世の目の前に、ぼとりと何かが落ちて来た。思わずそれを視てしまう。



「ひっ……!」



 それは真っ黒だった。見た目は蛙のようなのに、後ろ脚は曲がっていないからまるで四本足の奇妙な生き物。なにより大きい。庭に置いてある岩と同じような大きさだ。その口元からは舌が伸び、バラバラに動く目が智世を捉える。


 あまりの恐怖に、智世はその場に腰を抜かした。



(にっ…逃げ……逃げないと……!)



 思うのに。体が動いてくれない。震えるばかりで足が動かない。

 ビタッと一歩こちらへ向かって来る。喉が絡まり悲鳴すら上がらない。


 そんな智世の前に、とんっと何かが落ちて来た。



「……っ…!?」



 今度は智世のすぐ前に。縁側に立っているが、その姿はあまりにも小さい。落ちて来た二匹は、バッと智世の前で背を向け手を広げた。



「来るな!」


「あっち行け!」



 その声にも、智世の身体が震え、耳を塞いで体を小さくさせた。心臓が煩い。耳まで拍動する。

 もう、知らないフリを、視えてないフリをする以外、何をすればいいのかも、出来るのかも分からなかった。



(いや……もう嫌っ…!)



 ただただ恐ろしくて仕方がない智世の耳には、空気を裂く音と、すぐ傍でしたトンッという小さな音が耳に入った。そして――






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