第七十七話 三人で
咲光と照真と別れた総十郎は、依頼をくれた神社に足を運んでいた。
町の中にある神社だが、決して小さいという事もなく、塀に囲まれた敷地内は静かで澄んでいる。
一礼して鳥居をくぐり、手水舎で手と口を清め、拝殿で神に手を合わせる。今この町で起こっている事件が、人々の不安を煽り、神の威に影響が出ないよう最善を尽くすと誓う。
それを終えると、総十郎は巫女を通じて神主に会わせてもらった。「万所から来た」と伝えれば、心得ている神主は、すぐに総十郎を建物内へ案内してくれた。
「この度は、お越しくださりありがとうございます」
「いえ。務めですから。早速お話を伺ってもよろしいですか?」
「はい」
神主は居住まいを正し、総十郎を見た。その表情には悲しみや疲弊が見えた。
「私は昔から、妖を視る目を持っております。町に居る雑鬼達の話をよく耳にします。普段はそう気にも留めないのですが、ある日、雑鬼達が妙な話をしていまして…」
神社は神域だ。そのため妖は立ち入る事ができない。立ち入るには神の許可を得るか、神の威を上回る強大な力でねじ伏せるかの方法がある。が、その二通りともまず実行された事はない。少なくとも総十郎は知らない。
神域である神社を出れば、雑鬼を始め妖はいる。あちこちにいて人間のように世間話に興じている事もある。
雑鬼達は弱い存在だ。だが、その情報網は侮れない。力がないからこそ、強い妖が出たなどという情報には敏感で、しかも伝達が早い。
「それが、おっかない奴が近くに来ている。というものでした」
「おっかない奴…? それで町の雑鬼が姿を見せないんですね」
「はい。ここしばらく、私も見かける事がぐんと減りました。それに、それからです。町で行方不明になる人が出るようになったのは」
神主の言葉に、総十郎は考えるように顎に手を当てた。
(おっかない奴……。犯人はコイツか…。雑鬼達が出て来てないって事は、まだ近くにいるな)
雑鬼は周囲に敏感だ。強い妖がいて危険だと判断すれば昼夜問わず身を隠す。人間が原因不明の事態に混乱していても、いち早く原因を理解する。そして危機が脱したと解れば、人間達が混乱の中でも、元の生活に戻る。
万所の者達にとって、雑鬼達がどう過ごしているかは、手かがりや状況把握になる。
総十郎は、もう一つの事について神主に問う。
「妖が騒いでいる、というのは?」
「はい。実は…行方不明になった人の中に、少し妖を感じ取れる子がいまして。ここにもよく来てくれていました。その子が言っていたのです。『夜になると、時々変な声が聞こえる』と」
「変な声……?」
「人でも動物でもないと、そう言っていました。悲鳴や、大声の怒号に聞こえる事もあったようで、毎晩大喧嘩のようだと」
「それは騒がしい…」
総十郎の言葉に神主も頷いた。
視たり感じたりする人には、妖の声が聞こえる事もある。夜は妖の活動時間。人が眠る時に騒ぎ声は煩く聞こえてしまう。
(敏感な子が犠牲になったのか……。にしても、怒号が聞こえたっていうのは…)
妖同士にも揉め事はある。が、毎晩人の耳に届く範囲でとなると、総十郎も眉間に皺が寄る。
体の小さな雑鬼は怒っても、よほど傍で無い限り大声には聞こえない。その子が聞いたのは恐らく別だと総十郎の思考が動く。
(となると、例のおっかない妖が関わる可能性はある)
思考を整理し、総十郎は神主を見た。
大方の状況が分かれば、後は自分達の対処次第。
「この二件、関わるがあると見て動きます」
「分かりました。お願いします」
「はい。この一件の間は、こちらに滞在させていただけますか?」
「それは勿論。誠心誠意お手伝いをさせて下さい。入用の物などございましたら、遠慮なくお申し付けください」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる神主に、総十郎も感謝の想いでいっぱいになる。
こうして頼られるのは嬉しくもあり、身が引き締まる。
(彼らの平穏の為にも)
自分達には為さねばならない事がある。一層に強くそう思う。
「今回は、俺ともう二人、この仕事に臨みます。今は別行動中ですが、夕暮れには合流します」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる神主に総十郎も強く頷いた。
総十郎は、神主との会話の後すぐに神社を後にした。荷物だけは神社に預け、刀袋を背に咲光と照真を探す為町に出る。
歩きながら町を見るが、やはり雑鬼の姿は視えない。それに僅か視線が険しくなる。が、それはすぐに消し去る。
(さてと、咲光と照真はどこにいるか…)
どうやって二人は情報を集めているかと考える。町の人に聞いているのか、それとも雑鬼を探して話を聞いているか。他に何か方法を見つけただろうか。
考えるだけで自然と口端が上がった。
まだ空には太陽があり人々を照らしている。それが姿を隠すまでは時間がある。合流できなければ神社で落ち合う事になっているが、それでも、総十郎は自然と足早に二人を探し始めた。
(前の仕事は、俺と日野が全部指示してたからな。これからは、そうじゃない)
共に旅をする仲間だ。勿論階級でいえば上官になるが、二人とは話し合って、協力していきたい。
初めて出会った時の事。共に合同任務をした事。そして家で弟妹達と過ごしていた事。全てが浮かんでくる。
『これからは、咲光と照真と一緒に行こうと思う』
そう告げた自分に、父はただ嬉しそうに頷いてくれた。
(父さんには、本当に感謝ばかりだ)
幼い頃から妖や術の事を沢山教えてもらった。祓人の道を諦めると言った時も。退治人になると言った時も。弟子が死んだ時も。いつだって、そっと居てくれた。今回もそう。
ただ違うのは、本当に嬉しそうにしてくれた事。
心がほわりと温かくなり、総十郎は一度瞼を伏せると、次にはそれを胸に仕舞い、一歩を踏み出した。
町の大通りを外れ、広場の近くにやって来る。広場への入り口周囲には、甘味処や喫茶店もある。歩きながら見える店内を横目に歩いていると、知った声が聞こえた。
「俺、こういうのやった事ないんだ。教えてくれる?」
「うん。いいよ」
声のする方に視線を向けた。緑豊かな道の筋。様々な店が並ぶ中にある遊戯店。扉は開け放たれていて、客が出入りしやすいよう壁も吹き抜けに近い。よく見える店内だから、刀袋を背負った見知った二人の姿もよく見えた。




