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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第七十七話 三人で

 咲光さくや照真しょうまと別れた総十郎そうじゅうろうは、依頼をくれた神社に足を運んでいた。


 町の中にある神社だが、決して小さいという事もなく、塀に囲まれた敷地内は静かで澄んでいる。

 一礼して鳥居をくぐり、手水舎で手と口を清め、拝殿で神に手を合わせる。今この町で起こっている事件が、人々の不安を煽り、神の威に影響が出ないよう最善を尽くすと誓う。


 それを終えると、総十郎は巫女を通じて神主に会わせてもらった。「万所よろずどころから来た」と伝えれば、心得ている神主は、すぐに総十郎を建物内へ案内してくれた。



「この度は、お越しくださりありがとうございます」


「いえ。務めですから。早速お話を伺ってもよろしいですか?」


「はい」



 神主は居住まいを正し、総十郎を見た。その表情には悲しみや疲弊が見えた。



「私は昔から、あやかしを視る目を持っております。町に居る雑鬼ざっき達の話をよく耳にします。普段はそう気にも留めないのですが、ある日、雑鬼達が妙な話をしていまして…」



 神社は神域だ。そのため妖は立ち入る事ができない。立ち入るには神の許可を得るか、神の威を上回る強大な力でねじ伏せるかの方法がある。が、その二通りともまず実行された事はない。少なくとも総十郎は知らない。


 神域である神社を出れば、雑鬼を始め妖はいる。あちこちにいて人間のように世間話に興じている事もある。


 雑鬼達は弱い存在だ。だが、その情報網はあなどれない。力がないからこそ、強い妖が出たなどという情報には敏感で、しかも伝達が早い。



「それが、おっかない奴が近くに来ている。というものでした」


「おっかない奴…? それで町の雑鬼が姿を見せないんですね」


「はい。ここしばらく、私も見かける事がぐんと減りました。それに、それからです。町で行方不明になる人が出るようになったのは」



 神主の言葉に、総十郎は考えるように顎に手を当てた。



(おっかない奴……。犯人はコイツか…。雑鬼達が出て来てないって事は、まだ近くにいるな)



 雑鬼は周囲に敏感だ。強い妖がいて危険だと判断すれば昼夜問わず身を隠す。人間が原因不明の事態に混乱していても、いち早く原因を理解する。そして危機が脱したと解れば、人間達が混乱の中でも、元の生活に戻る。


 万所の者達にとって、雑鬼達がどう過ごしているかは、手かがりや状況把握になる。


 総十郎は、もう一つの事について神主に問う。



「妖が騒いでいる、というのは?」


「はい。実は…行方不明になった人の中に、少し妖を感じ取れる子がいまして。ここにもよく来てくれていました。その子が言っていたのです。『夜になると、時々変な声が聞こえる』と」


「変な声……?」


「人でも動物でもないと、そう言っていました。悲鳴や、大声の怒号に聞こえる事もあったようで、毎晩大喧嘩のようだと」


「それは騒がしい…」



 総十郎の言葉に神主も頷いた。


 視たり感じたりする人には、妖の声が聞こえる事もある。夜は妖の活動時間。人が眠る時に騒ぎ声は煩く聞こえてしまう。



(敏感な子が犠牲になったのか……。にしても、怒号が聞こえたっていうのは…)



 妖同士にも揉め事はある。が、毎晩人の耳に届く範囲でとなると、総十郎も眉間に皺が寄る。

 体の小さな雑鬼は怒っても、よほど傍で無い限り大声には聞こえない。その子が聞いたのは恐らく別だと総十郎の思考が動く。



(となると、例のおっかない妖が関わる可能性はある)



 思考を整理し、総十郎は神主を見た。

 大方の状況が分かれば、後は自分達の対処次第。



「この二件、関わるがあると見て動きます」


「分かりました。お願いします」


「はい。この一件の間は、こちらに滞在させていただけますか?」


「それは勿論。誠心誠意お手伝いをさせて下さい。入用の物などございましたら、遠慮なくお申し付けください」


「ありがとうございます」



 丁寧に頭を下げる神主に、総十郎も感謝の想いでいっぱいになる。

 こうして頼られるのは嬉しくもあり、身が引き締まる。



(彼らの平穏の為にも)



 自分達には為さねばならない事がある。一層に強くそう思う。



「今回は、俺ともう二人、この仕事に臨みます。今は別行動中ですが、夕暮れには合流します」


「分かりました。よろしくお願いいたします」



 深々と頭を下げる神主に総十郎も強く頷いた。








 総十郎は、神主との会話の後すぐに神社を後にした。荷物だけは神社に預け、刀袋を背に咲光と照真を探す為町に出る。

 歩きながら町を見るが、やはり雑鬼の姿は視えない。それに僅か視線が険しくなる。が、それはすぐに消し去る。



(さてと、咲光と照真はどこにいるか…)



 どうやって二人は情報を集めているかと考える。町の人に聞いているのか、それとも雑鬼を探して話を聞いているか。他に何か方法を見つけただろうか。

 考えるだけで自然と口端が上がった。


 まだ空には太陽があり人々を照らしている。それが姿を隠すまでは時間がある。合流できなければ神社で落ち合う事になっているが、それでも、総十郎は自然と足早に二人を探し始めた。



(前の仕事は、俺と日野ひのが全部指示してたからな。これからは、そうじゃない)



 共に旅をする仲間だ。勿論階級でいえば上官になるが、二人とは話し合って、協力していきたい。

 初めて出会った時の事。共に合同任務をした事。そして家で弟妹達と過ごしていた事。全てが浮かんでくる。



『これからは、咲光と照真と一緒に行こうと思う』



 そう告げた自分に、父はただ嬉しそうに頷いてくれた。



(父さんには、本当に感謝ばかりだ)



 幼い頃から妖や術の事を沢山教えてもらった。祓人の道を諦めると言った時も。退治人になると言った時も。弟子が死んだ時も。いつだって、そっと居てくれた。今回もそう。

 ただ違うのは、本当に嬉しそうにしてくれた事。


 心がほわりと温かくなり、総十郎は一度瞼を伏せると、次にはそれを胸に仕舞い、一歩を踏み出した。


 町の大通りを外れ、広場の近くにやって来る。広場への入り口周囲には、甘味処や喫茶店もある。歩きながら見える店内を横目に歩いていると、知った声が聞こえた。



「俺、こういうのやった事ないんだ。教えてくれる?」


「うん。いいよ」



 声のする方に視線を向けた。緑豊かな道の筋。様々な店が並ぶ中にある遊戯店。扉は開け放たれていて、客が出入りしやすいよう壁も吹き抜けに近い。よく見える店内だから、刀袋を背負った見知った二人の姿もよく見えた。






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