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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第七十六話 風と少年

 天城あまぎ穂華ほのかは、ムッと頬を膨らませていた。その後ろに少し離れて姉が立っている。自分を待ってくれているのだ。

 それが分かっているから、穂華は急いで()さらわれた手巾を取ろうとしているのに、するりとすり抜けて一向に掴めない。


 また、するりとすり抜ける。段々腹が立って来た。


 そんな穂華の内情を察したように、姉の智世さよからの声が飛んで来る。



「穂華。もういいよ」


「でもっ……!」



 思わず言い返しそうになったのをグッと堪えた。


 バッと智世を振り返れば、困ったような泣きそうな顔をしていた。そんな表情を見て穂華は悔しそうに手巾を見た。()舞っている姉の手巾。淡い水の色をしたそれは、姉がとても気に入っているの物なのに。


 穂華はまた意地になって手巾を追いかけた。風が渦巻いているのか、手巾はあちこちへと逃げて、穂華から遠ざかっていく。



「もういいよ。帰ろう? 最近、町は危ないでしょう?」


「そうだけどっ…! あれはお姉ちゃんのお気に入り……」


「いいのよ」



 三度智世に言われ、穂華はシュンと眉を下げた。

 姉の元へ戻ろうとした時、不意にビュッと強い風を受けた。思わずギュッと目を瞑る。その風が収まった時、すぐ傍から声が聞こえた。



「大丈夫?」



 知らない男の声。穂華は顔を上げその声の主を見た。

 自分と年の変わらなさそうな少年だった。自分を見る目はあたたかで優しさを見せる。その少年はそっと穂華に手を出した。その手に握られているのは、姉の手巾。



「これは君の物?」


「……ううん。お姉ちゃんの」


「お姉さんはあちらにいる人?」



 少年の視線が動く。その先には姉と、その傍に見知らぬ女性がいた。少年と同じように葛籠つづらの荷物と細長い袋を背負っている。


 旅人だろうかと二人を見ながら、穂華は「うん」と頷いた。その頷きに少年は笑みを浮かべる。



「じゃあ、お姉さんに返そうか」



 促され、穂華は智世の元へ足を向けた。


 照真しょうまが、手巾を手に逃げ回っていた雑鬼ざっき達から手巾を取り上げると同時に、咲光さくやは智世に挨拶をした。



「もう大丈夫ですよ」



 突然の旅人に驚いた智世だが、咲光の言葉に目を瞠った。


 その視線につられて見れば、こちらへ向かって来る穂華と少年の姿がある。その後ろでは、小さくて妙な生き物の集団が二組。自分の手巾を取り上げて面白がっていた集団を、少年と共にやって来た一団が追い返している。


 無意識にぎゅっと胸元で強く着物を握る。それを咲光は横目に見つめた。



『俺達の事はっきり視えてるんだ。でも、視えてるから、他の奴らが悪さするんだ。だから見つけたら追っ払ってやるんだ』



 この場に咲光と照真を案内した雑鬼はそう言っていた。その言葉に二人は驚いた。

 なぜ、わざわざ助けるのか。そう思った疑問を咲光は正直に雑鬼にぶつけた。すると、少しバツが悪そうに雑鬼は教えてくれた。



『その子が子供の頃、俺ら、池で溺れてたトコ、助けてもらったんだ』


『人間の暮らしで礼は出来ないからな。だからせめて、他の雑鬼の悪戯いたずらは止めてやろうと思って』



 そう言ったのは、物置小屋に駆け込んできた雑鬼に、いち早く駆け寄った二匹。


 その言葉を聞いた時の事を思い出していると、すぐに照真と少女が戻って来た。雑鬼達は悪戯の一団を追っ払い、こちらを一瞥いちべつするとタタッとねぐらに戻って行った。

 ちらりとそれを確認する咲光の前で、照真が智世に手巾を差し出した。



「これ、お返しします」


「ありがとうございます。……風に、さらわれてしまって」


「……いえ。取れて良かったです」



 手巾は照真の手から智世の手に返る。


 それを見ていた穂華の頬が少し膨れた。自分はとてもとても苦労してそれでも取れなかったのに、急にやって来た少年はいともたやすく取ってしまった。少し悔しそうな拗ねているような穂華に気付き、咲光は微笑ましさを感じた。


 突然やって来た不思議な二人を、智世は見つめた。

 凄い速さでやって来て、妙な生き物から手巾を取り返した少年。そして女性が言った言葉。



『もう大丈夫ですよ』



 ぎゅっと手巾を握りしめると、智世は深々と頭を下げた。



「本当に…ありがとうございました。私は天城智世と申します。この子は妹の穂華です」


「こんにちは。姉の手巾取ってくれて、ありがとうございました」


「どういたしまして。俺は村雨むらさめ照真です」


「私は、姉の咲光です。今は別行動をしているもう一人の仲間と旅をしています」



 互いにぺこりと挨拶をし合う。咲光の挨拶に、先程まで少し拗ねていた穂華がパッと表情を明るくさせた。



「旅!? すごいっ。どんな所に行ったんですか?」


「こら穂華」


「いえいえ。そうだなぁ……。北の町へ行ったり、国の中心に近い町にも行ったよ」


「へぇ~! いいなあ!」



 穂華の反応に微笑ましさと純粋さを感じながら、照真は少しだけ話をする。と、穂華はそれだけでも目を輝かせた。

 少し困ったように「すみません」と咲光に頭を下げる智世にも、咲光は「いえいえ」と手を振った。



「あの、何かお礼をさせていただけませんか?」



 智世の申し出に、咲光と照真は顔を見合わせた。


 智世は妖が視えている。そして今、この町で視えるただ独りになっている。雑鬼達から得た情報が頭を駆けていく。それを整理し、咲光は智世をまっすぐ見つめた。


 あたたかな日差しが広場に注がれている。吹いている風は穏やかなのに、少しだけ張りつめているようだった。



「では、少し教えて頂きたい事があるのですが……」



 咲光の言葉に、智世と穂華は首を傾げた。


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