第七十五話 おっかない奴
見送られながら茶店を後にした二人は歩き続ける。照真は眉間に皺を寄せながら顎に手を当てた。
「七人…。そんなに被害者が出てるなんて…」
「うん。共通点はないみたいだし、家の中でも出てくるなんて…。少し難しいね」
「もう少し詳しい人いないかな……」
しかし、旅人の自分達があれこれと探っていると、時に不審に思われる。妖退治の為と堂々と言う訳にはいかないのだ。
ふむふむと考えていた照真は、くるりと咲光を見た。
「……探してみる?」
誰を、なのかは咲光もすぐに解った。照真の言葉に頷くと、二人は探す為に足早に歩き出した。
そしてやって来たのは、人通りの多い道を外れた所にある、広場。木々の茂るその場所は、静かで池もある。のんびりと散歩する人の姿もまばらな中、咲光と照真は歩き続ける。そして見つけた。
歩道から離れた茂みの中に小さな物置小屋があった。その中から感じる複数の気配。
照真はそれを感じ、ギィィ…と軋む扉を開けた。
物置小屋には、箒やちりとり、台車や紐、桶や杓もある。しかしそれらに用はない。窓は小さな一つだけ。しかし、その硝子は一部割れてしまっていて外が覗き見える。
一歩中に入る咲光と照真の耳に、こそこそ話が聞こえた。
「よく来る奴とは違うぞ」
「誰だ誰だ」
「退治人だ。刀持ってる。あれ普通のやつじゃないぞ」
「退治人だ。俺達斬りに来たのかな」
「悪い事してない」
なんだよなんだよと聞こえる会話に良い感情はなさそうだ。かつて、それを菅原との仕事で知った照真は、脅かさないようそっと声をかけた。
「斬りに来たんじゃないよ。話を聞きたい事があって」
「なんだよ。退治人に話す事なんてないぞ」
「町で行方不明になっている人の事について聞きたいんだ」
「あー…あれか。あんなおっかない奴、早くどうにかしてくれよ」
「え? 見たの?」
「え?」
咲光と顔を見合わせ驚く照真に、雑鬼達まで目を点にさせて姿を見せた。
一匹が出てくると、ぞろぞろと姿を見せる。その数に少々圧倒されながらも、咲光は再度尋ねる。
「おっかない奴っていうのはどういう妖なの?」
咲光の問いに、雑鬼達は顔を見合わせるとこそこそ話を始めた。
咲光も照真も、じっとその話が終わるのを待つ。雑鬼達は何かを知っている。有力な情報になるかもしれない。
こそこそ話を終えた雑鬼達は、今度は恐る恐る咲光と照真を見た。
「あのおっかない奴退治に来たのか?」
「その妖が行方不明者に関わってるなら。俺達は、それを解決させるためにここに来たんだ」
「君達を斬るような事はしないよ」
まっすぐ頷く照真と、安心させるように伝える咲光に、顔を合わせた雑鬼達は、話に応じるというようにトンッと腰を据えた。
「おっかない妖が夜な夜なやって来て人を襲うんだ」
「だから人が消えて、人間達が騒いでるんだ」
「俺達も巻き込まれたくないから、町には出て行かない」
雑鬼達は力が弱い。強い妖には恐れを抱くが、自分達に害がなければ関わらないというだけで済み、町に出ないという程にはならない。
今回の妖は、雑鬼にさえ害が及びかねないのだと、雑鬼達は判断しているのだ。それを察し、咲光は一度視線を下げると、まっすぐ雑鬼達を見た。
「その妖を視た子はいる?」
「はっきり視た奴はいないぞ。妖気感じるだけで近づきたくなくなるからな」
「ちょっと視た奴が言うには、宙浮いてて、すぐ消えちまったって」
「消えた…?」
すばしっこい妖なのだろうかと照真は首を捻る。
その情報を頭に入れながら、咲光はもう一つ雑鬼達に問う。
「襲われた人達の事で何か知ってる事はある? どんな事でもいいの」
「人間なんてほとんど知らないぞー…」
「そうだなぁ」
「あ。ある。あるある」
はいはいと手を上げた雑鬼に咲光と照真の視線が向いた。小さな手を精一杯上げている雑鬼に「何?」と少し身を乗り出して問うと、雑鬼もまた身を乗り出して教えてくれた。
「襲われた人間は強弱はあるけど、妖が視える奴だった」
「そういえば…。でも、はっきりじゃないぞ。ぼんやりーってぐらいで」
まさかの共通点に咲光も照真も目を瞠る。
妖をはっきり視認できる人は本当に稀である。感覚として感じ取ったり靄のように視える人は時折いる。今回襲われたのはそういう人達のようだ。
視たり感じたりする事は、妖に視認されたと判断される事なので、襲われる事は少なくない。つまり、次に狙われるのも、そういう人である可能性が高いという事。
咲光と照真は、まっすぐ雑鬼達を見た。
「そういう人、他には知ってる?」
「知ってるぞ。でも、後一人くらいだよな」
「うん。後は、俺達をはっきり視る事ができる一人だけだな」
「! それ誰……」
「大変だー!」
その時、一匹の雑鬼が駆け込んできた。その慌てぶりに、小さい雑鬼と丸い雑鬼がバッと駆け寄って来た。
「たっ…たいへ……アイツらが…!」
「またか! よしっ。ちょっと行ってくるからな!」
「何言ってんだ。俺達も行くぞ!」
「仲間の恩人は俺達の恩人なんだからな!」
なんだか急に物々しくなってきた。そんな雑鬼達に何も言葉が出て来なくなった咲光と照真だが、入って来た雑鬼に駆け寄っていた二匹の雑鬼と目が合うと、「ちょうどいい」と手招きされた。
「今話してた奴の所に案内してやる!」
言うや否や物置小屋を飛び出す雑鬼達。戦いにでも行くかのような空気に、咲光と照真は顔を合わせると、その後に続いた。




