第七十三話 出発
神来社家に滞在して半月が経とうかという時、咲光と照真は総元に呼ばれた。
「西の方で妖が騒いでいるらしい。町では人が次々と行方不明になっている。関連は分からないけれど、この二件を頼む」
「はいっ!」
仕事の通達だ。早速二人は準備入る。
部屋に戻り荷物をまとめる。咲光は、灰色の袴に紅色の着物。その上に赤地で袖口には黄色い二本の線が入り、裾には牡丹が一輪咲く羽織を羽織る。照真は黒い袴に薄緑の着物。白地で裾には銀杏が一葉舞う羽織を羽織る。ここでも着ていた慣れた服装だが、仕事が入ると自然と身を引き締めてくれる服装でもある。
葛籠と刀袋を手に、二人は総十郎の母親と弟妹達に挨拶に向かった。仕事だと言うと、別れを残念がる顔など見せず、「頑張って」と背を押してくれる。それがとても心強い。ただ探しても総十郎の姿が見えず、二人はシュンと肩を落とした。
総元も、総十郎の母も、弟妹達も見送りに来てくれる。それを嬉しく思っていた咲光と照真だが、玄関扉を開けた先に居た総十郎に面食らった。
「さて、行くか」
「神来社さんも仕事なんですか?」
「あぁ。というか、俺、これからお前達と一緒に旅する事にした」
「え……えっ!?」
さらりと告げた総十郎に、咲光と照真が目を剥く。
何で。どうして。口よりも物言う表情に、総十郎はニッと笑みを浮かべる。
「だから、これから一緒に行かせてくれないか?」
ぱちぱちと総十郎を見つめる。どうやら本気らしい。
だが、咲光も照真も心は決まっていた。顔を見合わせ嬉しさの花を咲かせる。
「はいっ! 喜んで!」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ」
笑顔な三人を総元達も微笑ましそうに見つめていた。ずっとずっと、一人で旅をしていた総十郎が咲光と照真と旅をする事を選んだ。
(話をしたからじゃないだろう。もしかしてお前は、ずっとそれを望んでいたのかな…)
祓人の道を諦めて、退治人になった事。その合間の葛藤も苦しみも。ずっと見て来た総元は総十郎を優しく見つめ、そして、咲光と照真に視線を向けた。
(咲光。照真。ありがとう。総十郎を救ってくれて。長い間ずっと、ずっと沈んでいた総十郎の心に光をくれて、本当にありがとう)
その優しい眼差しに目の前の三人は気づかない。「じゃあずっと修行つけてもらえますか!」「やる気だな」と笑い合っている三人。そんな光景も嬉しくて微笑ましい。本当に楽しそうで嬉しそうな顔をする総十郎を、母も父も優しく見つめていた。
三人旅が決まり、咲光達は改めて神来社一家に向き合った。まっすぐな瞳が見つめてくれる。
「お世話になりました。行きます」
「お気をつけて」
「ご武運を」
ぺこりと頭を下げれば、下げ返してくれる。見送ってくれる皆に感謝していた総十郎も、ふと視線を下げて困ったように眉を下げた。
一歩前に出て、末の妹の前に膝を折る。母の足元に隠れるようにしているが、その表情は少し怒っているような泣きそうなもの。
「明子。行ってくるな」
青い羽織が地面に触れる。それを気にした風もない兄の姿を、他の弟妹達も柔らかな眼差しで見つめた。
ぽんっと頭に手を置いても、明子の表情は晴れない。こんな表情をされるのも泣かれるのも嫌だ。それでも行かなければならない。自分で決めたのだから。
頭に乗せた手が離れていく。そのぬくもりが離れれば途端に寒くなったようで、明子はぽんっと総十郎に抱き着いた。大きくて優しい兄は、いつだってふわりと受け止めて包んでくれる。
「行ってらっしゃい」
「うん。行ってくる」
ぎゅーっと、まるで元気を分けてくれるような明子の力に、総十郎は目を細め明子を見つめた。
そして、家族に見送られ、総十郎と咲光、照真は神来社家を発った。
町へ出る前に「行って参ります」と神にご挨拶も忘れない。そして、西へ向かって歩き始めた。
「びっくりしました。神来社さんが一緒だなんて」
「驚かせたな」
「でも、嬉しいです。これからは三人ですね」
笑みの花を咲かせてくれる咲光に、総十郎もそう思ってくれて嬉しいと笑みを浮かべる。
旅の仲間に一人が加わる。それだけでも足取りが変わるのは何故だろう。照真の足取りが目に見えて弾んでおり、咲光と総十郎は、顔を見合わせるとクスクスと笑みをこぼした。
「? 二人ともどうかした?」
「なんでもない」
笑う二人に照真はコテンと首を傾げる。旅はとても微笑ましく始まった。
咲光達は歩いては休み、休んでは歩き続け、西を目指した。
町に立ち寄れば宿で身体を休め、山道では野宿をする。総十郎に稽古をつけてもらい、夜は三人で固まって眠る。
足取りは西へ急ぎながらも、立ち寄った町を見物せず足早に通り過ぎる事はしなかった。店に立ち寄ったり、楽師の奏でる音に聞き入ったりもした。
「勿論急ぐ。だが、そうやって心まで急くといざ仕事って時に失敗したり、溜まった疲労に気付かなかったりする。だから、時折心を休めながら行くんだ」
総十郎がそう教えてくれた。
決して楽しんでいるだけではない。町に数日も滞在する事はないし、遊びに一日費やすこともない。通りながら楽しむという進み方に、咲光も照真も心が随分休まっていた。
そうして三人は、西にある町にやって来た。




