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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第七十三話 出発

 神来社からいと家に滞在して半月が経とうかという時、咲光さくや照真しょうま総元そうもとに呼ばれた。



「西の方であやかしが騒いでいるらしい。町では人が次々と行方不明になっている。関連は分からないけれど、この二件を頼む」


「はいっ!」



 仕事の通達だ。早速二人は準備入る。


 部屋に戻り荷物をまとめる。咲光は、灰色の袴に紅色の着物。その上に赤地で袖口には黄色い二本の線が入り、裾には牡丹が一輪咲く羽織を羽織る。照真は黒い袴に薄緑の着物。白地で裾には銀杏が一葉舞う羽織を羽織る。ここでも着ていた慣れた服装だが、仕事が入ると自然と身を引き締めてくれる服装でもある。


 葛籠つづらと刀袋を手に、二人は総十郎そうじゅうろうの母親と弟妹達に挨拶に向かった。仕事だと言うと、別れを残念がる顔など見せず、「頑張って」と背を押してくれる。それがとても心強い。ただ探しても総十郎の姿が見えず、二人はシュンと肩を落とした。


 総元も、総十郎の母も、弟妹達も見送りに来てくれる。それを嬉しく思っていた咲光と照真だが、玄関扉を開けた先に居た総十郎に面食らった。



「さて、行くか」


「神来社さんも仕事なんですか?」


「あぁ。というか、俺、これからお前達と一緒に旅する事にした」


「え……えっ!?」



 さらりと告げた総十郎に、咲光と照真が目を剥く。

 何で。どうして。口よりも物言う表情に、総十郎はニッと笑みを浮かべる。



「だから、これから一緒に行かせてくれないか?」



 ぱちぱちと総十郎を見つめる。どうやら本気らしい。

 だが、咲光も照真も心は決まっていた。顔を見合わせ嬉しさの花を咲かせる。



「はいっ! 喜んで!」


「よろしくお願いします!」


「こちらこそ」



 笑顔な三人を総元達も微笑ましそうに見つめていた。ずっとずっと、一人で旅をしていた総十郎が咲光と照真と旅をする事を選んだ。



(話をしたからじゃないだろう。もしかしてお前は、ずっとそれを望んでいたのかな…)



 ()()()()、退治人になった事。その合間の葛藤も苦しみも。ずっと見て来た総元は総十郎を優しく見つめ、そして、咲光と照真に視線を向けた。



(咲光。照真。ありがとう。総十郎を救ってくれて。長い間ずっと、ずっと沈んでいた総十郎の心に光をくれて、本当にありがとう)



 その優しい眼差しに目の前の三人は気づかない。「じゃあずっと修行つけてもらえますか!」「やる気だな」と笑い合っている三人。そんな光景も嬉しくて微笑ましい。本当に楽しそうで嬉しそうな顔をする総十郎を、母も父も優しく見つめていた。


 三人旅が決まり、咲光達は改めて神来社一家に向き合った。まっすぐな瞳が見つめてくれる。



「お世話になりました。行きます」


「お気をつけて」


「ご武運を」



 ぺこりと頭を下げれば、下げ返してくれる。見送ってくれる皆に感謝していた総十郎も、ふと視線を下げて困ったように眉を下げた。

 一歩前に出て、末の妹の前に膝を折る。母の足元に隠れるようにしているが、その表情は少し怒っているような泣きそうなもの。



明子あきこ。行ってくるな」



 青い羽織が地面に触れる。それを気にした風もない兄の姿を、他の弟妹達も柔らかな眼差しで見つめた。


 ぽんっと頭に手を置いても、明子の表情は晴れない。こんな表情をされるのも泣かれるのも嫌だ。それでも行かなければならない。自分で決めたのだから。

 頭に乗せた手が離れていく。そのぬくもりが離れれば途端に寒くなったようで、明子はぽんっと総十郎に抱き着いた。大きくて優しい兄は、いつだってふわりと受け止めて包んでくれる。



「行ってらっしゃい」


「うん。行ってくる」



 ぎゅーっと、まるで元気を分けてくれるような明子の力に、総十郎は目を細め明子を見つめた。


 そして、家族に見送られ、総十郎と咲光、照真は神来社家を発った。

 町へ出る前に「行って参ります」と神にご挨拶も忘れない。そして、西へ向かって歩き始めた。



「びっくりしました。神来社さんが一緒だなんて」


「驚かせたな」


「でも、嬉しいです。これからは三人ですね」



 笑みの花を咲かせてくれる咲光に、総十郎もそう思ってくれて嬉しいと笑みを浮かべる。


 旅の仲間に一人が加わる。それだけでも足取りが変わるのは何故だろう。照真の足取りが目に見えて弾んでおり、咲光と総十郎は、顔を見合わせるとクスクスと笑みをこぼした。



「? 二人ともどうかした?」


「なんでもない」



 笑う二人に照真はコテンと首を傾げる。旅はとても微笑ましく始まった。








 咲光達は歩いては休み、休んでは歩き続け、西を目指した。


 町に立ち寄れば宿で身体を休め、山道では野宿をする。総十郎に稽古をつけてもらい、夜は三人で固まって眠る。

 足取りは西へ急ぎながらも、立ち寄った町を見物せず足早に通り過ぎる事はしなかった。店に立ち寄ったり、楽師の奏でる音に聞き入ったりもした。



「勿論急ぐ。だが、そうやって心までくといざ仕事って時に失敗したり、溜まった疲労に気付かなかったりする。だから、時折心を休めながら行くんだ」



 総十郎がそう教えてくれた。

 決して楽しんでいるだけではない。町に数日も滞在する事はないし、遊びに一日費やすこともない。通りながら楽しむという進み方に、咲光も照真も心が随分休まっていた。


 そうして三人は、西にある町にやって来た。






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