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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第七十二話 恐れるな、前を見ろ

 かつて、神来社からいと家を始め多くの術者達によって封じられたあやかし


 そして今、長い歴史の中である事態が生じていた。



「封じが、少しずつ弱まっている」


「!」



 総元そうもとの言葉に、咲光さくや照真しょうまは息を呑んだ。総十郎そうじゅうろうの表情も険しい。



「私も力を注いでいるから、すぐどうにかなるという事は無い。だけれど、術自体が何分古いものだ。この地の神の力もあって保っているけれど、ここは人が多く来る。世に不安や恐怖が蔓延まんえんし、人々の心を侵してしまうと、それは妖の好物になる」


「死や負の感情ですね。それはやはり、神の御力に影響が…?」


「ある。神はそういうものを嫌われる。神の威を削いでしまうから」


禍餓鬼かがき虚木うつぎはそれを狙っている。一柱でも神に影響があれば、必ずどこかに歪みが生じる。世の中は繋がってるからな」



 総元の言葉は重く深刻だ。総十郎も、絶対に阻止するという想いを滲ませている。


 隣で照真が険しい表情を見せる中、咲光は考えるように総元を見た。



「封じの術が弱まる事は、あらかじめ分かっていたんですか?」


「代々の総元達が、封じを強化させるよう力を注いで来た。今の事態は想定はしていたけれど、正直に言うと、深刻だ」



 少し濁すように言う理由が、なんとなく咲光には分かった。

 言葉には力がある。神の威を削ぐような事を、万所よろずどころ総元が口には出来ないのだろう。



「代々力を注いで来たのに、そうならどうして……」


「この事態はここ数十年で進んでる」



 総十郎の言葉に、咲光と照真は考えた。

 ここ数十年の出来事。そう昔ではない最近だ。封じが弱まり、神の威が削がれ始める程の事態。神の威を削ぐのは……。



「! 国の戦……!」


「!」



 ハッと言葉の出た口を覆う咲光に、照真もハッと目を瞠った。


 国を大きく様変わりさせたのは、数十年前に始まった戦だ。当然多くの人々が犠牲となり、悲しみと怒り、憎しみを生んだ。血に濡れた所業につどうモノが、今なら分かる。



「妖相手ならともかく、国の戦は…俺達にはどうにもできない」



 総十郎の言葉は、どこか悲し気で無力感を滲ませていた。それが胸を衝く。

 それでも、悲しんでいる訳にも絶望している暇もない。キリッと咲光と照真は顔を上げた。



「だから、今は一つでも妖による被害を解決させて、人々を安心させなければいけないんですね」


「なら、俺達が沈んでるわけにはいきません!」



 力強い二人の言葉に、総元と総十郎は少し目を瞠る。と、フッと揃って笑みをこぼした。

 少し落ち込んでいた空気が、暖かなものに変わる。



(術だけなら、たぶん時間をかけて破る事も出来るはず。今重要なのは、神の支えと人々の心)


(だから色んな場所で事を起こしてるんだ。人の多い所なら、それだけ奴らの思う通りになるはず)



 負を心に抱く人々が神の元へ赴けば、それは神に影響を与えてしまう。

 ここもまた、人々が多く参拝する神社。今は影響が少なくても、禍餓鬼と虚木が大きく動けばどうなるか分からない。


 事は重大案件だ。そう認識する咲光は総元を見た。



「これは、他の衆員は知っているんですか?」


「知らないよ。知っているのは、私、“とう”の四人、そして君達だけだ」



 ゆっくりと首を横に振られ、「え…」と咲光と照真は固まった。


 万所上位陣に混じって、下位の自分達が何故。口には出ずともそんな言葉が表情から読み取れ、総十郎はクスリと笑みをこぼした。



「俺が総元に言ったんだ。お前達に話したいって。これまでの戦いも、臆せず前を向いて走って来れたお前達なら、話してもきっと大丈夫だと思ってな」


「…………」


「今さっきも、それを確信した」



 どうしてとか。自分達なんてとか。そんな想いを吹き飛ばすくらいまっすぐ、総十郎がまっすぐ見つめて伝えてくれる。

 だから、咲光と照真の胸にはふつふつと熱い想いが沸き上がってきた。



(応えたい。この信頼に)



 二人の眼差しに総元は目を細め、総十郎と二人を見つめた。








 総元と総十郎の話が終わってから、咲光と照真は再び総十郎に稽古をつけてもらった。話の所為か、一層真剣に稽古する二人に総十郎も手加減しない。

 途中で浩三郎こうざぶろうもやって来て、総十郎から指南を受けたりもした。稽古する総十郎の姿を縁側から明子あきこが眺め、休憩時には、そんな明子と咲光が笑って話をする姿も見られた。


 稽古で疲れた体も、風呂に入り夕食を食べれば回復する。心の充足を得ながら、照真も南二郎なんじろうや浩三郎と楽しそうに話をした。


 月が空に浮かび、周りからは生き物や風の音が聞こえる中、咲光は建物から伸びる東屋あずまやにいた。

 腰までは壁があるが、それより上に壁はない。壁沿いは座れるようになっており、咲光はそこに座って外を眺めていた。

 整えられた庭は美しい。咲光はどうしてか自分の家の庭を思い出して、そっと眉を下げた。



「どうした咲光?」



 そっと声をかけてくれたのは総十郎。視線を向ければ、そこには寝間着にいつもの羽織を肩にかけた姿。いつもは三つ編みに結ってある髪も、今はそのまま背に流れている。


 やって来てそのまま咲光の隣に腰掛け、同じように庭を眺める。



「昼間の事か?」


「…はい、少し。でも、照真や神来社さん、総元、鳴神なるかみさんや日野ひのさん。皆さんを信じる事が今一番出来て、大事な事だと思うんです。だから、大丈夫です」


「そうか…」



 大丈夫。それが多くの事を指しているのだと解る。だから総十郎はそれ以上を言わず、ただ頷いた。

 そんな総十郎に、咲光はにこりと笑みを向けた。



「神来社さんは、私や照真にとって、憧れであり尊敬する方です。だから全力で頑張ります」


「……あぁ。ありがとう」



 笑みと向けられた言葉に面食らい言葉が遅れる。そんな総十郎に咲光はクスリと笑みを返した。

 参ったなと言いたげに眉を寄せる姿は、少しだけ普段の総十郎とは違って、咲光は新発見をしたようで嬉しくなった。


 そんな表情を消した総十郎は、同じようにニッと笑みを浮かべる。



「それじゃあ、明日からまた厳しく鍛錬だな」


「はい!」



 頼もしい返事に、総十郎は笑みを浮かべ、咲光も笑みを返した。






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