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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第七十一話 扉を隔て、対峙する

 少し柔らかくなった空気の中、咲光さくやは絵図の一角を指差した。それは禍餓鬼かがき虚木うつぎのすぐ後ろ。



総元そうもと。この、禍餓鬼と虚木の後ろのあやかしは?」



 その問いに総元が僅か目を細め、照真しょうまも指差す先を見た。


 そこにはもう一体の妖が描かれている。長い黒髪はうねっていて、その表情は横髪に隠され見えない。その妖の周囲は赤や白などで地を裂くような光が描かれている。

 絵図は全体が曇っていて、どこか重暗い印象を与える。


 咲光に総元が重々しく答えた。



「遥か昔、海の向こうからこの国へやって来た妖。虚木と禍餓鬼が主を仰ぐモノ」


「主……」



 総元の言葉に思い出すのは虚木の言葉。



『嫌い嫌い嫌い! 神来社からいとの人間は殺す! その血も絶やさせて殺し尽くす! あの御方が受けた仕打ち、絶対にその身であがなわせてやる!』



 虚木が言っていた「あの御方」とは、主であるこの妖の事なのだろうと解った。

 そして、ふと咲光は総元と総十郎そうじゅうろうを見た。その視線にまっすぐ二人の視線が返される。



「虚木は、随分と神来社さんを嫌っていました。神来社家は、その妖と何か深い関係があるんですか?」



 その言葉に照真も深刻そうに辛そうに二人を見た。

 二人の眼差しに、総十郎は優しく二人を見つめた。優しく下げられた眉に、咲光と照真は一瞬だけ瞳を揺らした。



「負傷した身を癒す為、この国に来て人を殺すその妖と、当時の術者達が総出で戦った。だが、退治するに至らず、封印するのがやっとだった」


「……虚木と禍餓鬼は、その時逃亡を…?」


「あぁ。何とか封じ、半狂乱で襲って来た二体にもかなりやられたそうだ」



 それが今に通じる。

 そう考え咲光は瞼を震わせた。



(封じたなら、まだどこかに…? もしそうなら、禍餓鬼と虚木が何もしないなんて事はある?)



 胸の内になんだか嫌な感じが生まれていた。

 総元と総十郎の話は、何かもっと重要で深刻なもののように感じられる。無意識にぎゅっと膝の上で拳をつくった。


 同じように思うのか、照真もまっすぐ総十郎と総元を見つめた。総十郎の言葉を引き継ぎ、総元はゆっくりと話す。



神来社家うちは、昔から力ある術者の家系でね。その戦いにも封じの術にも加わっていたんだ」


「まぁ、うちはそれに加えて、万所よろずどころの総元やってるからな」


「あ。そう言えば、総元は力ある術者の家系だって、菅原さんも言ってました」


「だから神来社家を目の敵に…」



 主を封じた者の一人。納得を覚え咲光も頷いた。そしてその主という妖の事を考える。


 虚木と禍餓鬼が仰ぐモノならば、二体よりも強いのだろう。日野ひのと総十郎でも倒せなかった虚木。体の震えた禍餓鬼。絵図に描かれている姿がひどく恐ろしく見えた。

 神来社家の先祖や当時の術者達でも、封じるのがやっとだった相手。そう考え咲光は一つの疑問を覚えた。



(総元も、南二郎なんじろうさんも術者。綾火あやかさんも浩三郎こうざぶろう君も術を使えるって言ってた。なら、どうして神来社さんは退治人に…?)



 家系で言うならば、総十郎も術者として十分なはず。そう思ったが、視線を向ければ「ん?」と首を傾げる総十郎に、それを問う事はどうしてかできなかった。



(何か理由があるのかもしれないし、綾火さんも万所には入っていないそうだから、必ずって決まりはではないんだろう)



 そう思い自分に納得した。進む道は色々ある。それに、総十郎は今、退治人として強く頼もしい人だ。


 咲光の隣で照真が身を乗り出す。



「じゃあ、他にも封じに関わった家が、今も残ってるんですか?」


「いや。もう力がなかったり、視える人がいなくて妖退治をしてなかったり、血筋が途絶えたりして、もう残ってない。そういう家とは、ずっと繋がりがあったんだけどな」


「もう、残っているのは神来社家うちだけなんだ」



 総十郎も総元も、どこか寂しそうに肩を竦めた。長い時代の中だ。そうなるのも致し方ない。が、そうなると……。



「神来社家、凄いな…」



 思わず照真の口からそんな言葉がこぼれてしまう。それを聞き総十郎はクスリと笑みをこぼした。



「これには理由があるんだ」


「理由…?」


「あぁ。神来社家の役目が関係しててな。それを決して途切れさせないために、神が差配してくださってるんだよ。縁結びとか、霊力の繋がりとかな。じゃなきゃ、血はどこかで途絶えててもおかしくないし、霊力も弱まってきておかしくない」



 笑いながらなんだか凄い話をされた。咲光も照真もギョッと目をく。あわわ…と言葉が震えた。



「か…かっ……神に認められた血筋!?」


「違う違う」



 目玉の飛び出しそうな二人に、総十郎は冷静に否定の手を振った。

 純粋な二人の反応に思わず総元も笑う。驚いたままの二人に、総十郎は「いいか?」と続けた。



「正確には、血も力も途切れさせないようにするから、しっかり役目を果たせって神の意があるんだ」


「? 役目…?」


「言っただろ。神来社家には役目がある」



 少しずつ落ち着いてきた二人に、総十郎はゆっくり話してくれた。僅かに開けた間に無意識に唾を呑む。



「封じを守り続ける役目だ」



 その言葉は、静かな空間に重く強く落とされた。

 ふわりと体を抜けた言葉は、一秒二秒と経つごとに重たい衝撃となって襲ってくる。



(ちょっと待ってちょっと待って。この妖の封じをずっと…? 確かに強力な妖の封じをそのままには出来ないだろけど……)


(ずっと、神来社さん達一族が…? ずっとずっと昔から……?)



 一体どれほど昔からなのかは分からない。表の歴史にもそんな話はないから。

 人々の知らない歴史の裏側。そこにいた人々。そこにいる人々。



(あぁ……なんて…)



 胸が痛くて、溢れる想いは言葉にならない。

 痛そうな、辛そうな、哀しそうな、泣きそうな。そんな表情を浮かべて俯く咲光と照真を、総元と総十郎は優しく見つめていた。



「総元。神来社さん。大変な役目を繋いでくれて…」


「ありがとう…ございます」



 声を揃え、頭を深く下げる二人を見つめ、総十郎はそっと二人の肩に手を置いた。万感の想いを湛える瞳を、咲光と照真は泣きそうに優しく見つめ返す。

 

 四人を包み込むように、優しい風が吹き抜けた。






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