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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第六章 天城編

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第七十話 ある妖について

♢♢




 物心つく前から、いや。生まれた時から、人には視えないモノが視えていた。それは人とは違う姿をしていて、まるで本の中の生き物のようだった。

 ただ、家にいる時に視る事はなかった。それを視るのは、いつも家を出て町へ行った時。あちこちにそれは居た。でも皆は視えていないようだったから、俺は父さんに聞いたんだ。


 あの変な生き物は何? と。


 それから父さんは教えてくれた。あやかしと言うモノの事。人に悪さをする妖を祓う仕事の事を教えてくれた。父さんは、そういう仕事をしてる人達をまとめているんだと。


 嬉しかった。誇らしかった。そんな人が父親で、俺もまたそういう事が出来るんだと知って。


 だから俺は勉強した。妖の事。霊や悪霊の事。術の事。家にある書物を読み漁って勉強した。父さんにも沢山教えてもらった。初めて式を飛ばせた時は大喜びだった。

 生まれて来た弟も一緒に勉強するようになった。そして、俺は解ってしまった。


 人によって霊力には差がある。霊力を術に変換し、扱うのが術者。霊力の器は大きくする事が出来るが、それは簡単な事ではない。何度も命懸けの死闘を繰り返して少し大きく出来るようなもの。

 扱える術の強さ、種類。それには霊力が大きく影響してくる。決して無関係ではない。


 俺の霊力は――………




♢♢






 じきに日が昇るという時間。総十郎そうじゅうろうは目が覚めた。少しの間ぼんやりと天井を眺める。

 時折帰って来る我が家。自分の部屋はいつも殺風景で物もない。


 布団から身を起こすと顔を洗うため部屋を出る。木々に囲まれた周りのおかげか、朝はいつも涼しい。顔を洗い気持ちをすっきりさせると、部屋に戻ってすぐに着替えた。



咲光さくや照真しょうま、もう起きてるかな)



 二人が日が昇る頃に起床する事は、ここへ来る前での旅路で知った。その日課はそう崩れないだろうと、総十郎は縁側を歩く。


 家族はきっとまだ寝ている。咲光と照真の部屋は家族のいる所とは離れている。それでも音をたてないよう向かっていた総十郎だったが、広い庭に面する縁側に出て、フッと口元が緩んだ。

 起こしてしまわないようにか、東屋あずまやより奥で打ち合い稽古をしている二人の姿があった。そんな二人に自然と足が向かう。



「咲光、照真。おはよう」


神来社からいとさん。おはようございます」


「おはようございます」


「朝稽古か? 相変わらず早いな」


「もう日課なので。やらないと変な気分です」



 落ち着かないと言いたげな照真に、思わず総十郎も吹き出した。けれど、その気持ちは少し分かる。

 だから、総十郎は白む空を見上げ、頼もしい表情を二人に向けた。



「よし。一人ずつ稽古の相手になろう。どうだ?」


「お願いします!」



 声を揃えた朝から元気な二人に、総十郎も笑みが浮かんだ。

 三人の稽古は、南二郎なんじろうが朝餉だと呼びに来るまで続いた。








 朝餉の後、咲光と照真は総十郎に連れられ、家の隣に繋がる吹き抜けの建物へ案内された。

 御簾みすを上げれば心地の良い風が吹き抜ける。髪を揺らす風を感じながら、咲光は総十郎の正面に腰を下ろした。その隣には照真が座り、総十郎と咲光の傍には総元そうもとが座った。


 四人だけの部屋の空気に、少し緊張する。風は穏やかなのに、空気は少し張りつめているように感じられた。

  表情にそれが出てしまう二人に、総元は優しく微笑んだ。



「緊張しなくていい。話というのは、二人に知っておいてほしい妖の事なんだ」



 穏やかに言った総元の言葉に、咲光と照真は首を傾げた。そんな二人を総十郎がまっすぐ見つめる。



「二人とも。虚木うつぎと似た妖気の、餓鬼がきを操る妖に遭遇しただろう」


「…はい。どうしてそれを…」


鳴神なるかみに聞いたんだ。咲光、相談したんだって?」


「はい」



 そうだったのかと照真は少し驚いたように咲光を見た。そんな視線に咲光は頷きを返す。

 照真はすぐに視線を総十郎に戻した。



「虚木は、確か……禍餓鬼かがきって言ってました。あの二体は何か関係があるんですか?」


「あぁ。それが、お前達に知っておいてほしい妖なんだ」



 総十郎の真剣な眼差しに、咲光も照真も姿勢を正した。


 総元を交えてわざわざ話をしなくてはいけないような相手。他の妖とは一線を画すような妖力を持つモノ。

 ただ強い妖ではないのだろう。総元と総十郎の目を見て、咲光はそう感じた。


 まっすぐな眼差しで自分や総十郎を見る咲光と照真。そんな姿に、総元は側に置いてあった箱を前へ置きなおした。三人の視線がそれに向けられる。

 箱を開け、巻物を取り出した総元は、それを三人の前に広げた。

 コロコロと転がり、見えてくる絵。初めて見る絵図に、咲光も照真も視線が釘付けになった。



「戦いの絵…?」



 ぽつりと照真の口からこぼれる。それを耳に入れながら、咲光は絵をじっと見つめた。



(戦い……。でも、多勢に無勢みたい。これは…?)



 大勢の人が挑んでいる相手を見て、ハッとなった。

 たった三人の相手。その二人の傍には文字が書かれている。



「禍餓鬼…」


「それに虚木も…」



 見た目と特徴も一致する。なぜこの絵にと驚くが、照真も咲光もすぐに理解した。



「これは、妖退治の絵…なんですか?」


「そう。これは、遥か昔に実際にあった戦いの絵」


「ただ、これを見て分かるように、禍餓鬼も虚木も退治出来ていない」



 総十郎の声音は困ったと言いたげだが、その瞳には強く激しい感情が渦巻いているのが、照真にもよく分かった。咲光も険しい眼差しで絵を睨む。



(昔から、誰も退治出来ていない相手…。それほどの相手…。あの二体はずっと生きて人を襲ってる…)



 考えるだけで感情が渦巻く。眉間の皺を深くさせる咲光に、総十郎がクスリと笑みを浮かべた。



「咲光。そんなに怖い顔するな」


「えっ。すみません。そんな顔してましたか?」


「姉さん。珍しい」


「もうっ」



 クスクスと総十郎と同じように笑みを浮かべる照真に、咲光は少し恥ずかしそうな顔を見せた。

 強張り張りつめていた空気が柔らかくなり、総元も笑みを深めた。



(そう…。強張りすぎないで。そのままでいいんだ)



 たとえ、どんな話を聞いたとしても、為すべきことは何も変わらないのだ。






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