表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第一章 旅立ち編
7/186

第七話 吐き出す気持ち

 お茶を淹れ直すと席を立った総十郎そうじゅうろうがいなくなった居間で、咲光さくや照真しょうまはぐったりとちゃぶ台に突っ伏していた。呆然からは抜け出せても、衝撃の余韻よいんがまだ残っていた。



「こういうの、頭が追いつかないって言うんだろうな…」


「そうだね…」


「俺、昨日は薄いもやしかえなかった…」


「私は黒い靄に視えた…」



 こぼれるような声音はため息に繋がっていく。今日だけで何度ため息を吐いているのか。

 照真は突っ伏していた頭を上げ、力無くうつむいた。



神来社からいとさん、凄かった…。あんな事出来るんだ…。あぁやって…人を守って…」


「照真…?」



 机から頭を離し、咲光は照真を見つめるが、俯いた表情は見えない。いつも元気な声音は沈み切って、机の上で握られた拳は微かに震えていた。

 照真の様子に咲光が口を開くより先に、「ちょっと出て来る」と照真が居間を飛び出した。入れ替わり総十郎が戻ってきた。

 淹れ直した茶を咲光の前にもコトリと置く。



「いいのか? 追わなくて」


「…はい。たぶんあれは…」



 心当たりがあるようなのに、それ以上は咲光の口から出てこない。力無く浮かべられた、少し困ったような表情に、総十郎も何も言わない。

 湯のみを手に一口お茶を飲んだ咲光は、一呼吸分の間を開けると、総十郎に振り向いた。



「神来社さん。照真をお願いしてもいいですか? 私には話しづらいと思うので」


「あぁ。いいよ」



 快く引き受けてくれた総十郎に、咲光は頭を下げた。








 すぐに太陽が中天に差し掛かる。その日差しの下、照真は家の前の畑のへりに腰掛けていた。

 土を耕したばかりの畑からは、土の匂いがする。苗が植えられるのを待っているようにすら見えた。畑の一角に咲き誇っている花々は照真が植えたもの。

 尤も、自分ではなく姉の為に。その花をよく両親の墓前に供えたり、室内に飾って、嬉しそうにしている。


 穏やかな風が頬を撫でる。それが唯一、頭を冷やしてくれるものだった。



「照真」


「…神来社さん」



 後ろからかけられた声に振り返る。「隣いいか」と問うと、照真の頷きを見て総十郎は腰を下ろした。

 青色の羽織が眩しくも美しく、照真は前に視線を戻した。総十郎も照真を見る事はなく、眼前の畑を見ていた。



「この畑は二人で?」


「はい。姉さんはつくろいの仕事とか、頼まれて子供に字を教えたりもしてるから、時々俺一人で」


「大変だな」



 眼前に広がるのは畑ばかりだ。勿論見える全てが二人のものではないが、区画一つはそれなりの広さがある。大人の手がない二人の苦労を察し、総十郎は目を細めた。



(そうやって長い間、二人で支え合ってきたんだな…)



 家族を失って悲しんだだろう。辛かっただろう。だからこそ、二人で支え合っているのかもしれないと思う。

 そんな二人に、どうしようもない愛おしさを感じた。どこまでもまっすぐで、健気で、笑い合って。


 意識せず、総十郎はポンッと照真の頭に手を置いてでた。軽く伝わる振動に意表を突かれながらも、どうしてか胸が苦しくなるようで、照真はそれを隠すように俯いた。



(似てる…。あったかい手、同じだ…)



 自分よりずっと大きくて硬かった父の手は、いつもこうしてめてくれた。惜しみない愛情を教えてくれた。


 父とは違い、隣の人は何も言わず、ただ優しくぬくもりをくれ続けた。

 長いような短いような時間そうしてもらい、やがて照真が顔を上げた時、総十郎も手を離した。そしてゆっくり、言葉を紡ぐ。



「照真。実を言うと、俺は咲光が妖に捕まった瞬間を見てたんだ」


「!」



 衝撃の言葉に目をみはり、総十郎を見る。照真の視線が自分を見ているのを感じても、総十郎はただ前を見ていた。

 その横髪を風が揺らす。申し訳なく眉を下げるのではなく、静かな瞳がそこにあった。



「すぐ助けねえとと思った。でもそれより先に、お前が動いたんだ」


「…………」


「怖かっただろ。それでもお前は動いた。姉を助けようとした。諦めるなと言った。そしてそれが、咲光の力になった」


「…そ…んな事…」


「なったよ。じゃなきゃ、咲光はあそこで反撃できなかっただろうからな」



 総十郎はゆっくり照真を見つめた。俯きかけていた視線は、動いた総十郎の視線につられて上がる。

 息を呑む照真の前に、笑顔があった。本当に嬉しそうな屈託くったくない笑顔。



「お前は凄い! 照真。誰にもできる事じゃない事を、お前はやったんだ」



 その笑顔に、その言葉に、照真は瞳をうるませ袖で目元を覆った。震える体を総十郎は優しく見つめ、そっと肩に手を置いた。

 震える口から、堰切せききったように言葉が溢れ出す。



「俺っ…姉さんがいなかったら…動けなかったっ…! 何もできなかった…っ、あのままだったら姉さんがっ…」



 嗚咽おえつの混じる言葉が、その気持ちを痛烈つうれつに伝えて来る。痛みも。恐怖も。

 だから総十郎はただじっと、その言葉に耳を傾ける。



「俺じゃっ……姉さんを守れなかったっ……!」



 苦しそうに吐き出された。


 ただの人はあやかしと戦えない。そのための力を持っていないから。だとしても、それを「仕方ない」と今の総十郎は言えなかった。


 失ってしまえば戻らないのが命。もうすでにこの姉弟は失って、だから互いを大切に、失わないように大切に想っている。

 互いを知り、分かり合い、想っている。ただ数日で総十郎にもよく分かった。



「守れ、照真。これからを。咲光との明日を。妖相手は心配するな。俺達がいる」


「神来社さん……」



 そんな姉弟の為に出来るのは、自分が不安なく過ごせるよう妖を退治することだけだ――






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ