第六十八話 え、ここがそうなの?
えーっと、神来社さんは自分達を万所本部に連れて来てくれた。そしたら南二郎さんがいて、神来社さんを「兄」と呼んだ。それに男の人がやって来て、南二郎さんは「父さん」と呼んだ。
うん。つまりこの男性は神来社さんのお父さん?
頭の中はぐるぐる状態。少し混乱しかけていて咲光と照真は総十郎を見た。その視線に、総十郎は観念したように男性を示した。
「この人が、万所の総元だ」
ポク…ポク…と時間が過ぎ、咲光と照真は目を点にしたまま総十郎を見た。総十郎は南二郎を示す。
「弟」
うん。分かる
南二郎が男性を指す。
「父さん」
うん。分かる。
男性が総十郎と南二郎を指す。
「息子達」
「……あー…はい。ご家族なんですね」
「総元」
総十郎が男性を指す。その言葉に、うんうんと頷いていた咲光と照真の表情が固まる。
えーっと、目の前の三人は親子なんだよね。うん。ちょっと似てるもん。分かるよ。自分達はご家族に会いに来たんだっけ? いやいや。万所の本部に来たんだ。うんうん。総元っていうのは万所をまとめている方の事。あ、そっか。神来社さんの御父上が総元なんだね。あー、そうなんだー。そうなんだー…。そう…なんだー……。
「…今まで、色んな事に驚いて来たけど。今はなんだか…うん…」
「…うん。分かるよ、照真……」
咲光と照真は神来社家の客間に通された。風の通る和室は美しく整えられ、涼やかな風が通る。
南二郎は二人のお茶を出し、改めて総十郎の隣に座った。そのまま視線だけを隣に向ける。向けられても、言ってなかったのかと問うてくる視線は見ないフリをした。
「…悪かったな。色々黙ってて」
「いえ。ですがその…これは万所の皆さんが知っている事なんですか?」
「いや。俺が総元の息子だって事は、“頭”の面々と、付き合いのある人しか知らない。知られると、まぁ色々と…」
「お察しします」
真剣に頭を下げる咲光に、総十郎も「すまん」と頭を下げた。
それを見て、ひとまず南二郎も何も言わず茶を飲んだ。が、その視線はすぐに襖の方へ向けられる。
「?」
咲光と照真も気付いた。トタトタという小さな足音が近づいてきて、襖の向こうで止まる。すぐに、それ以外の足音が音をたてないよう近づいて来た。
入ってこようとはしないが遠ざかる事もない気配に、総十郎は嬉しそうに困ったように眉を下げた。そんな表情に咲光は首を傾げる。
「…いいんですか? ご家族なんじゃ…」
「…そうだな。ちょうどいいし、紹介させてくれるか?」
「はい」
総十郎の言葉は、咲光と照真にとっても嬉しくあるものだった。これまで、師であり上司であった恩人の家族の事が知れるのは、その人の事をもっとよく知れるようで。
ワクワクしているように頷く二人に、総十郎も嬉しそうに笑みを浮かべ、襖の向こうに視線を向けた。
「皆、入って来てもいいから。おいで」
優しい声が襖の向こうへ向けられる。その声に少しだけ襖の向こうがざわついた。
が、すぐに静まり、そっと襖の向こうから声がかけられる。
「失礼します」
開けられた襖。その向こうは廊下になっており、そこに三人の子供が座っていた。二人の女の子と、一人の男の子。
三人はぺこりと頭を下げると、そそっと室に入った。
三人の中では年長の女の子と、照真よりも年下の男の子は、すぐに南二郎とは逆の総十郎の隣に座る。最も幼い女の子は、そんな姉と兄とは別に、室に入るとすぐに総十郎の傍にぴたりとくっ付いた。
そんな行動に、総十郎の頬も緩む。咲光と照真も微笑ましさを感じる。
「咲光、照真。紹介する。俺の弟妹達だ」
「神来社綾火です。初めまして」
「神来社浩三郎です。兄さんの弟子ですよね? 初めまして」
きっちり頭を下げる綾火と、ワクワクした目を見せる浩三郎を見やり、総十郎は自分の傍へ視線を向けた。
離さないぞと言いたげにキュッと着物を握っているのは、先の帰宅ですぐに仕事に行ってしまったからだろう。そんな妹に、「ちゃんと名前を言うんだ」と総十郎は優しく背を押す。そんな兄の言葉に妹は頷いた。
「神来社、明子です。こんにちは」
「こんにちは」
少し人見知りしているのか、声が小さくなってしまう。そんな姿にも咲光は微笑んだ。
今度は咲光と照真が頭を下げる。
「村雨咲光です。総十郎さんには、とてもお世話になっています」
「村雨照真です」
南二郎は、自分の弟妹達と咲光と照真を交互に見た。
総十郎が弟子をとったと伝達が来た頃には、興味津々だった弟妹達。今も浩三郎は変わらないようで、早速「兄とはどんな修行したんですか?」と身を乗り出して話を始めている。綾火もそんな浩三郎を窘めながらも、二人とは話をしたそうだ。
入所の試しを終え帰ってきた時には「どんな人だった?」と質問攻めにされたのだ。思わず遠い目になる。
弟妹との会話を、困ったように微笑ましそうに見つめる総十郎の膝には、すでに明子が乗っている。その丸い瞳が総十郎を見上げると、総十郎もその目を見返す。
「総お兄ちゃん。今度はおうちにいる? お仕事?」
「いや。ちょっとの間は家にいるよ」
「本当?」
「あぁ」
目に見えて明子の表情がパッと明るくなる。嬉しそうな妹に総十郎も南二郎も笑みが浮かぶ。
北へ行く前には泣かれてしまい宥めるのが大変だった。思い出して苦笑う。
よしよしと明子を撫でる総十郎の耳に、弟妹達の楽し気な会話が聞こえる。
「へぇ。そんな修行したんですね。総兄、あんまり帰って来ないから、俺も修行つけて欲しいのに…」
「…そんなに帰って来ないの?」
「そうですね…。三月に一回とか、半年に一回とか…。でも仕事ですし、帰って来たら出来るだけ長く居てくれるので、弟妹としては…まぁ合格点です」
「ふふっ。そうなんだ」
咲光と綾火がクスクスと喉を震わせている。
なんだかこっちが口を出しづらい会話が…。総十郎の表情が微妙なものになっていくのを見て、南二郎は吹き出した。
照真は浩三郎にちょっとした疑問をぶつけた。
「お父さんが総元だと、皆も何か万所の仕事を…?」
「南兄は父さんの手伝いしてます。次期総元なので! 俺はまだまだ勉強中。綾火姉は、術は使えるけど万所には入ってないです」
「そうなんだ。南二郎さんが次期総元かぁ。すごいなぁ」
「いえ。俺はまだまだです」
「頼むぞ」
「退治衆の現“頭”が何言ってんのさ」
呆れに似た表情を見せる南二郎と、任せたと言いたげな総十郎。そんな二人を見て皆が笑った。




