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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第五章 北の争乱編

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第六十四話 次への指導

 夜が明ける頃、衆員達が寺に戻った。負傷者はその程度により分けられ、手当てを受けた。

 住職が医者を呼び、住職の妻と八彦やひこは医者の手伝いに奔走した。


 すぐに空は明るくなり朝が来る。


 中軽症者が広間に並ぶ中、別室療養を言い渡された咲光さくや照真しょうまは、その室で正座して身を縮こまらせていた。顔は上げれない。



『命令無視や生意気しない限りは怒られないだろうし』



 気にするなと笑っていた鳴神なるかみの顔が浮かぶ。が、二人の前には仁王立つ日野ひの



(怒られますっ……鳴神さんっ…!)



 戦いの最中に離脱。挙句に、重要戦力の総十郎そうじゅうろうの手をわずらわせ、日野に苦戦を強いさせた。

 目的の相手であったとしても、緊急で変更させた標的であったとしても、二人が勝手をした事は変わらない。


 戦闘中よりも張りつめた空気の中、日野がゆっくり口を開いた。



「私が言いたい事、分かる?」


「はい…。勝手な行動を取って申し訳ありませんでした」


「戦いを変更させてしまい、申し訳ありませんでした」



 畳につきそうなくらい深々と頭を下げる咲光と照真。そんな二人の頭を見下ろし、日野ははぁと息を吐いた。



(この子達の謝罪は正しい。虚木うつぎに独断行動をとったのは、禍餓鬼かがきに遭遇してたって影響もあるんだろうし)



 日野は目を閉じると考えた。自分の階級が低く、でも放置できない相手の妖力を感じたら…。その時どうするか。

 もし自分がその立場でも同じ事をしたかもしれない。だが、今の自分だからこそ言わなければならない事がある。



「咲光さん。照真君」


「はい」



 声を揃え返事をすると、ゆっくり頭を上げ、顔を上げた。

 その目は謝罪の色だけをしている目ではない。それを感じ、日野はどうしてか口端を上げて肩を竦めたくなったが、キリっと表情を保ち、強く言い含める。



「次、同じ事は許可しないわ」


「…はい」


「だから、次がもしもあったら、その時は“とう”の誰かに「一緒に来てください」って言いなさい」


「……え」


「それとも、自分達だけで倒せる自信でもあるのかしら?」


「いえっ…」



 ブンブンと正直に首を横に振る二人に、日野は怒りの様子を消し去った。

 それを感じ取り、咲光も照真も姿勢を正しながらも、顔を見合わせる。怒られるのが当然と思っていた二人の表情に、日野は声音に優しさと柔らかさを見せた。



「体が動くって、実は凄い事だと思うのよ。言いたくても言えない事だってあるくらいだし」


「……………」


「それは大事にして欲しい。でも、一人だけ二人だけの無茶は認められない。それで“もしも”なんて嫌だもの…。私達、仲間でしょう?」


「! はいっ!」



 大きな二人の返事に日野は笑みを浮かべた。



「あなた達はちゃんと反省してるみたいだし、そこにネチネチ説教するのも嫌いなの。その怪我、ちゃんと治してね」



 それだけ言うと、日野はひらりと手を振って部屋を出て行った。二人は、深々と頭を下げて見送る。


 頭を上げた二人の表情はどこか悔しそうなのもだった。



(怒られなかった事は良い事じゃない)


(次、挽回しないと)



 キュッと拳をつくり、次をくれた日野に応えようと誓う。


 そして二人は、言いつけを守り布団に入った。きちんと療養して怪我を治そう。

 咲光は、全身の裂傷と打撲、脚の骨にヒビが入っていた。照真も全身の裂傷と背中の打撲、肋骨の骨折。

 衆員の怪我も様々だ。骨が折れた者もいれば、軽傷で済んだ者もいる。中には……



「亡くなった人も、いるんだよな…」


「うん……」



 強力な相手だった。あれだけの人数で挑んでも、それでも…。


 戦闘が終わった時の光景が浮かんで、照真は唇を噛んだ。それは、あやかしと戦う万所よろずどころの者達全員に、明日待っているかもしれない。危険は常にある。

 それでも、それを改めて痛感しても、照真は木目の天井をじっと見つめていた。


 障子の向こうから穏やかで柔らかな風が吹き抜けていった。鳥がさえずる。全てが心に穏やかに沁み渡っていくようだった。



「…姉さん」


「うん?」


「俺、もっと頑張るよ」



 照真の口から決意を感じさせる声音が聞こえ、咲光も天井を見つめたまま、一度目を閉じ、ゆっくり瞼を上げた。



「私も、頑張る」



 いつまで経っても、まだまだという想いは消えない。もっと、強く。


 それでも“もしも”が浮かんでしまいそうになり、照真はハッとフルフルと首を横に振った。振り払うようにバッと身を起こす。いきなりの事に咲光は身を起こした照真を見つめた。



「よし! もっともっと強…いっ!」


「照真!?」



 急に胸に手を当て背を丸めて唸る照真に、咲光も驚いて身を起こした。心配そうに寄り添う咲光の傍で、「力入りすぎた…」と照真は痛みを堪える。

 そんな姿に、困ったような嬉しいような笑みを浮かべるしかなかった。



「何やってるんだ?」


神来社からいとさん。八彦君」



 ひょいと顔を覗かせた総十郎の後ろからは、八彦も姿を見せた。






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