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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第一章 旅立ち編
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第六話 闇の中に生きるもの

 照真しょうまに起こされた咲光さくやも、しばし目を点にした。用意された朝餉あさげ総十郎そうじゅうろうを交互に見やり、理解に少々時間を要したが、総十郎にうながされ座る。

 「いただきます」と三人で声を合わせて頂いた朝餉は美味しく、いつもと変わらない献立が妙にホッとした。完食し、片付けを終えた咲光と照真は頷き合うと、居間で座る総十郎の前に姿勢を正し座った。



「昨夜の事、教えていただけませんか? あの後時子ちゃんは?」


「あの黒いのは、一体何なんですか?」



 まっすぐ真剣な二人の眼差しに、総十郎はわずか視線を下げる。

 言うべきか。言わずにおくべきか。知らずにいる方が良い事もあろう。そう思う総十郎は僅か眉間にしわをつくる。



(いや。二人には知る権利もある)



 本来ならば、むやみに言うべきではないとされている事。人々を不安にさせないために。不安を広げてしまわないために。


 総十郎はフッと口端を僅か上げた。昨夜の二人を思い出す。だから大丈夫だと思えるのかもしれない。



「まず、あの女の子なら親元に帰ったから心配ない」



 「無事だ」という言葉に咲光も照真もホッと胸をでおろす。続けて総十郎は昨晩の事を説明してくれた。


 咲光が気を失い、総十郎は近くにいる村の人達の組へ協力を求めに行った。「近くの寺から助力を求められたのだ」と説明すれば、村人も少々不審がりながらも協力してくれた。戻ってみれば、照真も気を失っていたので、手分けして三人を抱え山を降りた。時子が見つかった事はすぐに知らされ、皆が無事を喜んだ。



「ちなみに、見つけたのは君らで、寺から協力を頼まれた俺も合流したところで熊が出てきて、君らは夜の恐怖もあって気絶した。って事になってる」


「………分かりました」



 釈然しゃくぜんとしない所もあるが、正直に言っていいものかも分からないので、大人しく総十郎に任せておくことにする。自分達では上手く説明もできない。


 ひとまず二人の不安を払拭ふっしょくし、総十郎は「さてと…」と改まる。無意識に咲光と照真も姿勢を正した。少し緊張した空気に包まれる。

 縁側に面した障子は開けられており、柔らかな風が吹き込んでくる。ふわりと庭の桃の木の枝も揺れていた。



「俺達の暮らしの片隅には、必ず闇が存在する。その闇の中を生きているモノがいて、それは人の目に映る事は少ない。闇に生きるモノを、俺達は“あやかし”と呼んでいる」


「あやかし…」



 ゆっくり総十郎は頷いた。


 人よりもはるか昔から生きている長命なモノ達。異形の姿をしているモノや人に近い姿をしているモノもいる。

 時代が流れ、人々の生活には光が溢れるようになり、闇は狭まった。しかし、それが無くなる事は無い。僅かな闇の中に妖は生きている。


 遥か昔なら、人々は妖が居る事を知っていた。知っているから恐れ、身を守る事ができた。しかし時代が流れる中、妖を知る者は減っていった。知らないがゆえに恐れる事もなく、防ぐ事もない。例ええてしまっても、恐怖から視えなかった事にしてふたをする。

 蓋をしても、それはいなくはならない。じっとこちらを見つめているのだ。


 妖は基本的に、人間に興味はない。自分達が楽しく過ごすだけ。しかしまれに、人に危害を加えたり。人の心に付け入り、人を襲う事もある。



「これまでは俺達にも仕事は少なかった。れいりつかれたとかって相談の方が多かったかもな。ただ、ここ数十年で仕事も増えてな。今回俺がここに来たのもそのためだ」



 全く知らない世界の話だと、咲光はぼんやりと思った。

 まるで本に書かれた昔話。でもこれは違う。本当の、現実の話。昨晩の恐怖がまだ身体に残っているのだから。


 じっと話を聞いていた照真は僅か身を乗り出す。



「神来社さんは…その…妖を退治するお仕事を……?」


「そう。俺の仕事は妖退治あやかしたいじ。他にもそういう奴はいるんだ」



 フッと緩められた頬を照真は驚きの表情で見つめる。驚きばかりの話で思わず長い息がこぼれる照真に、総十郎はクスリと笑った。

 しかし、その笑みはすぐに消えた。今からする話は決して、良いものではない。それでも、しなくてはならない。この二人には。



「咲光。照真。君らに知らせなければならない」



 改まった真剣な声に、二人は姿勢を正す。

 目の前の総十郎は真剣で、少し辛そうな顔をしていた。それを声音に出す事は無く、落ち着いた様子で続けた。



「君らの父と弟は、昨夜の妖に殺されたとみて間違いない」


「!」



 目をみはる二人の脳裏のうりに、昨夜の黒いもやが浮かぶ。驚いているのに、僅か納得できたのが不思議だった。



「ここ数年、この村の近隣でも同じように事故死として処理された件がいくつかあった。何か所立ち寄ってみたが、奴の気配が僅か残ってた」



 妖から発される妖気ようきを、総十郎のように妖退治をする者達は敏感びんかんに感じ取っている。


 寺から相談を受け、派遣された総十郎はすぐ周囲を調べた。残っていた妖気と昨夜の妖から感じたそれで、確信を得た。

 総十郎達の仕事は、寺や神社から相談を受ける事で自分達が動くのが主であるのだが、相談が遅れれば遅れるだけ被害が増えてしまう事が困り所だった。妖を知る所なら、おかしいと感じた時点ですぐに相談をくれるのだが、半信半疑な所では遅れる事もしばしば。故に、相談は早くと仕事ついでに必ず伝える。残念な事に、中には妖を知らぬ所もあるのだ。もっとも、一度相談を受け解決させれば次には早くに相談をくれるので、地道な積み重ねを続けていくようにしているのである。

 しかし今、だからもっと早く相談してくれていれば…と言っても意味はない。時は戻らない。


 総十郎は口をつぐみ、唇を噛んだ。

 その前では、咲光と照真が息を吐き、気持ちを落ち着かせていた。



(そっか…。そんな事が…)



 ゆっくり話をかみ砕いて、消化していく。そして咲光と照真は呆然ぼうぜんから抜け出た。



「お話してくだって、ありがとうございました」


「どういたしまして。これ、あんまり他に言うなよ?」



 スッと唇に手を当てる総十郎に、二人は笑って頷いた。






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