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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第五章 北の争乱編

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第五十九話 混じる

 周囲の戦いも視界に入れていた二人の目の前で、先程斬ったつるが首をもたげるように浮き上がり、斬られた所から次の芽が吹き出した。



「!」



 咲光さくや照真しょうまが目を瞠る。吹き出した芽はすぐに育ち、強力な蔓となる。



(斬ってもまた生えてくる…。本体は…)



 蔓の先はまだ暗い穴の中。あやかしの姿は視えない。

 このままでは蔓を相手に時間を取られていく。咲光が唇を噛むと、眼前で二つの光が弾けた。


 バラバラと斬られた蔓が落ちていく。ザッと滑り込むように地に二本線をつくり、羽織をひらめかせる総十郎そうじゅうろう日野ひの。その動きに、咲光も照真もまるで時がゆっくり流れるように感じた。

 が、すぐにハッとなる。



「再生は!?」


「大丈夫だ」



 油断なく刀を構える総十郎は、照真を見る事無く答える。

 シュッと払った刀は淡く輝いているように視えた。



「再生は妖力がなしている。それを阻害するには、それが出来るだけの神威で対抗する。わかるな?」


「! はい!」



 それと同じ話を昨夜にも聞いた。対処は同じなのだ。

 それが分かり頷く照真に、総十郎はちらりと視線だけ向けると微かに口端を上げた。


 咲光と照真は頷き合い、刀を握る手に意識を向ける。



(神よ…。この妖を倒す為に、お力をお貸しください)



 ピリッと肌を刺す微かな感覚。手から伝わってくるそれに、背筋が伸びる。

 他の退治人達も神威を強めていただき、刀を構え直した。


 斬られた蔓が急にビュッと穴の中に引っ込んだ。日野と総十郎の表情に険しさが増す。と、穴の中からブワッと妖気が噴き出した。


 空気が震えるような重たい感覚。肌を刺し、冷や汗が流れる圧迫感。つらりと頬を一筋の汗が流れる。それでも、咲光と照真はふぅっと意識して呼吸する。


 いる。こちらに向かって来る。ドンッと重たい足音がだんだんと近づいて来る。


 そして、穴の中からそれは姿を見せた。

 皺の刻まれた灰色でゴツゴツと硬そうな体。背には岩のようなヒレがいくつも並ぶ。力強く地面を踏みしめる足。蔓は身体の横から伸びていた。



「っ……!」



 姿を視ただけの時とは違う。その目がはっきりと自分達を視ている。その鋭い殺気を隠さない目に、心臓の鼓動が早まる。


 そして、その口元から人間の片足が覗いていた。赤い口元が生々しく残る中、妖はぱくりと片足も呑みこむ。バキバキと骨の砕ける音が、咲光達の元にまで届いた。


 すると、総十郎と日野に斬られた蔓が、グググッと意地を見せるかのように生え始める。


 ゴオォォ…と暴風が吹き荒れるような咆哮ほうこうが響く。口元の血が地面に飛び散った。

 ギュッと、咲光と照真の手に力がこもる。


 一帯の空気が一気に固まる。ざわりと樹が揺れる。動物達の声は一切聞こえない、自然が紡ぐ音だけがこの静寂の中に大きく耳をいた。


 長いような短いような時間に感じても、それはほんの一瞬の事。張りつめた空気は、妖が踏み出した一歩で砕けた。

 カッと見開かれた妖の目は一同を睨み上げる。手に汗と刀をを握り、退治衆が駆け出す。正面と左右から挟み込むように、向かって来る三つの集団に妖の妖力が爆発した。


 空気を震わせ肌を刺す。妖力と一緒に舞い上がった土が視界を遮り足を止める。



(見えない…!)



 ビュッと風を斬る音が耳を衝き、咲光は無意識に隣の照真を掴んだ。と同時に、照真も一緒に身を屈める。

 風を斬り、頭上を何かが凄まじい速さで過ぎ去った。



「ぐあっ!」


「がっ…!」



 周囲で悲鳴が上がる。一瞬の後に、自然ではない風が土煙を晴らしていく。



「!」



 僅か半瞬、反応が遅れただけの退治人が、血を流し、或いは樹に打ち付けられ、倒れていた。

 それを見た照真が奥歯を噛む。実力を積んでいる退治人達でも、半瞬の差で妖はその上を行く。


 咲光と照真は互いに離れすぎないように意識しながら地を蹴った。打ち払おうと襲い来る凄まじい速さの蔓に刀を振るう。


 速い蔓だが逆に言えばピンと伸びてもいる、刀を素早く振れば、斬れない事は無い。扱えるだけ神威を強めれば、蔓の再生も僅か遅れる。

 斬れない蔓は、二人で対処する。互いを見ながら、咲光と照真は妖に向け走り出した。相手がどうであれ、刀を振るうには近づかなければならない。その為に進める足に迷いは禁物。


 咲光と照真が前へ出るより早く、総十郎と日野が飛び出した。構える刀は月明かりに輝いている。

 それが振るわれるより早く、ドンッと大きな音がすると、総十郎と日野が瞬時に後退った。二人が居た場所に落ちたのは岩。その岩はピクリとひとりでに動くと、ふわりと浮き上がり、妖の背へと納まった。



(成程。高速の蔓で近づけず、近付く者には背の岩と妖力をぶつけるか…)



 退治衆だけならば苦戦する相手にも、総十郎は蔓を斬りながらも焦りは見せない。


 目の前の退治人に躍起やっきになっている妖の頭上に、いくつもの光が生まれ、それは無数の矢となって妖に降り注いだ。

 ゴアァァ…と低い声が妖から発されると、降り注ぐ矢はパキリパキリと妖力の壁に防がれ、砕けた。



(これくらいは動じないか…。虚木うつぎ程、妖力は強くはない。俺か日野の神威か、強力な術でおそらくあの壁は砕ける)



 考えながら、総十郎は日野と共に走り出す。休む暇を与えないよう攻撃をし続ける。


 再生の為に使う妖力も無限ではない。総十郎と日野の攻撃ならば蔓の再生を遅らせ、一気に全員で斬り込める隙を作る事が出来る。



(問題はあの岩か…。蔓程簡単には斬れないか…)



 しかも勝手に動く。放った後も襲ってくる可能性が高い。

 総十郎と日野は、すぐさま背後の衆達に指示を飛ばした。



「祓衆! 雷神招来らいじんしょうらい出来る者は詠唱えいしょうに入れ! 出来ない者は攻撃を止めるな!」


「退治衆! 動けない怪我を負った者は後退して祓衆を守って!」



 “とう”の指示にすぐさま衆員達が動き出す。前線へ出られる退治人は減ってしまったが、“頭”の二人に不安はない。


 周囲の動きを瞬時に見て取り、一気に妖に詰め寄ろうとした総十郎は、背筋に氷塊が流れ落ちるような嫌な予感がした。同時に――



「っ!」



 感じた。この妖の妖力が漂う中で、僅かだが、はっきりと。自分達がやって来た森の中に視線が向く。


 それは、総十郎だけではなかった。


 感じる妖気。自分達がやって来て。八彦が帰って行った方向。

 ただ口が動くままに。声が発されるままに、咲光は総十郎を見て叫んだ。



「ここお願いしますっ!」


「は……おい、待て!」



 咲光が言うより早く照真が飛び出し、続けて咲光も飛び出した。






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