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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第五章 北の争乱編

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第五十八話 森の主

 八彦やひこと話をしていれば、あっという間に昼餉の時間になり、三人は一緒に昼餉を頂いた。


 あやかしについて、日野ひのは詳しく説明していないようだった。妖という人でも動物でもないモノがいるという程度だったらしい。

 咲光さくや照真しょうまも、八彦に聞かれない限りは自分達から話さなかった。



「…も…森…で……時々……動物の…声も……しない事…ある…。それ……は…妖…?」


「うん。妖が潜んでると、他の動物は近づかないみたい。私達も経験あるよ」


「動物はよく感じてるみたいだよな」



 八彦から聞かれたのはそれだけだった。


 午後一番は、二つの班が見回り、もう二つの班が待機。数時間後に交代。幸いと言うのか、太陽が出ているうちには何事も起こらなかった。

 夕暮れには全班が出る事になった。咲光も照真も腰に刀を差し、準備を整える。そんな二人を八彦はじっと見つめる。



「……行くの…?」


「うん。そのために俺達はここへ来たから」


「八彦君、住職さんの所へ行く?」



 昼間は万所よろずどころの者達がいたが、今から全員がいなくなる。八彦に首を傾げる咲光だったが、八彦の視線は下がってしまう。

 視線を下げ、八彦はぎゅっと服を握りしめた。昼間は照真達がいてくれた。飽きることなくずっとお喋りをしたのは初めてだった。



「お…俺も……行く…」



 小さくもどこかはっきりと告げた八彦に、咲光と照真は驚いた。顔を見合わせるが答えは出てこない。


 今回の捜索は、昨日の昼間に妖を見つけた町の外、東側を重点に捜索する事になっている。危険がある中、八彦を同伴させて良いかは二人では判断できない。

 照真は「ちょっと待ってて」と言うと、部屋を出て日野の元へ判断を仰ぎに行った。照真と日野はすぐに部屋に戻って来た。

 八彦の申し出に日野は渋っていた。が、



「森で…動物達が寄り付かない所…知ってる…。良くない感じがする…」



 という八彦の言葉に、仕方なく同伴を認めた。山の中は口頭で教えてもらっても分からない。


 衆員達にも八彦の同伴は告げられ、八彦の安全確保を最優先にするよう日野から指令が下された。



「本当は、危険な場所には連れて行きたくないのよ?」


「うん……。ありがとう…」


「お礼はこっちの方よ。何より…自分から申し出てくれて、ありがとう」



 周りには聞こえない小さな礼に、八彦は嬉しそうに恥ずかしそうに頷いた。


 八彦の同伴と目的地が絞られた事によって、班の編成と動きに変更が出た。八彦は日野の班に同行。日野の班と総十郎そうじゅうろうの班が合同に、他の班はその左右を動く事になった。八彦の言う所に妖がいなかった場合、すぐに両隣の班が左右に散って探す事になっている。



「行くぞ」



 夜の闇の中、万所の戦いが始まる。


 ザッと森を駆ける足音。木の枝や草の弾かれる音。逃げる動物達。静かだった森の中に動く人の気配。

 その先頭には、樹の枝から枝へ飛び移る八彦の姿がある。タンッタンッと軽快な動きに照真は目を瞠った。



(凄い。あんなに速く軽々と…)



 森での生活でつちかったのか、それとも元々身体能力が高かったのか。八彦を見失わないよう照真達も走り続けた。


 昼間は沢山他愛ない話をした。八彦は話すのは得意でないらしいとすぐに分かった。だから、ゆっくりと話をするようにした。


 今は何も話さずとも、その背中がとても頼もしく思えた。誰もが、その背を頼りに走る。日野も、総十郎も、咲光も照真も、他の衆員達も。

 と、突然、先頭を行く八彦の足が止まった。それを視界に収めいぶかしむ日野は、振りかえる八彦を見た。ビシッと前を指差してる。その表情はひどく切迫していた。



「!」



 静かな森に引きった悲鳴が木霊こだました。前方から感じる妖気。日野と総十郎が一瞬の力を籠め、地面を蹴った。

 強く蹴りだした力で移動する。拓けた視界。と同時に、地面に腹をつけている、絶望に染まる男の顔が見えた。その傍には、腰が抜けているのか座り込んでいる男がいる。


 腹が地面についている男の足に絡みついてるのは、草のつるのようなもの。それを認め日野はすぐに抜刀した。総十郎がすぐに、腰を抜かした人物を避難させるため動く。

 が、日野がそれを斬るよりも、蔓が動くのが早かった。僅かな差で、男の身体は岩壁の洞窟に消えた。


 絶望と恐怖の入り混じる悲鳴だけを残して――


 それはほんの一瞬の出来事。


 洞窟へ斬り込もうとした日野を、今度は洞窟から飛び出して来た蔓が阻む。一旦、日野が距離をとると同時に、衆員達が合流した。

 増えた人数に蔓は警戒している。それを油断なく見やり、総十郎は後ろへ声を向けた。



「すぐに山を下りて下さい。ここは危険です」


「! ……っ…ぁ…」



 腰を抜かしている男性にそっと衆員が寄り添う。ゆっくりとふらつきながらも、衆員と共に山を下りていく気配を感じながら、総十郎は前へ全ての感覚を向けた。



(洞窟の奥から妖気。加えて、それが山全体に漂ってる)



 そして今、この山に居るのは目の前の妖だけでない。それよりも厄介な虚木うつぎがいる。

 夜の森の中で、妖気が重暗く肌にまとわりつく。洞窟からじわりじわりと妖気がこぼれ出て来る。



「八彦君。案内してくれてありがとう。後は私達がやるから、すぐに山を下りて戻ってて」



 真剣で緊迫している日野の声音に、八彦は前に立つ咲光と照真を見た。すでに刀を抜いている二人は視線だけを八彦に向け、頷いた。

 視線を下げ、僅か口を動かしていた八彦だが、それが音になる事は無く、タンッと地を蹴って身をひるがえした。その気配を安堵で見送り、咲光はキュッと眉を寄せ目の前を睨んだ。


 岩壁にある真っ黒な穴。



「……!」



 考えるより先に身体が動いた。黒い中をものすごい勢いで向かって来る妖気。


 風を斬りながら、飛び出て来た新たな蔓を、咲光と照真はすぐに避けた。蔓が二人がいた地面を砕く。あまりの速さに、避ける事が出来なかった者達が吹っ飛ばされ、樹に身体を打ちつけた。

 それを視界に認め、照真はグッと奥歯を噛んだ。



(半瞬遅れるだけであんなに……。すごく強力だ。感覚に穴は作れない)



 衆員を吹っ飛ばした蔓は、高速で振るわれむちのようにしなっている。獲物を定めるように動きひゅるひゅると不気味な音をたてる。


 休む暇なく次の攻撃が来る。ビュンッと襲い来る蔓に刀を振るが、しなりのある蔓は容易には斬れない。照真の刀をしなってかわした蔓に、すぐさま咲光が突きを繰り出した。

 細い蔓を速く鋭い突きが裂く。



「ありがとう姉さん!」


「気を付けて!」



 並んで刀を構える二人の周りでは、同じように苦戦する退治衆の面々。苦戦している所には、すかさず祓衆はらいしゅうの術が援護する。


 周囲の戦いも視界に入れていた二人の目の前で、先程斬った蔓が首をもたげるように浮き上がり、斬られた所から次の芽が吹き出した。






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