第五十七話 もたらされた情報
日野は傍までやって来ると、八彦と咲光、照真を順に見やる。
「八彦君。おはよう。お参りは終わった?」
「……日野さん…おはよう…。うん……終わった」
視線は合わせないものの、彷徨う素振りは自分達と話した時程ではない。それに気付いた照真と咲光は二人を見つめる。
日野は元々八彦の事をよく知っていた。だからだろうか。
そんな事を思っていた咲光と照真だが、日野と総十郎を見て住職が表情が変わった。
「天音。八彦君が気になる事を教えてくれたよ」
「何? 八彦君」
片眉を上げた日野は八彦を見る。日野の表情に八彦は視線を彷徨わせる。
言い出そうとする一言目が出てこないようで、もごもごと口を動かしていた。
「…な…何日か…前に……森で…すごく嫌な感じがした…。俺は…ちゃんと分からないけど…」
「昨日感じたみたいな感覚かしら?」
日野の問いに、八彦は僅かな逡巡の後、ふるふると首を横に振った。
それを受け日野は思案するように顎に手を当てる。
「どういう感じか説明できる? もっと強いとか弱いとか」
「……もっと…強い……すごく嫌な感じ……。俺…すぐに離れた…から」
「…となると、かなり強い……虚木かしら」
「可能性はあるな。ここらに潜伏してたのかもしれない」
昨日は退かなかった八彦を思い出し、日野は可能性を探す。それには総十郎も頷いた。
(となると、虚木はやっぱり森に出入りしてたのね。何か目的があったのかしら?)
奴らにはいつだって目的がある。しかし、その目的を遂げるための何かが無ければ、一か所に留まりはしない。それが常。
そう考え、日野の表情に険しさが混じる。が、八彦の手前、その表情はすぐに消した。
「教えてくれてありがとう、八彦君」
「……ん」
日野の礼に、八彦はホッとしたように息を吐いた。まるで緊張から解放されたようだ。
と、そんな八彦に日野は腰に手を当て続けた。
「八彦君。数日ここに泊まらないかしら?」
「…!」
「勿論、嫌なら無理は言わないわ。ただ話を聞くと、森に帰すのも、仕事柄どうぞとは言えないのよ」
「……で…も」
八彦の視線がどんどん下がる。日野もそれを見て眉を下げた。ここで、うんと頷かないのは百も承知だ。だが、放っても置けない。
日野は困ったように住職を見た。その視線に心得ているというように住職は頷くと、ゆっくりと八彦の前で膝を折った。
下がっていた視線は住職と合い、八彦はそわそわと視線を彷徨わせた。
「君は、どうしたい?」
「……俺……でも…」
「迷惑になるなんて、思わなくていい。今は少し賑やかだから、八彦君も落ち着かないかもしれないしね」
「……………」
「でもほら。君ともっと話がしたいって子達も居てくれる」
住職の視線が動く。八彦も釣られてその方を見た。
住職の言葉に頷いている咲光と照真が居た。その嬉しそうな目に、八彦はもじもじとすぐに視線を逸らしてしまう。
「………少し…?」
「うん。すぐに天音達が山に戻れるようにしてくれる。だから少しだけ」
「…………分かった」
「うん。ありがとう」
ゆっくりと、自分の意思で頷いた八彦に、日野もホッと一安心。咲光と照真も嬉しそうに表情を明るくさせた。
「こうなると、さっさと片付けないとね」
「妖に脅かされる生活から人々を守るのは、俺達の役目だ」
「はい!」
力強く頷く咲光と照真を八彦はじっと見つめていた。
そんな視線に気付くと、照真は身体ごと八彦に向き直り、大きくない声でまっすぐ声をかける。その空気は仕事時とは全く違う、ただの少年のもので、八彦はオロオロしながらも強張りは見せなかった。
「八彦君、山で暮らしてるって聞いたけど、熊とかいないの? 猪とか」
「…い……いる。でも……こっちが…何もしないって……分かってくれてる…から…平気…」
「動物と分かり合えてるの!? 凄いなぁ」
「………そ……と…ない」
「食べ物は?」
「………実…とか…。魚…取ったり…」
「へぇ!」
咲光と照真が素直に感心すると、八彦がみるみる体を小さくさせた。そんな八彦を、あれ? と見つめる咲光と照真の傍で、住職が優しい笑みを浮かべていた。
クスリと笑う日野に「中でどう?」と促され、照真は早速八彦を連れて建物へと入って行った。それを見送り咲光は日野を見た。
「日野さんはこの町にお住まいなんですか? 八彦君の事、ご存知でしたが?」
「えぇ。というか私、このお寺に住んでるの」
「そうなんですか?」
頷いた日野から出てきた答えに咲光は驚いた。思わず住職を見れば、ふふっと笑い頷く。総十郎は驚いてもおらず、どうやらすでに知っていたようだ。
「私、家族と折り合い悪くて、家を飛び出したの」
「そんな天音がここへやって来て、それからは私も娘同然に想っているんです」
住職の言葉に、日野は少しだけ照れたような嬉しそうな表情を見せた。
(実の父親とは全く違う人柄の人…。私も信頼してるし、そう言ってもらえるのがすごく嬉しい)
脳裏に一瞬実の父親がよぎる。しかしそれを気にする事もなく、堂々と腰に手を当て胸を張った。
迷いも後悔も感じさせない、そんな日野に咲光は少し目を瞠る。
「私は私で決断したから、後悔は無いわ。それに、こうやって私のままでいられる方が、ずっと満たされてるもの」
もしも迷っていたら、実家に戻っている。後悔していたら、万所に所属していない。
日の光に眩しく照らされる日野に、住職は笑みを深め、総十郎はクスクスと笑みをこぼした。
「何よ」
「いや。お前のそういう所、凄いと思うよ」
「それはどうも」
目の前の二人のやりとりに、咲光は頬を緩めた。
家族の事をどうとも思っていないのかどうかは咲光には分からない。しかし、日野の決意は肌で感じる。
(凄い。やっぱり日野さんも凄い人…)




