第五十六話 久方の稽古
翌朝から寺の庭は真剣な空気に包まれていた。
朝の内は妖も休んでいて行動をしない事が多い為、見回りは午後から行う事になり、その間をそれぞれ自由に過ごす事になったのだ。しかし遊びに出る者などおらず、それぞれが稽古や呪具の確認など、午後に備えていた。
いつまでも長引かせる事は出来ないと思っているのは全員だ。咲光と照真もまた同じ想い。そのために動いていた。
カンッカンッと激しくも澄んだ音が鳴り響く。一度鳴り始めればしばらくは止まる事はない。
その音に釣られて万所の面々が庭に面した縁側に集まった。その中には最初からそこにいた日野の姿もある。
「どうした照真! 昨日で力使い果たしたか!?」
「っ…まだまだぁ!」
「咲光! 身体まで流すな! 芯を意識しろ!」
「はい!」
総十郎が咲光と照真に稽古をつけていた。早速昨日の言葉を実行したのだ。
木刀の打ち合う音が響く。万所の特に退治衆は食い入るように手合わせを見つめていた。
容赦のない一撃が咲光に振り下ろされる。それに対し、いなすように受ける。
(芯を意識…。軸を片脚に…!)
同時に、咲光は片脚を軸に身体ごと回る。その動きを止めず、振り下ろした直後の総十郎に斬りかかった。
冷静にそれを見ていた総十郎は体勢を低くさせてそれを避けると、木刀ではなく足を振り上げた。咲光が後ろへ飛ばされる。
それを視界の隅に入れたまま、総十郎は木刀の切っ先を地面に滑らせる。それが当たる前に、照真は跳んだ。宙で身体をねじり、木刀を振る。体の力を乗せる一撃に、総十郎も受けとめる事はせず後方へ跳び避けた。
トンッと片足が着地してすぐ、照真が総十郎に斬りかかる。ガンッと木刀同士がぶつかり合い、衝撃が腕にまで伝わる。
「!」
その隙を突き、照真の陰に隠れていた咲光の突きが総十郎を狙う。
が、顔を反らし、それを避けた総十郎はぶつかっていた照真の木刀を横へ流すと、すぐさま咲光へ一撃、続けて照真に一撃を加えた。
「そこまで」
日野の声で、総十郎はふぅっと息を吐くと木刀を肩に乗せた。目の前には倒れた二人の姿。が、同時にバッと身を起こす。
と、見えた表情に総十郎はパチリと瞬いた。
「実力差は分かってたけど、こんなに必死になっても一撃も与えられなかった。悔しい…」
「私も…。全然ついていけなかった。必死になりすぎると体も上手く使えない…。情けない」
むぅっと…実に不満で仕方ありません、と表情に滲み出ている。
そんな表情にフッと笑ってしまうと、何で笑うのと言いたげに余計に眉が歪む。笑ってしまうのを堪えながら、総十郎は評価を告げた。
「強くなったな。照真はよく体も動くようになってる。咲光もよく考えて動いてる。刀も前よりもずっと鋭く迷いなく振れてる」
「ありがとうございます」
不満だった表情が一転、評価にパッと明るくなる。
休憩するかと、日野のいる縁側へ行き腰を下ろす。ふぅと息を吐くと、すぐに他の者達に囲まれた。ビクリと二人の肩が跳ねる。
「お前ら凄いな!」
「神来社さんの弟子って本当だったんだな!」
「あれだけ手合わせできるのがすげぇわ!」
「本当に階級下かよ!?」
「やっぱり神来社さんに見込まれた奴は違うなぁ」
止まらない皆の賞賛に、照真も咲光も上手く返せず押され始める。
気の毒に…と見つめていた日野は、隣に座る総十郎の表情が少しだけ曇っている事に気付いた。
『周囲からはよく「神来社の弟子」と言われ、その度に頑張っていました』
他者が総十郎の表情に気付くより先に、日野は黙って総十郎を小突いた。曇った表情が消えた総十郎が「ん?」と日野を見るが、日野からは「何も」と返って来るだけ。
コテンと首を傾げていた総十郎に、それ以上に言う事も視線を向ける事もせず、日野は立ち上がった。
「ほらほら。朝のうちは稽古したい放題よ。私の相手は誰がしてくれるのかしら?」
「はい!」
ビシッと手を上げたのは、咲光と照真。そんな二人に総十郎も肩を竦めるが止めはしない。
「お前ら今神来社さんと稽古したばっかだろ。まだやれんのかよ」
「“頭”二人と続けてって……。体力あるなぁ」
「いや。あの二人肩で息してるから。体力はないな」
「それでやんの!?」
後ろの言葉は聞こえてない。「いざ!」と日野との手合わせが始まった。今度はそこに他の退治人も混じり、皆で手合わせする事になった。
“頭”との稽古の休憩。
咲光と照真は寺の境内へやって来た。周りを見ながら来ると、住職と一人の少年を見つけた。
その少年を見て、照真はすぐに駆け寄る。そんな照真に咲光も続いた。
「おはようございます!」
「おや。おはようございます」
照真と咲光に気付いた住職が頭を下げる。二人も同じように頭を下げた。
そして、照真は住職と話をしていたらしい八彦を見た。
「おはよう」
「……はよ…」
突然の照真に、八彦はビクリとして視線を彷徨わせる。落ち着かないのか手の指先を絡めるように動かしている。
そんな八彦に、照真はゆっくり話しかけた。
「昨日は助けてくれてありがとう。俺は村雨照真」
「……いい…。俺…は………朝緑…八彦……」
「朝緑八彦君か。八彦君って呼んでもいい?」
「……ん」
小さい声はすらりとは出てこない。照真も急かす事なく、うんうんと頷きながら八彦の言葉を聞いていた。
そんなやりとりを住職は優しく見つめている。咲光も笑みを浮かべた。
「八彦君。私は村雨咲光。弟を助けてくれてありがとう」
「……い…い…」
「あら。二人ともやっぱりここにいたの。八彦君。おはよう」
聞こえた声に全員が振り向く。そこには日野と総十郎がいた。




