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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第五章 北の争乱編

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第五十六話 久方の稽古

 翌朝から寺の庭は真剣な空気に包まれていた。

 朝の内はあやかしも休んでいて行動をしない事が多い為、見回りは午後から行う事になり、その間をそれぞれ自由に過ごす事になったのだ。しかし遊びに出る者などおらず、それぞれが稽古や呪具の確認など、午後に備えていた。


 いつまでも長引かせる事は出来ないと思っているのは全員だ。咲光さくや照真しょうまもまた同じ想い。そのために動いていた。


 カンッカンッと激しくも澄んだ音が鳴り響く。一度鳴り始めればしばらくは止まる事はない。

 その音に釣られて万所よろずどころの面々が庭に面した縁側に集まった。その中には最初からそこにいた日野ひのの姿もある。



「どうした照真! 昨日で力使い果たしたか!?」


「っ…まだまだぁ!」


「咲光! 身体まで流すな! 芯を意識しろ!」


「はい!」



 総十郎そうじゅうろうが咲光と照真に稽古をつけていた。早速昨日の言葉を実行したのだ。

 木刀の打ち合う音が響く。万所の特に退治衆は食い入るように手合わせを見つめていた。


 容赦のない一撃が咲光に振り下ろされる。それに対し、いなすように受ける。



(芯を意識…。軸を片脚に…!)



 同時に、咲光は片脚を軸に身体ごと回る。その動きを止めず、振り下ろした直後の総十郎に斬りかかった。

 冷静にそれを見ていた総十郎は体勢を低くさせてそれを避けると、木刀ではなく足を振り上げた。咲光が後ろへ飛ばされる。


 それを視界の隅に入れたまま、総十郎は木刀の切っ先を地面に滑らせる。それが当たる前に、照真は跳んだ。宙で身体をねじり、木刀を振る。体の力を乗せる一撃に、総十郎も受けとめる事はせず後方へ跳び避けた。

 トンッと片足が着地してすぐ、照真が総十郎に斬りかかる。ガンッと木刀同士がぶつかり合い、衝撃が腕にまで伝わる。



「!」



 その隙を突き、照真の陰に隠れていた咲光の突きが総十郎を狙う。

 が、顔を反らし、それを避けた総十郎はぶつかっていた照真の木刀を横へ流すと、すぐさま咲光へ一撃、続けて照真に一撃を加えた。



「そこまで」



 日野の声で、総十郎はふぅっと息を吐くと木刀を肩に乗せた。目の前には倒れた二人の姿。が、同時にバッと身を起こす。

 と、見えた表情に総十郎はパチリと瞬いた。



「実力差は分かってたけど、こんなに必死になっても一撃も与えられなかった。悔しい…」


「私も…。全然ついていけなかった。必死になりすぎると体も上手く使えない…。情けない」



 むぅっと…実に不満で仕方ありません、と表情に滲み出ている。

 そんな表情にフッと笑ってしまうと、何で笑うのと言いたげに余計に眉が歪む。笑ってしまうのを堪えながら、総十郎は評価を告げた。



「強くなったな。照真はよく体も動くようになってる。咲光もよく考えて動いてる。刀も前よりもずっと鋭く迷いなく振れてる」


「ありがとうございます」



 不満だった表情が一転、評価にパッと明るくなる。


 休憩するかと、日野のいる縁側へ行き腰を下ろす。ふぅと息を吐くと、すぐに他の者達に囲まれた。ビクリと二人の肩が跳ねる。



「お前ら凄いな!」


神来社からいとさんの弟子って本当だったんだな!」


「あれだけ手合わせできるのがすげぇわ!」


「本当に階級下かよ!?」


「やっぱり神来社さんに見込まれた奴は違うなぁ」



 止まらない皆の賞賛に、照真も咲光も上手く返せず押され始める。

 気の毒に…と見つめていた日野は、隣に座る総十郎の表情が少しだけ曇っている事に気付いた。



『周囲からはよく「神来社の弟子」と言われ、その度に頑張っていました』



 他者が総十郎の表情に気付くより先に、日野は黙って総十郎を小突いた。曇った表情が消えた総十郎が「ん?」と日野を見るが、日野からは「何も」と返って来るだけ。

 コテンと首を傾げていた総十郎に、それ以上に言う事も視線を向ける事もせず、日野は立ち上がった。



「ほらほら。朝のうちは稽古したい放題よ。私の相手は誰がしてくれるのかしら?」


「はい!」



 ビシッと手を上げたのは、咲光と照真。そんな二人に総十郎も肩を竦めるが止めはしない。



「お前ら今神来社さんと稽古したばっかだろ。まだやれんのかよ」


「“とう”二人と続けてって……。体力あるなぁ」


「いや。あの二人肩で息してるから。体力はないな」


「それでやんの!?」



 後ろの言葉は聞こえてない。「いざ!」と日野との手合わせが始まった。今度はそこに他の退治人も混じり、皆で手合わせする事になった。








 “頭”との稽古の休憩。

 咲光と照真は寺の境内へやって来た。周りを見ながら来ると、住職と一人の少年を見つけた。

 その少年を見て、照真はすぐに駆け寄る。そんな照真に咲光も続いた。



「おはようございます!」


「おや。おはようございます」



 照真と咲光に気付いた住職が頭を下げる。二人も同じように頭を下げた。

 そして、照真は住職と話をしていたらしい八彦やひこを見た。



「おはよう」


「……はよ…」



 突然の照真に、八彦はビクリとして視線を彷徨さまよわせる。落ち着かないのか手の指先を絡めるように動かしている。

 そんな八彦に、照真はゆっくり話しかけた。



「昨日は助けてくれてありがとう。俺は村雨むらさめ照真」


「……いい…。俺…は………朝緑あさみどり…八彦……」


「朝緑八彦君か。八彦君って呼んでもいい?」


「……ん」



 小さい声はすらりとは出てこない。照真もかす事なく、うんうんと頷きながら八彦の言葉を聞いていた。

 そんなやりとりを住職は優しく見つめている。咲光も笑みを浮かべた。



「八彦君。私は村雨咲光。弟を助けてくれてありがとう」


「……い…い…」


「あら。二人ともやっぱりここにいたの。八彦君。おはよう」



 聞こえた声に全員が振り向く。そこには日野と総十郎がいた。






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