第五十五話 己を磨け
日野と総十郎。退治衆の“頭”がここにいる。その実力も見た照真は、ふと思い出して日野を見た。
「あの、日野さん」
「何?」
「日野さんとアイツが戦ってる時、俺がぶつかるのと違って、衝撃が風みたいになってましたよね? 俺は全然そんな風にならなかったんですけど、あれはどうしてなんでしょう?」
「あぁ。あれね」
分かっている風な日野に照真は首を傾げる。
戦いの状況は見ていないが、そうなのかと咲光は照真を見る。照真が感じた疑問なら、きっと気のせいではないのだ。
照真の視線に、日野はちらりと総十郎を見た。総十郎から返って来るのは、どうぞと言うような視線だけ。それを受け、日野は説明を始めた。
「あれは、神威の強さの差よ」
「神威の強さの差?」
「そう。退治衆の刀には神の神威が宿ってて、それは時に神に乞うたり願ったりして強まるでしょう」
日野の言葉に、照真も咲光も頷いた。
神威によって場を清めたり、一瞬強めて妖を退かせたりも出来る。それはすでに二人も経験済みだ。
「ただ、その神威は、扱う者によって、扱える強さに違いがあるの」
「扱える強さ……」
「だって神の威光よ? それに相応しい使い手にならないと」
「!」
「どういう基準かなんて明確には分からない。ただ、相応しくあろうと出来る事をするだけね」
神の威光を扱うに、相応しい人間になれるのか。
少しでも強い威光を扱うにはどうなればいいのか。
「あの妖……虚木って言うらしいんだけど、その妖力は強いわ。それを打ち砕くには、それなりの神威で立ち向かう必要があるって事」
「私や照真の刀の神威では、倒せないんでしょうか?」
「そんな事ないわ。妖力だって無限じゃないもの。ただ、打ち砕くには体力と時間がかかるわね」
そうなのか…と咲光と照真が眉間に皺を寄せ、険しい表情で視線を下げた。
(神威が宿ってて神にご助力いただいた事もある。感謝は忘れないようにって思ってたけど、まさかそういう一面もあったなんて…)
(そっか。だから一合打ち合うだけで違いがあったのか。強い妖力と強い神の威光のぶつかり合いだから…)
自分達の刀に宿る神威。それを少しでも強くするためにはどうしたらいいのか。
そう考えるが、すぐにムッと顔が歪む。日野も言った。基準は分からないと。それこそ、神の判断だろう。
「何にしろ、まずは実力をもっとつけないと!」
顔を上げ前を見据える照真に、咲光も強く頷いた。
頼もしいなぁと思い二人を見つめている総十郎と日野。照真はまた日野にクルリと振り向いた。
「日野さん。もう一つ聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
「俺を助けてくれた、あの男の子は?」
「あぁ、八彦君の事」
八彦というのかと、照真は自分を助けてくれた少年を思い出す。色素の向けたような白み髪。山吹色より少し薄い瞳。山で動き回っているのか、お世辞にも綺麗とは言えない服。あまり日野との視線を合わせず、声も小さかった。
誰なのかと問うような咲光と総十郎に、照真は妖と遭遇した時に助けてくれた事を話した。ほぉ…と総十郎も日野を見る。
「彼は、朝緑八彦君。いつも森を動き回って、森で暮らしてるのよ」
「森で…!? えっ…それはどうして…」
「何年か前に母親が病気で亡くなられて、一人なの。引き取ろうとしてくれた人もいたんだけど、なかなか本人が頷かなくて」
そうなのかと照真は視線を前に戻し、空を見上げた。
この暗い空の下、今、八彦はどうしているのだろうかとつらつらと考える。
「今の森に一人か?」
「奥に行かないように言っておいたわ。何ならここに来るようにって言ってあるし、感覚鋭い子だから、気づかない事はそうないと思う」
「昼間も視えてるみたいだったけど、妖が視えてるんでしょうか?」
「いえ。視えてはないみたい。ただ、何かいるっていうのは感じてるみたいよ」
心配そうだった総十郎も、日野の言葉に「そうか」と頷いた。咲光も照真もホッと息を吐く。
(でも、朝緑君の為にも、早く解決させないと)
穏やかな日々が脅かされ、奪われないように。
今回の仕事の目的は、先程日野が言った虚木という妖だ。しかし、無視できない妖がもう一体。どちらも妖力が強い。簡単に倒せる相手ではない。どちらにも遭遇した照真はグッと拳をつくる。
そんな照真は咲光は静かに見つめた。空を見上げ何か考えていた日野は、不意にぽつりと溢す。
「八彦君。明日来るんじゃないかしら」
「そうなんですか?」
驚いた照真が日野を見る。そうなのかと言いたげな総十郎の視線も感じながら、日野は頷いた。
「彼のお母様のお墓がここにあるの。三日に一回は必ずお墓参りに来るから。明日あたり来るかもしれないわ」
言うと、日野は照真を覗き見るように首を傾げた。
「仲良くしてくれるかしら?」
「勿論です!」
勢いよく頷く照真に、日野も嬉しそうに笑みを浮かべた。




