第五十四話 己の血肉に
照真と日野はフッと息を吐きながら納刀する。と、途端に体の力が抜ける。
ふぅっと力の抜ける息をする照真に、日野も同じ想いだった。が、すぐに森の方へ視線が向く。
森から、青と赤が飛び出して来た。それは見知った人で照真は無意識にホッと息をつく。
「日野!」
飛び出して来た勢いのまま、総十郎は日野の前に立つ。
同じようにやって来た咲光も一足遅れて照真に駆け寄った。二人と同じ班の祓人が赤羽と山本に駆け寄る。
「照真! 大丈夫?」
「姉さん…。うん、大丈夫」
自分を見つめる心配そうな目に、照真はしっかり頷きを返す。
虚木との攻防で弾き飛ばされてばかりで、全身が鈍く痛む。傷は小さなものばかりだ。
照真の様相と、体力を削り切ったような日野の様相に、総十郎は険しい表情で周りを見て、日野に視線を向けた。
「…奴だな?」
「えぇ。ごめん。逃がした」
「いや。奴相手なら厳しいだろう」
「すぐ捜索を…」
「させてる。二班に指示しておいた」
すでに動いてくれていた総十郎に、日野は僅か目を瞠る。「ありがとう」と礼を告げ、すぐに切り替え、照真と咲光を見た。
「村雨君。さっきはありがとう。おかげで助かったわ」
「いえっ! 俺はずっと足手まといで…」
「そう思うのなら、もっと強くなりなさい。君ならそうなれるわ」
「! ありがとうございます!」
驚いて、嬉しそうな顔をする照真を、咲光も我が事のように嬉しく見つめてた。
そんな二人に、総十郎も咲光を見る。
「咲光もよく俺に付いてこれたな。緩めたつもりはなかったんだが」
「ありがとうございます! 神来社さん、すごく速かったので頑張りました」
パッと表情を明るくさせる咲光に、今度は照真が嬉しそうに笑みを浮かべた。
そんな二人に頬を緩めていた日野は、やって来た赤羽と山本に足を向けた。二人は立ってはいるが虚木から受けた傷が痛々しい。照真も二人にすぐ駆け寄った。
「すぐ手当てに戻りましょう」
「はい…。すみません、いい援護も出来なくて…」
「そんな事ないわ。少なくとも君達のおかげで、村雨君は大怪我せずに済んだわけだから」
日野にちらりと視線を向けられ、照真は「え?」と瞬いた。傍では咲光も首を傾げる。
照真が気付いていない様子に、赤羽と山本はあはは…と乾いた笑みをこぼす。あらあらと肩を竦め、日野が説明してくれた。
「拳が命中しそうになった時、相手が一瞬動きを止めたでしょう? 妖気の塊を撃ち出す前に」
「はい」
「あの動きを止めたの、術なのよ。縛の術。動きを止める術ね」
「! そうだったんですか。赤羽さん、山本さん。ありがとうございました」
「いやいや。すぐ破られたし…。俺もまだまだだわ」
「俺も」
衆員達は皆まだまだ強くなろうとしている。それを感じ、総十郎は嬉しさと頼もしさを感じた。
月が空に浮かぶ。
静かな寺の一室で、照真は咲光に傷の手当てをしてもらっていた。最後の包帯を巻き終え、手当は終わる。
照真は手を開いたり閉じたりしながら、夕刻の戦いを思い出す。咲光も真剣な表情で照真を見つめた。
「やっぱり、前のような妖?」
「うん。妖力も同じくらい」
「そう…」
緊張が混じる表情で、咲光は視線を下げた。その想いがひしひしと伝わる照真は、緊張を紛らわせるように逆に問うた。
「姉さんの方は?」
「こっちは何も。森全体が少し空気が悪い感じはしたんだけど、正体は掴めなかったの。途中で式が飛んできて、すぐに神来社さんの指示で合流したってわけ」
「そうだったんだ。うーん…神来社さん、やっぱり凄いな」
「うん。動くと同時に、照真達三班に早く合流できるニ班にも式を飛ばして。あっという間に動いてた」
おぉ…と照真が驚きと感動の表情を浮かべる。
と、すぐにあっと何かと思い出した表情を見せ、咲光がコテンと首を傾げた。
「神来社さん。だいたい三年で“頭”になって、弟子は取ってなかったんだって」
「! そうなの?」
「うん。そう聞いた。日野さんもすごく強かったし、“頭”って凄い」
思わず考え込んでしまう。まだまだ未熟な自分達にとっては、遥か雲の上の実力者だ。
が、すぐに照真はグッと拳をつくった。
「よしっ。俺、神来社さんに稽古つけてもらえないか聞いてみる」
「私もっ!」
「あら。とっても頼もしいじゃない」
やる気な二人の耳に、クスリと笑みを含んだ声が聞こえた。ハッと見れば、そこには微笑む総十郎と日野の姿。
わっと驚く二人の傍に、やって来た総十郎と日野が腰を下ろす。待ってましたと言わんばかりに照真が総十郎に身を乗り出した。
「神来社さん! 稽古つけてもらえませんか? それとも“頭”に稽古をつけてもらうのは駄目なんですか?」
「私もお願いしたいです!」
「落ち着け。分かったから落ち着きなさい」
咲光まで身を乗り出し、総十郎は二人を宥める。そんな師弟に日野はクスクスと喉を震わせていた。
それに気づいた二人は、あっ…と恥ずかしそうに申し訳なさそうにシュンと身を小さくさせた。変わらないどころか強まっているようにも感じる意思に、総十郎は優しく二人を見つめる。
「合間で良ければ、まだ稽古するか。俺もお前達がどれだけ強くなったか知りたい」
「! ありがとうございます!」
パッと表情を明るくさせ声を揃える二人に、総十郎も日野も笑みを浮かべた。




