第五十三話 気に入らない
いくら日野と共に斬り込んでも、その刃が虚木の骨を断つことはおろか、肉を斬る事もない。
繰り返す剣戟の中、照真は奥歯を悔し気に噛んだ。
(俺が日野さんの足を引っ張ってる……! 日野さんだけなら遠慮なく戦えるはずなのにっ…)
それでも、それならと引くわけにはいかない。一人で戦って勝てる保証はない。微力であっても加勢しなければと、必死に刀を振る。
虚木の拳が地面を穿つ。瞬時に飛び退いた日野に虚木は休むことなく拳を繰り出す。ぶつかり合う両者。
それを見ていた照真はある事に気付き、己の刀を見た。
(日野さんの刀とぶつかると、風が渦巻くみたいな衝撃が発生する。でも、俺が斬りかかるとあんなにならない)
衝撃が生まれるより先に吹き飛ばされる。どうしてなのかと疑問に思いながらも、照真は再び地を蹴り、挑む。
日野と照真。二人が交互に立ち向かって来るが、虚木の顔から笑みは消えない。
「無駄無駄! あんた程度の神威じゃ打ち砕けないのよ!」
「うっ……!」
拳が照真に当たる直前、虚木が表情を変えた。
当たると思った拳がピクリと固まる。瞬時に照真は飛び退いた。
「……っ…だっ…から……祓人は嫌いなのよっ!」
ドッと禍々しい妖力が噴き上がる。虚木を中心にまるで暴風のようなそれは、ギッと虚木が睨む方向に塊となって撃ち出された。
視えない風の塊の勢いに照真は必死に体勢を保つ。
「ぐわっ…!」
「がはぁ……!」
「赤羽さん! 山本さん!」
風の塊が撃ち出された方向にスッと血の気が引いた。
妖気の混じる風の塊が森を突き抜け、やがて消える。照真はすぐに二人の元へ駆け寄った。
身体を強く打ったのか、痛みに顔を歪ませている。目立つ外傷はなさそうだが、着物が破け擦り傷も出来ている。
「痛みは?」
「げっほ……。大丈夫。一応体は動いたし、障壁も張ったから」
「俺らの事は気にするな。照真。自分の事に集中しろ」
顔色は悪い二人だが、その様子と言葉に、照真はフッと息を吐いて虚木を睨む。
怒りと憎悪に満ちて睨んでくるかと思えば、フッと口端を上げていた。
「照真。へぇ……そう。あんたがそうなの」
「?」
小さな声で聞こえなかった。クスクスと喉を震わせる姿は照真達に緊張を与える。が、すぐに虚木の視線が動く。
赤羽と山本の無事を確認した日野がすぐさま動いた。両者の攻防が始まる。
目で追えないような戦い。拳とぶつかり出来る風も、日野は意に介さず刀を振り続ける。虚木の拳を目で追い、避ける。時には刀で防ぎ、すぐに攻撃にでる。
やがて、
「!」
ぶつかり合った日野の刀が、虚木の拳に届いた。
僅か食い込む刃に、虚木はニッと笑みを浮かべると、反対の拳を撃ち出し、日野を遠ざけた。
一筋の血が流れる手の甲を見やる。
「やっぱり退治衆の“頭”じゃないとこういかないのよね。でも、私の勝ちかしら?」
「……………」
「他の三人はすぐ殺せるし、あなたも体力が持たなさそうだし」
日野は肩で息をする。それでも、眼光は衰えず虚木を睨んでいた。余裕そうに自分を見て来る相手。
(これだけ打ち合わないと打ち破れなかった。もっと神威を強められるように体をつくらないと。まぁ、今は、コイツを倒す為に全霊振り絞るだけ)
劣勢であろうとも、日野はうっすら笑みすら浮かべ、刀を構える。
それを見て、虚木が口端を下げた。
「気に入らない。本当気に入らない。もう死になさいよ」
ドンッと地を穿つほどの轟音と共に、虚木が消える。
瞬時に間合いを詰めて来た虚木に、日野も刀を振り上げる。その一振りが、これまで以上に強く固められた妖気の拳へ振り下ろされる。
刹那――
(神様…! 一瞬でいいっ…! 日野さんを守って…!)
横から割り込んできた白銀が、虚木の腕を狙う。虚木も日野もその刀身を見て目を瞠る。
ガキィッと妖力に弾かれた刀との間に衝撃波が生まれる。強く振り下ろした日野の刀が、不意打ちで弱まった妖気を打ち破る。
その刃が拳に先程よりも深く食い込んだ瞬間、虚木の妖力が爆発した。
「っ…!」
容赦ない衝撃と、舞い上がる土煙から視界を守る。
周囲をすぐに警戒し見やる照真の耳に、堂々とした声が聞こえた。
「この地へ吹き降ろせ。その息吹、強者戦う者見据える先へ、一陣の旋風を!」
自然の風とは違う風が吹き、視界が開ける。
照真が驚きながらも周囲へ視線を向ける中、滝壺近くに虚木を見つけた。
キュと眉を寄せながら日野達から視線を外し、森の方を一瞥した。
「ここまでかしらね」
「?」
「ここで引かせてもらうわ。私はまだまだやらなくちゃいけない事があるから」
先程まで好戦的だった虚木が一転、トンッと地を蹴って滝の上流へ逃亡する。
すぐさま追いかけようとした照真だが、日野に制され足を止めた。日野の視線は赤羽と山本を示す。それを受け、照真もその意を汲み取った。二人をそのままに追いかける事はできない。
照真と日野はフッと息を吐きながら納刀した。




