第五十二話 ”頭”の刃
どこかに潜んでいるだろう妖。その妖気を探る為、集中した時だった。
「!」
一同に緊張が走った。反射的に身体はすぐに動き出す。瞬時に日野が、続いて照真達が走り出す。
山本は走りながら呪文を唱え、すぐさま式を他班に飛ばす。
飛ぶように駆ける日野の後を三人は必死について行く。
(この感じ、アイツと似てる…。もしかして神来社さんが言ってた奴…?)
脳裏をよぎる人物。だがほんの少し違う感じもする。
駆ける四人は、森の奥、小さくも滝がある場所へやって来た。そこには変わらず強力な妖気を感じる。
刀の柄に手を添える日野。その後ろから照真は妖気の主を見た。逸らせない視線が心臓を煩く鳴り響かせる。
「あら。やっと来たの」
滝壺から少し離れた岩に、その妖は腰掛けていた。一切に緊迫もなく、優雅な風すら感じさせて。
『人型で見た目は女だ。黒い髪と金色の目。遭遇すれば一目で分かるだろう。なにせ、とんでもない妖力だ』
分かる。それが、今目の前の妖なのだと。情報通りの外見。肌を刺す妖気。
赤羽と山本もスッと肝が冷え、血の気が引き、顔色が悪くなる。表情にどうしても恐怖が滲んでしまっていた。そんな中、照真はフッと息を吐いて、相手を睨んだ。
(同じだ。あの時と。でも、あの時よりもちょっと頭が落ち着いてる)
体が強張るのも。心臓が煩く鳴るのも。背中を嫌な汗が流れるのも。呼吸が乱れそうになるのも。あの時と同じ。
しかし、この恐怖と少しだけ対峙できるようになった気がする。照真は刀をの柄を握った。
やって来た四人を、虚木はつまらなさそうに見つめていた。
(二人は祓人ね…。でも、ちょっと前の奴と変わらないつまらない顔。こっちは退治人。“頭”と……)
四人を順に見ていた視線が照真で止まり、ピクリと眉を上げた。それまで余裕を見せていた表情が実に不愉快そうなものに変わる。
(何あれ。何でそんな生意気な目をして私を睨んでくるの? 立場分かってる? あぁ、癪に触るわね)
不愉快で仕方ない。ゆらりと立ち上がる虚木に、日野はすかさず鯉口を切る。
「赤羽君、山本君。しっかりしなさい」
「っ……はい…!」
「村雨く……」
「行けます!」
恐怖を滲ませる二人の声と、その気を見せず気迫を見せる声音。それに驚かされながらも、日野はフッと口端を上げると地を蹴った。遅れて照真も地を蹴る。
瞬時に距離を詰めた日野にさして表情を変えることなく、払われた刃を後ろに仰け反って避ける。と同時に虚木は足を振り上げた。立ち上がり体勢を整える隙を与えないように、照真の刃が襲う。
「読めてるわ」
その動きも目で追っていた虚木は最小の動きで避けると、拳を走らせた。
(避けろ…避けっ…)
虚木の拳には妖力が纏わされている。当たればひとたまりもない威力だと、直感が警鐘を鳴らす。
が、その速さに頭は動いても体が動かない。
「ぐっ…!」
体がぐっと後ろに引かれた。呼吸の間もなく眼前で火花が散る。
「っ…日野さん!」
入り込む事もできないような応酬が始まる。
虚木の拳と日野の刀がぶつかり合う。ぶつかり合うたびに両者の間に風が吹いているようで、照真は目を逸らす事ができなかった。これまで退治人と共闘する事はなかった。だから、こうして他者の戦いを見るのは初めての事。
かつて、一瞬で妖を斬った総十郎。恐ろしい程の妖気を前に怯む事無く戦う日野。
両者の背中が頭に浮かび、照真はゆっくり立ち上がった。
(守られるな。俺は何の為にここにいる)
グッと刀を握り、照真は強く地を蹴った。
日野と虚木の拳が火花を散らした瞬間、虚木は背後に視線を向けた。照真が距離を詰めて来ていた。
(あんたは出て来たって無駄! 生意気!)
虚木の拳が照真の刀とぶつかる。眼前で日野、後ろで照真の刀を拳で止めながら、虚木はニッと笑みを浮かべた。
ガタガタと揺れてそれ以上先へ動かない刀に、照真はグッと奥歯を噛む。
(何だこれ。当たってる感触もない。何かに止められてるっ…)
「あんた程度で……」
笑みさえ含んでいるような声が、照真をハッと引き戻す。虚木が笑っている。
刀を振り直した日野の一撃を避け、走らせた拳と刀がぶつかって起こる風で、日野が後退させられ、照真は数歩下がらされた。
「私の妖力打ち砕けるわけ、ないでしょ!」
虚木が蹴りを繰り出して来る。拳同様に妖力を纏っているのを感じ、照真の身体が動いた。
咄嗟に蹴りを刀で止める。虚木が足を振り抜くように受け流し、照真は後退した。
(危ない。あのままじゃ食らってたか、刀が折れてた)
そんな照真を虚木はポカンとした顔で見つめ、次第に「ふっ…ふふっ」と笑い出した。
堪える気もないのか、虚木は声をあげて笑い出す。
「あははは! 面白いっ! たっんのしい!」
まるで遊びを楽しむ無邪気な子供のような笑みと言葉に、照真の背に汗が流れた。




