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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第五章 北の争乱編

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第五十二話 ”頭”の刃 

 どこかに潜んでいるだろうあやかし。その妖気を探る為、集中した時だった。



「!」



 一同に緊張が走った。反射的に身体はすぐに動き出す。瞬時に日野ひのが、続いて照真しょうま達が走り出す。

 山本は走りながら呪文を唱え、すぐさま式を他班に飛ばす。


 飛ぶように駆ける日野の後を三人は必死について行く。



(この感じ、アイツと似てる…。もしかして神来社からいとさんが言ってた奴…?)



 脳裏をよぎる人物。だがほんの少し違う感じもする。


 駆ける四人は、森の奥、小さくも滝がある場所へやって来た。そこには変わらず強力な妖気を感じる。


 刀の柄に手を添える日野。その後ろから照真は妖気の主を見た。逸らせない視線が心臓をうるさく鳴り響かせる。



「あら。やっと来たの」



 滝壺から少し離れた岩に、その妖は腰掛けていた。一切に緊迫もなく、優雅な風すら感じさせて。



『人型で見た目は女だ。黒い髪と金色の目。遭遇すれば一目で分かるだろう。なにせ、とんでもない妖力だ』



 分かる。それが、今目の前の妖なのだと。情報通りの外見。肌を刺す妖気。


 赤羽と山本もスッと肝が冷え、血の気が引き、顔色が悪くなる。表情にどうしても恐怖が滲んでしまっていた。そんな中、照真はフッと息を吐いて、相手を睨んだ。



(同じだ。あの時と。でも、あの時よりもちょっと頭が落ち着いてる)



 体が強張るのも。心臓が煩く鳴るのも。背中を嫌な汗が流れるのも。呼吸が乱れそうになるのも。あの時と同じ。

 しかし、この恐怖と少しだけ対峙できるようになった気がする。照真は刀をの柄を握った。


 やって来た四人を、虚木うつぎはつまらなさそうに見つめていた。



(二人は祓人はらいにんね…。でも、ちょっと前の奴と変わらないつまらない顔。こっちは退治人。“とう”と……)



 四人を順に見ていた視線が照真で止まり、ピクリと眉を上げた。それまで余裕を見せていた表情が実に不愉快そうなものに変わる。



(何あれ。何でそんな生意気な目をして私を睨んでくるの? 立場分かってる? あぁ、しゃくに触るわね)



 不愉快で仕方ない。ゆらりと立ち上がる虚木に、日野はすかさず鯉口を切る。



「赤羽君、山本君。しっかりしなさい」


「っ……はい…!」


「村雨く……」


「行けます!」



 恐怖を滲ませる二人の声と、その気を見せず気迫を見せる声音。それに驚かされながらも、日野はフッと口端を上げると地を蹴った。遅れて照真も地を蹴る。


 瞬時に距離を詰めた日野にさして表情を変えることなく、払われた刃を後ろに仰け反って避ける。と同時に虚木は足を振り上げた。立ち上がり体勢を整える隙を与えないように、照真の刃が襲う。



「読めてるわ」



 その動きも目で追っていた虚木は最小の動きで避けると、拳を走らせた。



(避けろ…避けっ…)



 虚木の拳には妖力がまとわされている。当たればひとたまりもない威力だと、直感が警鐘を鳴らす。

 が、その速さに頭は動いても体が動かない。



「ぐっ…!」



 体がぐっと後ろに引かれた。呼吸の間もなく眼前で火花が散る。



「っ…日野さん!」



 入り込む事もできないような応酬おうしゅうが始まる。


 虚木の拳と日野の刀がぶつかり合う。ぶつかり合うたびに両者の間に風が吹いているようで、照真は目を逸らす事ができなかった。これまで退治人と共闘する事はなかった。だから、こうして他者の戦いを見るのは初めての事。


 かつて、一瞬で妖を斬った総十郎そうじゅうろう。恐ろしい程の妖気を前に怯む事無く戦う日野。

 両者の背中が頭に浮かび、照真はゆっくり立ち上がった。



(守られるな。俺は何の為にここにいる)



 グッと刀を握り、照真は強く地を蹴った。


 日野と虚木の拳が火花を散らした瞬間、虚木は背後に視線を向けた。照真が距離を詰めて来ていた。



(あんたは出て来たって無駄! 生意気!)



 虚木の拳が照真の刀とぶつかる。眼前で日野、後ろで照真の刀を拳で止めながら、虚木はニッと笑みを浮かべた。

 ガタガタと揺れてそれ以上先へ動かない刀に、照真はグッと奥歯を噛む。



(何だこれ。当たってる感触もない。何かに止められてるっ…)



「あんた程度で……」



 笑みさえ含んでいるような声が、照真をハッと引き戻す。虚木が笑っている。


 刀を振り直した日野の一撃を避け、走らせた拳と刀がぶつかって起こる風で、日野が後退させられ、照真は数歩下がらされた。



「私の妖力打ち砕けるわけ、ないでしょ!」



 虚木が蹴りを繰り出して来る。拳同様に妖力を纏っているのを感じ、照真の身体が動いた。

 咄嗟とっさに蹴りを刀で止める。虚木が足を振り抜くように受け流し、照真は後退した。



(危ない。あのままじゃ食らってたか、刀が折れてた)



 そんな照真を虚木はポカンとした顔で見つめ、次第に「ふっ…ふふっ」と笑い出した。

 堪える気もないのか、虚木は声をあげて笑い出す。



「あははは! 面白いっ! たっんのしい!」



 まるで遊びを楽しむ無邪気な子供のような笑みと言葉に、照真の背に汗が流れた。






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