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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第五章 北の争乱編

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第五十話 洞穴の少年

「知るか知らないかは、知識も経験も同じなのよ。喜びも痛みもね」



 三人の傍で日野ひのがこぼした。その声音に三人は日野を見る。

 その目が、去って行った子供達を見つめているのかは分からないが、何かを思い、眉が下がっていた。


 無意識に照真しょうまの口が開く。



「日野さんは……何か…経験が…?」


「え?」



 自分を見つめる三人の目にキョトンとした表情を返し、日野はすぐに納得したように「…あぁ」とこぼした。

 無意識にか、その左手が腰に差した刀の柄の先に置かれる。



「自分が知ってて周りが知らないって経験は昔から山程。今は逆ね。近くにいるけど知らない、って事ばかり最近痛感してるわ」


「うーん…。俺は、あやかしを子供の頃から視てるから、逆に視えないっていうのは経験ないんだよな」



 日野と赤羽の言葉に、照真も山本も「へぇ」と驚きや同意を含ませた声を漏らす。

 今にも考えだしそうな三人を前に、日野は「はいはい」と手を打った。



「人生の経験値についての話はこれでお終い。村雨むらさめ君、その子、山に返してあげて」


「はい。町に行かないように、ちょっと山の中でもいいですか?」


「えぇ。赤羽君、一緒に行って。私は戻るまでこの辺りを見てるけど、何かあったら式を飛ばして」


「はい」



 日野の指示で、照真と赤羽が山へ動き出す。歩きながら照真は腕の中を見た。子狐は大人しく抱かれたまま。それを見て、照真はそっと子狐を撫でた。


 町の喧騒けんそうが届きそうだった外れとは違い、山の中は、一歩入れば自然の音だけの静かな場所である。パキリと枝を踏み、草を掻き分け、山の中を進む。

 人の入っていない道なき道を歩きながら、照真は振り返った。



「赤羽さん、大丈夫ですか?」


「あぁ。大丈夫。ちゃんと体力づくりはしてるからな」


「そうなんですね。それは祓衆はらいしゅうの鍛錬で?」


「そっ。祓衆って言っても、術が出来ればいいわけじゃないから。体力は勿論、武術とか、退治衆程じゃないけど剣術かじる奴もいるよ」


「そうなんですか? そんなに色々…。凄いですね」



 純粋に感心の声を上げる照真に、「やめろよ」と赤羽が少し照れたように頬を掻いた。


 二人の足は進む。子狐が迷って町の方へ行かないよう、少しでも奥へと進む。

 草が茂れば花も咲く。実のなっている木もある。そんな場所で二人は足を止めた。



「ここらでいいんじゃないか?」


「そうですね」



 周りを見て頷いた照真は、そっと膝を折った。


 傍には立派な木々が生えている。一番近くには根元が洞穴になっている樹がある。子狐の巣になるかもしれない。町からも程よく離れていて、またすぐに町の方へ行ってしまう事は無いだろう。

 よし、と照真が腕の中の子狐を放そうとした時、



「っ!」



 感じた気配に、二人の全身が総毛立った。ビクリと肩が跳ね、身体が強張る。

 反射的に、照真は放そうとしていた子狐を抱きなおした。子狐も震えているようだった。


 赤羽が照真の後ろでしゃがむ。互いに反対側を油断なく睨む。



(この妖気、かなり強い…)



 重く、禍々しく、肺を圧迫してくるようだ。心臓が鳴り響いて危険を告げる。頬をつらりと冷や汗が流れる。


 照真と赤羽の視線が同時に動いた。ガサリと動く草木。激しく翼を動かして飛び立つ鳥。近づいて来る気配。

 照真が腰の刀に手を、赤羽が懐から呪符を取り出す。と――



「!?」



 二人は急に後ろへ引かれた。体勢が崩れ足元が急におぼつかなくなり、終いには後ろに回転して尻餅をつく。



「なんっ…」


「しっ」



 突然の事に眉間に皺を寄せる赤羽と、すぐさま身を起こした照真は、いつの間にか自分達の前にいる一人の少年の背に気付いた。


 先程よりも周囲が暗い。しかしすぐに、木の根元にある洞穴の中にいるのだと状況を理解する。穴の入り口は大きくはなく、外からは覗き込まないと見えづらい。が、中からは少し顔を出すだけでよく見える。

 外から気づかれぬよう外の様子を伺っている少年。誰だと思いながらも、敵意は感じないので、照真と赤羽は同じように外を窺った。


 近付いて来る妖気に身体が強張る。照真達を引き入れた少年もじっと何かを見ている。

 太陽の光を雲が遮る。薄暗くなった周囲にも、その目は慣れたように周りを映す。


 草木が揺れ、気配が近づき、それは姿を見せた。



「!」



 ドンッと太い足が地面を打つ。全身はゴツゴツと堅そうで皺が刻まれている。背にはヒレがいくつも並び、まるで岩のよう。四本足は太く力強く地面を踏みしめている。

 立ち並ぶ木々の合間を、その大きな体が通り過ぎていく。おっとりしてるように見えるのに、肌を刺す妖気は強く禍々しい。


 身体が緊張と圧迫感で強張る。それでも、照真は子狐をそっと下ろすと腰の刀に手を添えた。フッと緊張を和らげるように息を吐く。



「!」



 飛び出そうとした照真の腕を、少年が掴んだ。行ってはいけないと言うように、驚いている照真を少年はじっと見つめる。

 照真は、少年と妖を交互に見やり、そっと少年の手に自分の手を添えた。触れた照真に少年がピクリと反応を見せる。


 行ってしまう。少年の手が強く照真の腕を掴むと同時に、赤羽が同じように照真の腕を掴んだ。



「駄目だ。あんな奴…日野さんにも来てもらわないと…」



 今ここで式を飛ばそうとすれば恐らく気づかれる。そう思うから赤羽は今すぐに動けない。


 小声で告げられた言葉に、照真は妖を睨んだ。

 確かに、今目の前に居る妖は自分の力で戦えるのか分からない。たった二人では危険が大きい。それは照真にも理解できた。

 キュッと眉を寄せ自分を見る赤羽。自分達を助けてくれた少年。二人の目に照真は唇を噛んだ。


 やがて、妖は森の中に消えて行った。妖気の残滓ざんしが漂いながらも圧が消える。と同時に、照真は洞穴から飛び出した。



(あの妖、かなり強い。でも、神来社からいとさんが言ってた今回の仕事の目的じゃない)



 今回の仕事の目的である妖は人型。今のは全く違う。照真はふと顎に手を当て考える姿勢を見せた。



(でも、どうして今の妖がこれまで放置されてたんだろう…。人を襲ってないにしては、かなり禍々しい妖気だったのに)



 人に危害を加えていれば、すぐさま万所よろずどころから仕事が寄越されそうなものなのに。寺でもそんな話は聞かなかった。


 一人で思案しても答えはでない。日野と神来社に報告する事を決め、照真は視線を上げた。






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