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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第一章 旅立ち編
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第五話 暗闇を斬り裂く者

「逃げて! 早く!」



 みっともない程に引きって、悲鳴のような声だった。


 照真しょうまの目には、姉の足首に何か巻きついている跡があるのと、うっすらとしたもやが姉の向こうに見えるくらい。それでも充分気味悪かった。

 何かがいるのだと、直感的にわかってしまったからこそ。

 その何かに咲光さくやが捕まった。逃げろと叫んでいる。足は震える。体は冷や汗が止まらない。今すぐにでもここを去りたい。



「ばっか野郎!!」



 そう叫ぶと、照真は走り出した。ギッと奥歯を噛みしめ、必死の形相ぎょうそうで咲光の元へ走ると、片手で時子を抱え、片手で咲光の腕を引っ張る。



「照真っ…」


「ぐぅぅ……! ビクともしなっ…!」



 それどころか自分まで引っ張られる。咲光の身体と照真の足が地面に筋を作っていく。

 一向いっこうに自分の腕を放そうとしない照真に、咲光は顔をゆがめて訴え続ける。



「照真…照真っ…。お願い逃げて…」


「嫌だっ、絶対! 何があっても俺はっ! 絶対夢を諦めない!」



 ささやかな夢を願ったのは、ほんの少し前。いつだって、数分先でも未来はどうなるか分からない。それはもう、知っていた。


 自分の腕を掴む、必死な強い力。咲光はそれを感じグッと唇を噛んだ。



(私…私はっ……!)



 ぐしゃりと掴んだ土を後ろに向かって投げつけた。赤い光に命中し、黒い靄はギャッと声らしいものを出すとじたばたと暴れだす。

 その瞬間に緩んだ拘束を逃さず、咲光は転びそうになりながら立ち上がると、照真と共に走り出した。


 そんな二人を、黒い靄は忌々《いまいま》し気に睨むと、ギギッと苛立ち交じりの歯ぎしりのような音をたて、咲光を拘束した靄を再び弾きだす。その靄が二人に届く直前――


 暗闇に白銀の一閃いっせんが駆け抜けた。


 咲光と照真は突然何かに引っ張られ、気付いた時には黒い靄と距離が開いていた。何かが自分達を捕まえていると分かり、反射的に逃れようとする二人の頭上から、場に似合わぬ緊張感のない笑みを含んだ声が降ってきた。



「いやはや。君らやるなぁ」


神来社からいとさん!?」



 突然やって来た総十郎そうじゅうろうはゆっくり二人を下ろすと、「さてと…」と前に立つ。

 暗闇になびく髪。その手には白銀にきらめく一振りの刀。呆然ぼうぜんとする咲光と照真に、総十郎は首だけ振り返るとフッと口元を緩めた。



「じっとしてろ。必ず守る」



 あまりにも静かで優しい声音に、座り込んで力が抜けた。そんな二人から総十郎は目の前へ視線を戻す。


 総十郎には“それ”がはっきりと視えていた。いずる様はまるで蜥蜴とかげのようだが、体躯たいくは大きく舌が長い。手足は蜘蛛くものように左右三本ずつ。加えて、どの手足にも肉食獣のような鋭い爪が備わっている。



(昼間感じたかすかな妖気ようき。間違いなくコイツだ)



 そうと分かればやるべきことは一つ。


 総十郎は、油断なく刀の柄に左手を添え、ちらりと後ろを見やった。互いの手をしっかり握り、時子を抱える手もしっかりとしていた。そして何より、じっと総十郎を見つめるまっすぐな目があった。

 それを見てわずか目をみはると、フッと口端を上げ視線を戻し、総十郎は地を蹴った。


 瞬時に詰める間合い。襲い来る舌を切り裂き、足を止める事無く、その刀は蜥蜴もどきを斬り捨てた。


 僅か一瞬の出来事に、咲光も照真も目を瞠る。

 一体何が起こったのだろうか。そもそも刀は、国内の戦乱が終結した頃に持つ事を禁じられたはず。なぜそれを総十郎が持っているのかも分からない。いやもう全てが分からない状況でしかない。


 総十郎に斬られた黒い靄は、白い光の泡のように消えていく。最後の最後に赤い光が笑うように細められたのを見やり、総十郎は険しい表情を作った。

 光が消えると、総十郎は蜥蜴もどきが倒れた地面に刀を突き立て、そっと手をかざす。



「その息吹いぶきもって、はらいたまえ。清めたまえ」



 小さく唱え、場の悪い気を払う。刀を腰の鞘に戻すと、咲光と照真の元へ戻り、膝をついた。

 呆然としている二人に無理もないと思いながら、総十郎は落ち着いて声をかける。



「怪我はしてないか?」


「…あ…だいじょ……でも姉さん…」



 言葉が上手く回らない照真は、頷いてすぐ咲光を見た。その視線に総十郎も咲光を見る。足首に圧迫痕があった。

 懐からさらしを取り出すと、咲光の足首に巻いていく。



「あ…りがと…ございます…」


「どういたしまして。家まで送ろう。とりあえず…」



 総十郎が何か言っているのが耳をすり抜けていく。手当をしてくれるぬくもりに、プツンと張っていた気が緩み、咲光は意識を失った。






♦♦




 照真が目を覚ました時、見慣れた天井が見えた。

 上手く働かない頭をゆっくり動かし、手に触れる布団の感触に、ここが我が家だと理解する。そして時子、捕まった姉、黒い靄と総十郎の事が次々と浮かび、バッと跳び起きた。隣を見れば、眠る咲光の姿がある。



「良かった…」



 ひどくホッとしながら額に手を当てる。ゆっくり思い出そうと心がけた。

 障子の向こうはすでに明るい。つまり朝は迎えている。自分が今着ているのは、着慣れた作務衣さむえ。時子を探しに行く時に着替えたものだ。



(昨日のあれは本当の事ってことだよな…。でもあれ、何だったんだろ…)



 考えてもさっぱり分からない。というか、山が暗くて幻でも見たんじゃないのかとすら思い始める。夢ならそうであってほしいが、そうじゃないんだろうと頭の片隅で解ってもいる。


 はあーと大きくため息が出てしまう。もう少し休もうかと思っていると、台所から物音が聞こえ、照真はギョッとして布団を飛び出した。

 姉は隣で寝ていた。つまり、台所に人は居ない。まさか動物が入り込んだのか…と、慌てて居間と土間の障子をスパーンと開けた。そこに、



「おぅ、おはよう。ちょっと待ってろよ。今いいぐらいに大根煮えてきたから、すぐ飯にする」


「…………はいっ!? ちょっ、から…え!? 何やってんですか!?」


「ちょっと遅い朝餉あさげ作り」


「!? いやそっ…だけどそうじゃなくて!」



 ぐつぐつ煮えている大根からはいい匂いがする。穏やかな朝の光景も、今の照真には混乱の種にしかならない。


 言いたい事が山ほどあって言葉にならず、立ち尽くす照真の眼前では、「うん、うまい」と呑気に味見をする総十郎。唖然あぜんとしていた照真の腹が音をたてた。

 それを聞き、総十郎はニッと笑みを浮かべる。



「咲光も起こして、飯にするか」






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