第四十九話 知らない姿、知らない痛み
(でもそっか。退治衆と祓衆は相手にする妖にも違いがあるから。祓衆は霊も相手だし…。大変だ)
霊を祓った鳴神と菅原を思い出す。と、同時に鳴神が“頭”であった事を思い出して、何とも言えない表情が浮かんでしまった。
そんな照真を、赤羽と山本は胡乱気に見つめた。が、そんな視線に気付かず。
(菅原さんも何も言わなかったな…。鳴神さんの前で色々初歩的な事教えてもらってばかりだったし)
万所の組織構成について教えてくれたのは菅原だ。鳴神は気にする事ではないと言っていたが、後から知ってしまって色々と気にしてしまう。
(それに、“頭”の事気にする事じゃないって言ってた鳴神さんも、なんだか他人事みたいだったし。まさか本人だったなんて…。神来社さんが“頭”だって事実より衝撃だ)
思わずため息が出てしまう。そんな照真を赤羽と山本が顔を見合わせ、そっと呼びかけた。
「なぁ照真」
「はい?」
「お前、神来社さんとすごい親しそうだったけど、前に一緒に仕事でもしたの?」
なぜか、恐る恐るという問いと興味津々そうな目が目の前にあり、照真はパチリと瞬く。
そんな少年三人の会話を聞くつもりはないが、一歩前を歩く日野の耳にも入って来る。
(あ。神来社さん“頭”だから興味あるのかな?)
祓衆も退治衆も関係なく、“頭”はそれだけ尊敬されているのだろう。そう結論付け、照真はふるふると首を横に振った。
「いえ。俺と姉は妖に襲われたところを神来社さんに助けて頂いて。万所入所の為に稽古をつけてもらったんです」
「!?」
「えっ!? じゃあ弟子!?」
さらりと、大した理由じゃないですけどという風に告げられた言葉に、赤羽と山本がギョッと目を剥いた。ついでに足が止まってしまう。
そんな二人の反応に照真が困惑する。何と声をかけるものかと分からないので日野を見るが、スタスタと歩いて行ってしまう。衝撃顔の二人に「あ、あの…」と声をかけるが反応なし。
困り果てた照真は日野に駆け寄った。
「あの日野さん。二人はどうしてあぁも驚いてるんでしょうか…」
「神来社さん、弟子をとってなかったそうよ」
「えっ。そうなんですか?」
「えぇ。神来社さん、入所して三年経たずに“頭”になった実力者だから有名なの。早くても五年かかるって言われてるから」
「さんっ…!」
今度は照真があんぐりと口をあける。その後ろを赤羽と山本が走って来て「そうなんだよ!」「すんごい人なの!」と照真の肩を揺さぶる。
力説する二人と驚いている照真を振り返り、日野は肩を竦めた。
(ほんっと有名人よね…。これじゃ弟子は大変ね。唯一の救いは、万所の中じゃ、神来社さんが総元の息子だってことを知らない人が多いってとこかしら? 知られちゃ余計騒がしくなりそうだわ)
洒落にならない。笑えない。呆れと苛立ちが綯い交ぜになる。
総元と総十郎の姿が脳裏に浮かび、日野は僅か眉間に皺を寄せた。しかし、それを意識して振り払う。
「ほら。行くわよ」
「! はい!」
さすがは万所の者。すぐに表情と行動を改める三人に、日野はクスリと笑いを漏らした。
持ち場へとやって来た四人はクルリと周りを見回す。特別おかしなところはない。
町の東側は思いのほか近くに山がある。町の喧騒すらも届きそうだが、幾分かは静かだ。
(おかしな所はない…。けど、何だろう。微かだけど妖気を感じる。これは森の方…?)
朧げな妖気は微かな残滓か…。この妖気が仕事の標的であるかは分からないが、誰もが緊迫した表情を見せていた。
と、不意に照真の耳に甲高い声が届いた。
「こっち来るなよ!」
「あっち行け!」
妖気を感じるのとはまた別の方向。照真達からも見える山の入り口に近い場所に、活発で気の強そうな子供達がいた。
どうしたのかと胡乱気に見つめる先では、子供達が腕を振り上げている。ただ遊んでいるのではない様子に、照真は無意識に足が動いた。日野や赤羽達がどうしたのかと視線を向ける。
子供達の元へ走っていた照真は、子供達の前に見つけたものを見て強く地を蹴った。
「何してるんだ!」
そこには、四本足の小さな動物がいた。子狐のようなその動物の傍には、いくつもの小石が転がっており、また投げられた小石がコンッと地面に当たった。
子狐は子供達への威嚇を隠さない。毛を逆立て牙を剥きだす。そんな子狐に子供達も怒りを隠さない。
照真は咄嗟に、子狐の前に膝を折って守るように立ち塞がった。少年達は、突然割り込んできた照真に驚き腕を下ろしたが、その表情は不満がにじみ出ている。
「何すんだよ」
「君達こそ、何で動物に石なんか投げるんだ」
「町に入って来ないようにするんだ」
「動物が入って来ちゃ、皆迷惑なんだよ!」
山には動物が住み、町には人が住む。町が発展しその境界が今は近くなってしまった。
照真の家も山のすぐ傍だった。だから動物を見る事は多かった。熊や猪などを駆除する為猟師が山に入るのを何度も見た。
照真は今も覚えている。猟師達が仕留めた熊を山からおろして来るのを、見つめていた父の表情を。
「例えどんな理由があっても、命に石を投げていい理由にはならない。この子の命を奪ったら、君達はどうするんだ」
「どうって…そんなのどうもしねーよ!」
悪態をつきながら子供達が町へ駆け戻っていく。それを見つめ、照真も腕を下ろした。
狩猟により、動物の命を奪う事はある。しかし、その命には感謝し、きちんと頂くのだと、かつて父は教えてくれた。
照真はそっと後ろを振り返った。もう逃げてしまったかと思った子狐は、威嚇もせずそこにいた。少し驚いてそれを見つめ、照真はそっと手を差し出す。子狐が一歩二歩と近づいて来るのを見て、そっと腕に抱え上げた。
小さな生き物の身体はとてもあたたかい。それを感じてホッと頬が緩む。
そんな照真の元に、見守っていた日野達がやって来た。足早に駆け寄って来た山本が少し心配そうに照真を見つめる。
「石、当たってない?」
「はい。大丈夫です」
照真の返事にホッとした表情を見せる。同じように照真に怪我がない事を確認し、赤羽が子供達が去っていた方を見つめた。
「照真に石が当たってたら、きっと手が鈍っただろうな。なんで小さい生き物にはそうじゃないかねぇ」
「簡単に傷つけるような事、して欲しくないなあ」
赤羽も山本も少し悲し気に眉を下げる。それを見て、照真も泣きそうな困ったような表情を見せた。
「知るか知らないかは、知識も経験も同じなのよ。喜びも痛みもね」




