第四十八話 どうやら奴ではないようだ
(でも、神来社さん、本当に楽しそう…)
目の前の光景に、日野はクスリと笑みを浮かべた。このままにしておいてあげたい気持ちもあるが、こちらも仕事だ。
日野は気を取り直し、総十郎の背をポンッと叩いた。
「神来社さん。そろそろ仕事の話に戻りましょ」
「そうだな」
いかんいかんと表情を改める総十郎に、話しこんでいた咲光と照真もハッとなる。「また後でな」と二人に言うと、総十郎は揃っている一同に向け一歩前へ出た。
「全員集まってくれ。仕事の話だ」
総十郎の掛け声に全員が集まった。
総十郎と日野を前に、向かい合う衆員達。集まっているのは、退治人と祓人。人数は半々というところだ。咲光と照真は一番後ろに座った。
部屋の空気が引き締まる。誰もが真剣な眼差しで“頭”を見つめていた。
(皆さん、妖と戦ってきた実力者)
後ろから見る衆員達の背中。咲光はキュッと拳をつくった。自然と背筋が伸びるのは照真も同じ。
一同を前に、総十郎は仕事の話を始めた。
「少し前、この近辺で強力な妖が目撃され、二級祓人が犠牲になった。俺達の役目は近辺の見回り、その妖の退治若しくは撃退だ」
告げられた内容に、一同に動揺が走った。しかし、ざわめく事は無く、誰も言葉は発しない。
そんな一同の緊迫した空気に、照真も内心の動揺を押しとどめる。
(二級…それほどの人が…。まさかその妖って…)
脳裏によぎる姿に、自然と体が強張る。が、そっと手に添えられたぬくもりにハッと隣を見た。
咲光がまっすぐ自分を見つめていた。その目を見て身体の力がスッと抜ける。
大丈夫だと伝えるように、添えてくれた手に自分の手を添え、二人は頷き合った。
総十郎の言葉を引き継ぎ、日野が一同に指示を出す。
「見回りは組に分かれて行うわ。特に夜間に単独行動はしないように」
「はい」
全員が頷いた。
戦い方も階級もバラバラ。しかし、万所に属する者にそれは関係ない。為すべきことは同じなのだから。
“頭”二人の言葉を受け、一人の衆員が手を上げた。
「その妖はどういう相手なのか。何か情報はあるんでしょうか?」
「あぁ。人型で見た目は女だ。黒い髪と金色の目。遭遇すれば一目で分かるだろう。なにせ、とんでもない妖力だ」
口端は上げながらもその目は笑っていない。そんな総十郎の言葉に一同に緊張が走る。
息を呑み目を瞠る一同の中、咲光と照真だけは眉間に皺を寄せ視線を下げたのを、総十郎は見た。
(アイツじゃない。でも、アイツみたいな妖が他にも……?)
(神来社さんがそう言うくらいなら、あの妖並だと思わなきゃ)
もう、あんな事は絶対にさせない為に――
視線を上げ、強く前を見据える二人の目に、総十郎は僅か口端を上げた。
「見回り警戒範囲は、町とその周囲。組はこっちで分ける。全員、協力して仕事に臨んでくれ」
「はい!」
力強い返事に、総十郎と日野も頷き返した。
妖が動き出す時間が近づく。空が橙の色を見せ始める。
寺の境内に一同が集まっていた。総十郎と日野から組み分けをされたばかり。これから見回りに出る事になっている。
それぞれの組に分かれ、咲光と照真は少し新鮮さを感じていた。
(照真と別行動で仕事は初めて…)
(姉さんと別か…。前の仕事とは全く違うからちょっと新鮮だ)
情報収集ではない。刀を抜く事になるかもしれない中での別行動。相手の事が気にはなるが、自分の事に集中しようと二人は気合を入れなおす。
組は四つ。咲光は総十郎がまとめる一班に。照真は日野がまとめる三班に分かれた。ニ班と四班はそれぞれ階級が一番上の者がまとめている。退治人と祓人が混ざり合うよう組は分けられている。
それぞれ分かれた組を見やり、「よし」と総十郎が見回り地域を言い渡す。
「一班は町の北。ニ班は町の南。三班は町の周囲東側。四班は町の周囲西側をそれぞれ警戒してくれ」
「異常発生及び発見時には、すぐに私か神来社さんに式を飛ばして。すぐ向かうわ」
日野の言葉に、それぞれの組の祓人が頷く。迅速な連絡が組を繋げることになる。
「それじゃあ、行くぞ!」
「はい!」
力強い総十郎の言葉に、一同は走り出した。
♦♦
三班の照真は、日野と祓人の二人と共に町の周囲東側を見回りに向かう。町の東側に見えるのは緑豊かな山。その空気は、遠くからはまだよく感じ取れない。
同じ組の祓人は、それぞれ赤羽と山本と名乗った。少し年上らしい二人と話をしながら足を進める。
「俺、祓人の方と一緒に仕事するの初めてなんです。だから、もし至らない所があれば教えてください」
「分かった。まぁ、俺も退治人との仕事は経験少ないから、迷惑かけるかもだけど。滅多にないんだよな。祓いと退治の合同って」
「そうなんですか?」
先輩の言葉に瞬いた。
こういう事は珍しくないのかとも思ってしまった。が、「よっぽど強力な相手じゃないとない」と言われ、へぇと息を吐く。
(でもそっか。退治衆と祓衆は相手にする妖にも違いがあるから。祓衆は霊も相手だし…。大変だ)
霊を祓った鳴神と菅原を思い出す。と同時に、鳴神が“頭”であった事を思い出して、何とも言えない表情が浮かんでしまった。
そんな照真を、赤羽と山本は胡乱気に見つめていた。




