第四十七話 知らない弟子
目の前で、総十郎と、弟子の二人が親し気に話をしている。その光景を日野は見つめていた。
♦♦
春。万所本部の吹き抜け部屋から見える庭には、色とりどりの花が咲き誇っていた。
そんな中、雨宮、鳴神、日野の三人は集まっていた。同じ“頭”である総十郎が申請した、臨時の入所の試しがすぐに始まるのだ。
定位置に座るが、隣に総十郎がいない事に日野は少し落ち着かない心地だった。いつも隣に座る存在はそれだけ大きいのだと思い知らされる。
「神来社さんって、これまでにも臨時申請した事あるの?」
「俺が“頭”になってから、神来社の臨時申請はこれが初めて。まぁ、俺らだって本来の時期に合わせる事がほとんどだし。雨宮さんは?」
「いえ…。臨時申請は初めてですね。鳴神さんが仰ったように、私達も冬に合わせる事が多いですから」
そうなのかと日野も新鮮さを感じた。
万所には退治人や祓人を育てている場所がある。“頭”は後進を育てる役目も持ち、そこへ時折指導に行く。だから、衆員はほとんどが“頭”を知っている。
総十郎も日野も、退治人への指導のために行くが、そういう者達は弟子ではない。時折指導に行く程度で、そこでの指導は元・衆員が主に行っているのだ。
弟子は、“頭”に常時付き添い、直々に教えを受けている者の事を指す。
「俺も小太郎の試しは冬に合わせたからなぁ。まぁ、神来社が冬をわざわざ春にしたって事は、冬がちょっと早すぎて、今度の冬じゃ遅いから…かな」
「それって…確実かつ急いでるって事?」
「神来社の考えは分からん。でも、それぐらい目をかけてる弟子なんじゃねえかな」
そう言いながら、鳴神はどこか楽しそうだ。それを見て、日野も見た事のない総十郎の弟子を想像する。
先に得ている情報は、二人組で姉弟だという事だけ。整理していた日野は、ふと思った疑問を目の前の二人にぶつける。
「神来社さんって、これまでに弟子は? 聞いた事ないけど?」
日野の疑問に、鳴神が顎に手を当て考える。記憶を手繰り寄せるようにむむっと…眉を寄せた。
「俺は知らん。雨宮さん知ってます?」
「えぇ。一人」
ゆっくり頷いた雨宮に、鳴神も日野も「へぇ」と興味深そうに視線を向けた。
二人の視線にも雨宮は品良く座ったまま動じない。対照的に鳴神は非常に砕けて座っている。
「前に、弟子取る気はないって言ってたけど、居たんですね。どんな人ですか?」
「腕の立つ退治人?」
鳴神と日野の視線に、雨宮は一度瞼を伏せた。
春の穏やかな風が吹き抜けていく。花の香りがここまで届きそうだ。
そんな空気の中、雨宮がゆっくり話し始めた。
「とても、努力家でした。明るくて元気で。あの頃は、神来社さんが“頭”になってすぐで、随分目立っていましたから、周囲からはよく「神来社の弟子」と言われ、その度に頑張っていました」
「神来社の弟子…」
「それでも、よく笑う子でした。神来社さんもよく一緒に笑っていました」
思い出したのか雨宮の表情が柔らかくなる。
きっと微笑ましい光景だっただろうと思い、日野も胸があたたかくなる。が、すぐに悟った。
今、総十郎は一人で旅をしている。
「……雨宮さん、その子って…」
「えぇ」
沈む日野の言葉に、その続きを察した雨宮が頷いた。
「亡くなりました」
静かだが、どこか悲し気な声音が静寂の中に落ちた。
鳴神も悲し気に天井を仰ぎ、日野も「…そう」と言葉がこぼれた。隣の空席を見やる。
(総元の息子だって知る人はあまりいないけど、実力者として目立つ人だから、周囲の目も変わるわよね…)
誰が師であっても死なないわけはない。危険は誰も同じ。
だが「神来社の弟子ならば上位へ上るだろう」「凄い奴だろう」という、周囲の期待が向けられる事は否定できない。
知らない総十郎の弟子を想い、瞼を震わせた。同時に浮かぶのは、総十郎の頼もしい背中。
しみじみと思う日野の前で、鳴神が足を組み、膝に頬杖をついた。
「それから神来社は弟子取らなくなったのか…」
「えぇ」
「でも、今回は弟子を取った…」
どういう心境の変化だろうと日野が想像する中、鳴神は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「鳴神さん?」
「いや。なんか嬉しいわ」
「?」
日野と雨宮の視線が鳴神に向けられる。二人の視線を受け、鳴神はニッと笑みを浮かべた。
「神来社の心を動かした子なんだろ? 神来社が、この子ならって思える子に会えたなら、良かったと思ってな」
「…そうね」
嬉しそうな鳴神に、日野も笑みが浮かんだ。雨宮も僅か口端が上がっていた。
♦♦
(この子達が…)
目の前で総十郎と弟子の二人が楽しそうに話をしている。その様子を日野は見つめていた。
弟子の話を総十郎から直接聞いてはいない。今の総十郎がかつての弟子をどう思っているのかも分からない。どうして再び弟子をとろうと思ったのかも。
(でも、神来社さん、本当に楽しそう…)
目の前の光景に、日野は優しく目を細めた。




