第四十五話 おかえりと言わせて
「従います。奴がいるって事はすでに厄介な事は起こってる可能性もあるからな。日野、行くぞ」
「えぇ」
隣から返って来る力強い返事。
そうと決まればと、総十郎と日野は刀を手に立ち上がった。そんな二人を見ていた鳴神が、思い出したように総十郎を見た。
「神来社。お前、家に顔出してないだろ?」
斜めから飛んで来た言葉に、総十郎がピタリと動きを止めた。じーっと見つめて来る鳴神の視線に合わせられず、ツツッ…と視線を逸らす。落ち着かない。
「神来社。かーらいーとやーい」
「………いや。まだ」
「じゃあせめて、顔出してから行けよ。なぁ、総元」
「仕事は急ぎだ。このまま行く」
総元を見た鳴神だったが、総元が口を開くより先に総十郎はきっぱりと言い切る。
その様子に、総元は困ったように眉を下げ、鳴神は不服そうに総十郎を見る。そんな男達を見て、日野はやれやれと肩を竦めた。
「いいわよ、ちょっとくらい。待ってるから。どうせまたしばらく顔出してなかったんでしょう?」
「しばらくって言っても、一年半くらいで……」
じーっと四人の視線が刺さる。痛い。居心地も悪い。
“頭”の四人のうち、雨宮と鳴神、そして日野は定住している。仕事の通達が来ない間は家で過ごしている事が多い。三人とは違い、総十郎は国中を回っており、時折家に帰って来る生活だ。
万所の仕事は大変だ。加えて退治衆は命に関わる事も多い。だからこそ、家族との時間を大切にしてほしいという想いを三人は持っている。
その想いを総十郎も感じてる。ちらりと総元を見れば、何も言わず笑みを浮かべて頷いた。
「急ぎの仕事の手前、こうも私的な…」
「あーもう! うだうだ言ってないで早く行ってきて。余計に遅れるでしょ」
バシンッと日野に背を叩かれ、総十郎はやっと一同に背を向けて歩き出した。
縁側に出て、外廊下を歩き、隣の大きめの平屋の建物に向かって行く。その後ろ姿を、日野は腰に手を当てやれやれと言いたげに見つめた。そんな様子に総元もクスリと笑う。
「ありがとう、天音」
「いえ。にしても、神来社さん、どうしてあんなに渋るのかしら?」
久方の帰宅なのだから、もっと嬉しそうにすればいいのに。そう不思議そうに眉を顰める日野に、鳴神も同意する。雨宮も同意のようらしく、三人を見つめる総元はクスクスと喉を震わせ、隣の建物の方を見た。
視線の先では、待ち構えていた幼子が扉を勢いよく開き、総十郎に飛びついていた。満面の笑みに、総十郎も笑みを浮かべている。扉の向こうからは、続いて三人の子供が出てきた。総十郎と何かを話しているようだ。
そんな兄弟を、日野は柔らかく見つめていた。
(ほら。会いたいって思ってるのは、どっちも同じなのよ。いつでも、いつまでも会えるわけじゃないんだから)
日野の眼差しに総元は気付いていた。
日野から総十郎達に視線を移す。
「総十郎が顔を見せようとしなかったのは、長く帰っていなかったところに帰って来て、すぐ仕事に行くと分かると、末の妹が泣いてしまうと、分かっているからだよ。せめて仕事が終わって、家でゆっくりできる時に帰って来ないと、すぐに泣かせてしまうから」
「そうだったんですか。神来社さんも、妹には泣かれたくないのですね」
微笑ましさを感じているように、雨宮が僅か口端を上げた。総元の言葉に、鳴神も日野も成程と納得の表情を浮かべる。
末の妹らしい幼子が、総十郎に抱き着いたまま嬉しそうに笑っている。ぎゅっと抱きしめたまま総十郎は他の兄弟たちと話をしている。そんな光景を総元は目を細め優しく見つめた。
「総十郎は、本当に優しい。弟妹達を僻むことも嫉妬することもなく、ただ兄として寄り添ってくれている。我が息子ながら、本当に、立派に育ってくれた」
万所総元としてではなく、一人の父親の本心に鳴神は瞼を伏せた。
瞼の裏に浮かぶ自分の父の姿。それはいつも背中だ。それでもフッと口元には笑みが浮かぶ。褒められた記憶より叱られた記憶の方が圧倒的に多い。それでも、優しい人なのだと知った。
「神来社だって、家族がいるからあぁ育ったんですよ。総元や母君、弟妹達がいたからです。一人じゃあぁはなりません」
優しくて明るい声音に、雨宮も日野も鳴神を見た。そして、同じように微笑んだ。
鳴神の言葉に総元は、とても嬉しそうに微笑んだ。
「一心。ありがとう」
「いえいえ」
総元達にも、総十郎達にも、穏やかな風が吹き抜けていった。
四人の視線の先では、泣き出した末の妹を必死にあやしている総十郎がいた。
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火ノ国。北。
そこにいる、虚木はフフフっと上機嫌に森を歩いていた。
森は暗く、生き物の声はひっそりとしていて不気味なほどに静かだ。そんな中を、気にした風もなく虚木は進む。
そして、ある場所へ来ると足を止めた。
「あなたの怒り、ちゃーんと利用させてもらうわ。ふふっ。アイツらいつ来るかしら?」
金色の瞳が、暗い森の中に怪しく光っている。
その奥に、森よりももっと黒い影がうごめいていた。
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