第四十四話 絵図は今に繋がる
「奴に遭遇したってわりに、全然怖気づいてなかったっていうか、むしろ気迫も感じた。いや、凄いな咲光ちゃん。神来社、実はなんか凄い鍛錬でもした?」
「してね」
呆れというか、仕方ないなと思うというか。そんな言い難い感情に総十郎は肩を竦めた。そして、目を細め、ここにいない弟子を想う。
(また強くなったんだな…。いっぱい経験を積め。もっと強くなれ
それがきっと、二人の握り合う手を決して放さない事に繋がる。
どこまでも優しい総十郎の眼差しをちらりと見やり、日野は表情を険しくさせる。
「私は話に聞いてるだけだけど、そいつって、禍餓鬼って奴よね?」
「俺も思った。間違いないか?」
「あぁ。間違いないだろう」
日野と鳴神の視線に、迷うことなく総十郎は頷いた。
無意識にフゥッと息を大きく吐く。肝が冷えたというような、とても安堵したというような息に、総元は僅か目を細めた。そして、祓人からの報告と鳴神からの報告に僅か思考するように視線を下げると、すぐに立ち上がる。
その動きを四人の視線が追う。
室の奥にある引き出し。その中に収められた箱を取り出すと、両手で大事そうに持ち、戻ってくる。
座り直し、その箱を閉じる紐を解いた。蓋を開ければ、中には巻物があり、それを手に取ると紐を解いて四人の前に広げた。コロコロと広がり、止まる。
それは、戦いの絵図のようだった。沢山の人々が描かれている。
片や、数珠や呪符を手にしている大勢の人々。
片や、たった三人。一人は男のようで、周囲には黒い影がおり、「禍餓鬼」と記されている。一人は女のようで高く結い上げた髪を振り乱している。「虚木」と記されていた。そんな二人の後ろにまた一人描かれている。
これは、ある戦いの絵図。遥か昔の出来事。
そして、今に続く人と妖の戦いの記録。
「総元。奴らが大きく動いているとなると…」
深刻さを感じさせる雨宮の声音に、総元はゆっくりと頷いた。その表情もまた深刻そのもの。
「奴らの思うようにさせるわけにはいかない。近頃また増えている妖による被害も」
四人の“頭”がまっすぐ総元を見つめる。決意と意志と覚悟をその目に宿し。
「人々の不安や恐怖を広めるわけにはいかない。私も全力で阻止する。皆の力も貸しておくれ」
「勿論でございます」
「はいっ!」
雨宮の凛然な声と決意を感じさせる日野の返事。その二つと共に鳴神と総十郎も強く頷く。“頭”の返事に、総元は眉尻を優しく下げた。
力強い返事を返した日野は、そのまま総十郎と雨宮へ視線を向けた。
「神来社さんと雨宮さんは、そいつらと戦った事あるのよね?」
「あぁ。俺は禍餓鬼。雨宮さんは虚木にな。まぁ、一人じゃ正直厳しいな。“頭”二人か…三人いれば倒せるか…」
「えぇ。私もそう思います。後少し援軍が遅ければ、私はここにいなかったでしょうから」
「雨宮さんでもそう言う相手か…。こりゃ俺達だけじゃなく、衆員にも頑張ってもらわんとな」
絶望ではなく、先を見据えた鳴神の声音に、総十郎達も頷く。その中で日野は僅か視線を下げた。
禍餓鬼と虚木については、“頭”になって総元から教えられていた。いつか、遭遇した時には打ち倒すのが役目になると。実力と経験がなければ戦うこと自体難しいと、話には聞いていても未だ感覚としては分からない。
一体、どれほどの妖力を持つ相手なのか。無意識に眉間に皺が寄る日野に気付き、総十郎は心を解そうと笑みを向けた。
「お前なら大丈夫だよ。そんなに難しい顔するな」
「あら、どうも」
一転、そんな顔してませんけど? とでも言うような表情に、鳴神も総元もクスリと笑う。
日野はすぐに表情を引き締め、総元を見る。
「北なら私の管轄です。私が行きます」
「うん。それから総十郎も向かってくれ。虚木のしようとしている事を止める為に」
総元からの直々の指令に、日野は迷うことなく「了解しました」と力強く頷いた。そんな日野とは裏腹に、総十郎は僅か納得がいかないように顔を顰める。
顔には出さないが、それは雨宮も同じだった。
「退治衆の“頭”を揃って向かわせる事態であると?」
「虚木がまだそこにいればね。ただ……この手の予感は外れてくれた事がない。妙に嫌な感じもする。それに……」
「入所の試しに受からせる事だけが、務めじゃないもんなー。師匠?」
総元の言葉は緊張を見せる。しかし、語尾には僅か笑みを浮かべた総元の言葉を、鳴神が引き継いだ。ワハハハッと笑う鳴神に、総十郎はムッと表情を顰める。
分かってるけど…と反論したいけど出来ないというような表情に、鳴神だけでなく日野も吹き出し、雨宮と総元もクスリと笑みを浮かべた。
笑われた総十郎は、もう分かったよと言うように参ったと両手を上げた。
「従います。奴がいるって事はすでに厄介な事は起こってる可能性もあるからな。日野、行くぞ」
「えぇ」
隣から返って来る力強い返事は、どんな時でも頼もしい。




