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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第五章 北の争乱編

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第四十三話 師匠へ報告

「北にある山のふもとで、虚木うつぎの姿が確認された」



 険しさは声音にも表れ、総十郎そうじゅうろう達もフッと息を呑んだ。驚愕が顔にも出る四人に、総元そうもとはゆっくり頷いた。



「虚木が…」



 それまでは静かな声音だった雨宮あまみやも、険しさを声音にみせる。その表情も少し強張っていた。


 虚木。それはあるあやかしの名。厄介で残忍で、他の妖などとは比べ物にならない妖力を持つ。



祓衆はらいしゅうの一人が遭遇した。…敵わなかったが、最期にしきを飛ばしてくれた」



 決して階級の低い者ではなかった。その祓人はらいにんを圧倒的な力でねじ伏せ、虫の息になったのを放置し、虚木は去った。

 その祓人は最後の力で万所よろずどころ本部に式を飛ばした。黒い髪と金色の瞳をもつ、人型のとんでもなく強い妖が居ると。遭遇した妖の特徴と一連の流れを式で伝えられ、総元は確信した。



「奴らが動いているのは常だが、表立ってはなかなか姿を見せない。やっと掴んだな」


「えぇ。総元、この機を逃すわけには…」


「あぁ、分かってる」



 総十郎と雨宮の視線に、総元は重々しく頷いた。

 その頷きに一同はスッと静かになる。そんな中で、鳴神なるかみが視線を動かした。



「総元」


「何だい?」


「俺からも、総元……と、神来社からいとに報告がある」


「俺にも?」



 総元と総十郎に視線を向けた鳴神は、ぱちりと瞬いた総十郎に頷いた。

 そうそうお前、と言いたげな頷きに、鳴神を見ていた総元が「聞こう。一心」と続きを促した。それを受け、鳴神は神来社を見た。



「ほら。さっき言おうとしたろ? 弟子と仕事に行ったって」


「あぁ」


「その仕事でな。実は咲光さくやちゃんと照真しょうまに会ったんだ。仕事手伝ってくれてな」



 思わぬ名前に意表を突かれた。そんな総十郎を鳴神はクスクスと笑う。


 笑っている鳴神を正面で見ていた日野ひのは、それが何なのかと眉を寄せた。

 その二人の名前は知っている。顔も見知っている。なぜなら、春に行った臨時の入所の試しを、自分達は式を通してずっと視ていたのだから。姉弟で、総十郎が鍛えた弟子。



(その合否も私達が判断したわけだし。本来なら、視ないといけない人数がそれなりにいるから、二人だけっていうのはちょっと新鮮だった)



 日野は、ちらりと隣に座る総十郎を見た。驚いていた顔が一点、今は怪訝けげんに鳴神を見ている。日野も改めて鳴神を見た。まさかただの、弟子と仕事しました話ではないだろう。


 鳴神は笑っていた顔を一点、真剣なものに変えた。



「その時、咲光ちゃんに聞かれた事がある。白い髪に金色の瞳、恐ろしく強い、そこに居るだけで圧迫されるような、男の姿をした妖を知ってるかって」


「!」



 総十郎が目を瞠った。無意識に片膝を上げる総十郎は、すぐにハッとして座り直した。グッと固く握られた拳を、総元と雨宮は見逃さなかった。



「鳴神さん。もう少し詳しくお話しいただけますか」


「はい」



 雨宮の言葉に頷くと、鳴神は話し始めた。






♦♦




 それは、鳴神と咲光が二人で文机を売っていた店に話を聞きに行った後、女の霊の屋敷跡へ向かっていた最中だった。


 妖や霊の仕事について話を聞きたがった咲光に、「仕方ねえなぁ」とこれまでの経験談を語る事になったのだ。「こういう霊がいた」「ちょっと祓うのに苦労した妖がいた」と語っていた時、聞いていた咲光が少し表情を険しいものにした。



「どうした?」


「あの…。鳴神さんにお聞きしたい事があるのですが」


「うん? 何でもどうぞ?」


「ありがとうございます」



 ぺこりと頭を下げた咲光の表情を見て、鳴神は歩みを止めた。川辺に足を延ばし、ゆっくり話を聞く事にした。



「実は、ここへ来る前にある妖に遭遇したんです。それが、これまで会った事もないような……圧倒的で圧迫感のある、とても強い妖気を持っていて」


「ふーん……。妖の中でも妖気の強さはそれぞれだ。強い奴ならそう感じる事はあるな」


「はい…。倒すことが出来なくて、逃げられてしまいました」


「ちなみに、どういう奴だった?」



 手を合わせ俯き加減な咲光の、悲しみや痛みが混じりながらも、何かを決意しているような表情に、鳴神はスッと表情を引き締めた。

 そんな鳴神を、咲光は顔を上げて見つめた。



「見た目は人間の男の人です。髪は白くて目は金色。目の前に立っただけで冷や汗が止まらなくなって、息もできなくなるような恐ろしさがありました。餓鬼がきと呼んでいる、黒い影のような妖を生み出して…」


「! 会ったのか!?」


「え……はい…?」



 少し大きい声が出て、咲光との距離が縮まる。そんな鳴神の様子に咲光こそ驚かされる。

 困惑しながらも頷くと、鳴神はハッとしたように「悪い」と離れた。それでも口元に手を当てて何やら考え込んでいる。そんな様子に言葉をかけられない。



「…の……鳴神さん…?」


「……悪い悪い。ちょっと驚いた」



 恐る恐る呼びかければ、申し訳なさそうに眉を下げる、それまで通りの鳴神がそこにいた。それでも咲光はどうにも言葉が続かない。



(いかんいかん。いやでもまさか、そいつと遭遇してたとは…。こりゃ報告しねぇと)



 さて咲光にどう説明すべきか…と鳴神は頭を悩ませる。


 あまりの驚きに顔にも態度にも出てしまった。完璧に隠せなかったのが悔やまれる。それなら何とか誤魔化せたのに。

 一度、内心で大きく息を吐くと、困惑を隠せない咲光を見た。



「そいつは、俺が知る限りで、とんでもなく厄介な奴だよ。必ず、倒さなきゃならん相手だ」


「はい。それは私も感じました。必ずなんとかしないと」



 キッと眉を寄せるまっすぐな眼差しに、鳴神は一瞬目を瞠る。が、すぐにフッと口端を上げた。



「おぅ! 俺らと、頼れる万所の仲間で。必ずな!」


「はいっ!」



 強くまっすぐ頷く鳴神に、咲光も大きく強く頷いた。




♦♦






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