第四十話 人にも妖にも
「反射だ。思った以上にお前が飛びついてきたから。すまん」
「許さない!」
すまんと謝る鳴神の後ろの窓から、別の二匹が顔を出す。昼間、案内をしてくれた三匹だと分かり、照真は三匹を見つめた。
鳴神は咲光達の元に座り直して「何だ?」と三匹を見た。避けられて不満げだった一匹も、仕方ないなというように胸を反らして鳴神を見た。そんな態度に笑いそうになるのを堪える。
「一つ、思い出した事があるんだ」
「何だ?」
首を傾げる鳴神と、自分達をじっと見つめる三人の視線に、雑鬼達は交互に喋り出した。
「お前らの仕事の男な。戦場に行く前に家に籠って簪作ってたんだ」
「娘に渡すつもりだったみたいだったぞ」
「ただ…渡す前に死んじまったけど…」
雑鬼達の言葉に全員が目を瞠った。
女の為に作った簪。渡せずにいれば男も悔いが残っているだろう。そう思うと切ない。
届けられなかった、大切な人への贈り物。それを思い照真も悲しみを感じ、胸が痛くなる。
鳴神は身を乗り出した。
「その簪、どうなった?」
「家に置いてあった。他の物と一緒に処分されるところだったんだ。危なかったぞ」
「…と、いうと?」
「俺達が処分される前に持ち出した」
ゴンッゴンッゴンッ。重い音が三つ鳴った。唖然とする咲光と照真の隣で、菅原が額に手を当てている。
その前では、鳴神が拳をつくり、雑鬼達が頭にたんこぶを作っていた。いきなりの痛みに雑鬼達は頭に手を当てている。
「何すんだよー!」
「そうだよー。俺らが持ち出さないと、娘の為の簪が壊されてたかもしれないんだぞ」
「だとしてもだ。男が死んでるから良い訳でも、他の奴らに視えないから良い訳でもない。お前達の行動で他の人達に何かあれば、俺はお前らを祓わなきゃならない。人だろうと妖だろうと、しちゃいけねぇ事がある。分かるな?」
「………うん」
身を小さくさせながらも、鳴神の言葉に三匹はちゃんと頷いた。涙目の三匹を鳴神は目を細めて見つめ、雑鬼達の頭に手を置いた。
「いきなり殴って悪かったな」
「……許してやるぞ」
「……仕方ないから許すけど、鳴神だけだからな」
「おぅ。ありがとな」
叱られて身を小さくさせていた雑鬼達も、恐る恐るというように鳴神を見上げ、怒っていないと分かるとホッとしたように顔を上げた。その表情はすぐに元気なものに変わる。
そんな光景を、咲光と照真も少し驚いたように見つめていた。
調子を取り戻した雑鬼達に鳴神も笑みを浮かべるが、すぐに仕事のそれに変わった。
「で、その簪どうした?」
「俺達、簪なんて付けないからすっかり忘れてたんだ。女の家の庭に埋めたぞ」
その答えに、鳴神は驚いたような拍子抜けしたような表情を浮かべた。そんな表情をしっかり見ていた雑鬼達は「何だよー」と少し怒ったように不満そうな顔をする。
鳴神が答えるより先に、雑鬼達が喋りだした。
「本当は女に渡したかったけど、視えないから無理だろ」
「それにこういうのって、本人が渡すのがやっぱり良いんだろー?」
「勝手に置いといちゃ誰のかも分かんないし、意味ないだろ。どうせ置いとくなら近い方がいいと思って」
悲しそうに、やるせなさそうに話す雑鬼達に、鳴神も「そうか」と優しく呟いた。
元来、人にさして関心もない雑鬼達だって妖。だから時に人より冷淡で、時に人より恐ろしくて、時に人より人を知り、思いやる心を持っている。それを知る者はどれほどいるのだろうか…。そう思いながらも、鳴神はトンッと膝を叩いた。
「じゃ、今からでもそれを掘り起こしに…」
「それは俺らがやる」
胸を張って言う雑鬼に、鳴神はおや…と瞬いた。思っていない申し出だ。
そんな表情は咲光達も同じで、雑鬼達はえっへんと後ろに倒れそうなくらい胸を張る。
「人間が更地でそんな事してると目立つだろ? 俺らがやっとく」
「埋めたのは俺達だしな。会わせてやりたいし」
「祓うのは無理だから、それはお前達に任せるけど」
威張って言う言葉にも、鳴神は笑みを浮かべた。嬉しそうなその笑みに、雑鬼達も嬉しそうに笑う。
「ありがとな」
「おぅよ!」
三匹それぞれが、撫でてくれる手に満足そうな笑みを浮かべると、「じゃあな」と窓から出て行った。
雑鬼達がいなくなると急に部屋が静かになる。咲光も照真もその賑やかさに笑みを浮かべ、菅原もやれやれと息を吐いた。
「良かった。これで何とかなりそうだ」
「うん。簪、私達が渡してあげられるといいね」
ホッと一安心だと息を吐く咲光と照真を見やり、鳴神は微かに笑みを浮かべた。
(雑鬼の言葉。信じていいのかとは言わないんだな)
万所の者ならば、妖の言葉を簡単に信じたりはしない。そこに付け込んでくる妖がいるからだ。警戒も疑心も持つ者は少なくない。
(この子らは考え無しって訳じゃない。よく見てるし、ちゃんと感じてる。神来社、良い子ら見つけたなあ…。この子らと仕事したって言ったら驚くだろうなぁ)
脳裏によぎる仲間に、自然と笑みが浮かんだ。次会った時が楽しみだ。なぜか自分達を見て微笑ましそうに笑う鳴神に、咲光と照真はコテンと首を傾げた。
日が暮れ始め、空が橙と紺に染まる頃、雑鬼達が再び宿にやって来た。
「これだ」
「綺麗…」
雑鬼が持って来た簪は汚れてしまっていて、咲光が綺麗に拭き上げる。
桔梗の花が二輪咲く、華やかさよりも清楚な印象を受ける簪だった。それでも丁寧に細かく作られているのだろうと、咲光も素人目ながらも惚れ惚れと見つめた。
「おや? 咲光ちゃん、気に入っちゃった?」
「え…! あっ、いや…。綺麗だなぁと思って」
クスクスと喉を震わせる鳴神に、咲光は慌てたような照れたような顔で、困ったような笑みを浮かべた。




