第四話 夜は嫌なものを連れて来る
昼間、太陽が照らしてくれた地上は、今は月の灯りが静かに照らす。
灯りを消した部屋の中、咲光と照真は布団を並べ横になっていた。しかし、横になっても一向に意識は飛んでくれない。昼間の事ばかりが頭を占める。
昼間、何か手がかりを得たらしい総十郎は「俺が解決させておく」とだけ言うと、家に戻って来てすぐ去った。遠くなっていった背中に、咲光と照真は最後までおいてけぼり。そう思うと咲光はフッと力なく笑ってしまった。
「姉さん?」と隣で横になっている照真の声はよく聞こえる。家の回りにはほとんど音がない。時折、生き物の声がするくらい。そうでなかったのは、家族全員が生きていた頃。雑魚寝して、部屋の中央に蝋燭を立てて、顔を突き合わせて笑い合っていた。
今もこうして二人で同じ部屋で休むのは、動物に備えてでもあるが、何より、隣にぬくもりがあると感じていたいから。
咲光は照真の方を向くと、そっと語りかける。
「ねえ照真。今は二人でこうして暮らしてるけど、いつか…。照真がお嫁さん貰ったら、また賑やかになるかなあ」
「え……えー。俺まだそんな事考えた事もないよ。それなら姉さんが嫁に行く方が早そうだし…」
「それじゃあ、照真はこの家に一人になっちゃうでしょ。私はしばらくいかないから」
「俺より自分の幸せ考えてよ。……って待てよ。それなら婿取れば? それなら少なくても四人で暮らせるし」
いい考えだと笑う照真に、咲光は少し呆気にとられた。そんな方法があったのかと笑ってしまう咲光に照真も向き直る。
きっとそんな未来もある。夢を見るのは自由だから。夢は力になるから。例え明日がどうなるか分からなくても…。
絶対が保証された明日なんてないと二人はもう知ってしまった。それでも笑い合って、平穏に暮らす未来を想う。二人で、もしかしたら三人四人で笑い合っているかもしれない未来を。
幸せな夢を想い、咲光と照真は目を閉じた。
ドンドンドンッ!
「咲光ちゃん照真君! 夜分にすまんが開けてくれ!」
扉を叩く大きな音と切羽詰まった声に、二人は何事かと跳び起きた。照真はすぐに玄関の扉を開ける為部屋を出て、追いかける咲光は居間の灯りを点けた。カチリと音をたて点く灯りに、一瞬目が眩む。
灯りを頼りに薄暗い玄関で扉を開けると、その向こうには村の人達が十名近くいた。突然の事に照真も咲光も驚く。
松明や提灯を頼りに立つ皆は、誰もが明るい顔色をしていない。不安や焦りの表情ばかりが並んでいる。
「どうしたんです? 皆揃って」
「時子がっ…いなくなっちまった!」
「!」
村人の先頭で焦燥を浮かべ言ったのは、薬屋の店主。その言葉に咲光も照真の隣に駆け寄って来る。
息を呑む二人と、顔色の悪い店主。事情を説明してくれたのは、店主の隣にいた男だった。
「日の入り近くに、時子ちゃんがお使いに行ったらしいんだ。時間のかかるもんじゃねえ。使い先にはちゃんと行ってたんだが、帰りがさっぱりで…。山の近くにある地蔵さんの所に時子ちゃんの草履が…」
最後まで言えず語尾が消える。それでも充分に伝わった。
咲光は僅か視線を下げた。時子とは一緒に外で遊ぶ事もある。その時、山の近くにある地蔵の傍を通る時、時子は必ず手を合わせていた。おそらく、お使いでも同じ事をしたのだろう。そして何かがあったのか、帰って来ない。
咲光と照真の脳裏をよぎる、最期になった笑み。帰って来ると思っていた…。
「一緒に探します!」
声を揃え、強く答えた。
♦♦
先に山に入っていた村人達の後を追うように、咲光達も山へ入った。
決して一人にならないよう二人以上で組になり、松明を沢山灯して、捜索が始まった。大声で時子を呼びながら慎重に山を進む。しかし、それに答える声はない。諦めず全員が呼び続ける。
暗い山に灯された沢山の松明の灯りは、村からもちらりちらりと見えていた。
照真と共に進んでいた咲光は、少しずつ頭が痛くなるのを感じた。
(昼間よりひどい…。いつだっけ…同じ事が…)
そっと手が頭に触れた途端、はじき出されたように思い出す。
帰って来ない人。探してくれた皆。あの時も頭が痛くて気分が悪くて。それでも我慢して…。
ひどく嫌な予感がした。
「…照真」
足の止まった咲光に、手を繋いでいた照真の足も止められる。
どうしたのかと振り返るが、俯き加減の姉の表情はよく見えない。それでも、繋いだ手の冷たさから良い感じはしない。静かに「何?」と問うた照真に、咲光はゆっくりと顔を上げた。
「私…ちょっと向こう見て来る…。照真は皆と…」
「分かった、行こう」
最後まで言うより早く、照真が強く手を握った。その力が咲光の胸を衝く。
何かあれば大声を出し、近くの組にすぐ合流する事を条件に、照真は組を離れる承諾をもらうと、咲光の手を引いた。その手に引かれるまま咲光も歩く。
その手が今の自分を支え、助けてくれる。どうしてか涙が出そうだった。
咲光の言葉のままやって来たのは、父と弟が亡くなっていた場所。
昼間訪れた時よりも、なんだか陰湿な空気を感じ、照真も僅か眉を寄せた。隣では咲光の顔色が悪い。
「姉さん、大丈夫?」
「う…ん……」
「そういう時は素直に大丈夫じゃないって言ってくれ。余計心配になるから」
全くと腰に手を当てる照真に、咲光は意表を突かれて、すぐに困ったような笑みを浮かべた。
急いで周りを捜索しようと、歩いては確認する行動に移る。そうしてすぐ「姉さん!」と照真の声に呼ばれ、咲光は駆けつけた。
照真がそっと草陰の向こうから、いなくなっていた時子を連れてきた。その姿に駆け寄った咲光ははすぐ口元に手を当てる。微かな呼吸が感じられた。
「良かった…。大丈夫みたい。怪我してない?」
「大怪我はないけど、切り傷がいくつか…。すぐ皆に知らせ…」
ズルリ…と近くで気味悪い音がした。ビクリと肩を跳ねさせ思わず口を閉じる。
猪か熊か…。もし遭遇すれば危険だ。時子を抱きかかえた照真と咲光は背を向けないよう、ゆっくり一歩下がった。
(何だろう…。すごく嫌な感じがする。気持ち悪い。早く帰りたい)
身体が震える。心臓が煩くて冷や汗が止まらない。照真も同じようでそれでも、時子はしっかり抱き締めている。
少し距離を取った二人の前で、影になった草陰から黒い何かが出てきた。
まるで闇が動いたように。もぞりと動くと、その闇の中に赤い光が二つ見えた。
「……っ!」
瞬間、咲光が動いた。
隣の照真の腕を掴み、一目散の逃げ出す。数歩走れば照真も走る事に集中した。そんな照真から手を離した瞬間、咲光の身体が倒れた。
「!?」
「姉さん!」
刹那遅れて照真が足を止めた。それを確認しながら咲光は足首に気持ち悪い感触を感じる。
バッと振り返れば、黒い靄が足首にまとわりついている。靄の先にはだんだんと距離を詰めてきたあの黒い闇。
心が充分すぎるほど恐怖に塗り潰された。手は震えて足に力も入らない。だというのに、咲光は無意識に叫んでいた。
「逃げて! 早く!」