第三十八話 特別な人間
雑鬼達から貰った情報をひとまず整理し、菅原は一人頷いた。
「あの女性の霊はその娘さんで間違いないでしょう。“あの人”というのは相手の男性でしょうね」
「俺もそう思う。でも、その男の人はもう…。これからどうするんですか?」
「まずは、男の遺品か何か残っていないか探してみましょう。物には想いが籠りやすいですから。直筆の恋文でもあればいいんですが…」
菅原は次の行動を考え終えると雑鬼達を見た。情報を渡し終えた雑鬼達は、コテンと首を傾げてその視線を見返す。
「その男の人の家がどこにあったか分かる? 家族か子孫はいる?」
菅原の言葉に雑鬼達は顔を見合わせ、思い出すように腕を組む。むむ…と少し顔が険しい。
数秒の後、沢山の記憶を再び掘り起こし終えたのか、パッと表情が晴れた。
「家族はいないと思うぞ。独り身だったみたいだし。親とか兄弟も見なかったなあ」
「家はもう取り壊されて残ってない。今は貴族の邸宅になってる」
「そっか…」
菅原は顎に手を置き思案すると、またすぐ雑鬼達を見た。
「家があった場所分かる?」
「分かるぞ。仕方ないから案内してやってもいい」
「ありがとう。助かる」
偉そうに言っても、頼られて嬉しそうな顔をすると、雑鬼はぴょんと土間に下りた。続いて別の二匹も下り、雑鬼代表の三匹に菅原と照真は道案内を受ける事になった。
昼間の町の中を雑鬼と共に歩くという、なんだか少し不思議な体験をしながら、照真はちらりと菅原を見た。
(菅原さん。まだこの仕事一年ちょっとだって言ってたけど、そうは見えないくらいてきぱきしてて凄いな…)
一年後、自分は同じようにてきぱきとしっかり出来ているだろうか。そう思ってももやもやとしか浮かばない未来像に、照真は「頑張ろ」と胸の内で拳を振り上げた。
雑鬼に案内してもらった場所は、貴族の邸宅を囲む塀の前。ものの見事に何も残っていない。周りを見るが何も感じ取れない。
「見事に撃沈…」
「…全くです。じゃあ、娘さんの屋敷があった場所、分かる?」
「分かるぞ。こっちだ」
今度は娘の屋敷があった場所へ。町の西を離れ、東側に。
太陽も中天近くに差し掛かっている。いったん集合する事になっている昼に近い。空を仰いで確認し、照真はまた前へと急いだ。
人々には視えない案内を受け歩いていた二人は、進む先に見慣れた二人組を見つけた。
「あ、鳴神だ!」
「おーい! 元気かー!」
照真と菅原の前を歩いていた雑鬼達が、叫ぶや否や走り出す。
先で立ち止まっていたのは咲光と鳴神だった。突然自分を呼ぶ声に、鳴神は眉を下げて笑い、咲光は何事かと驚いたように振り向く。
驚いている咲光などお構いなく、雑鬼達は走る勢いのまま鳴神に飛びついた。そのまま肩や腕によじ登る。
好き勝手な雑鬼達に、鳴神は怒るでもなく「お前らなー」と呆れ交じりに好きにさせている。いきなりの事に驚いた咲光は少々唖然とする。
(初めて見る…。雑鬼にくっ付かれる人)
呆気にとられる咲光の隣に、照真と菅原がやって来る。
「照真。菅原さん。これは…」
「雑鬼達。情報をくれて、女性の霊の生前の屋敷に案内してもらったんだ」
「ここがそうだぞ」
照真の説明を継ぎ雑鬼が指を差したのは、何もない更地。咲光と鳴神が立っていたすぐ前だ。
土と僅かな草が生えるだけの場所。何もない光景に照真と菅原も言葉を失くす。
男も女も、もうすでに屋敷も残っていない。家族もいない。亡くなっているので当然かもしれないが、落胆はしてしまう。
そんな人間とは違い、雑鬼達は元気で自由だった。
「鳴神、ちゃんと食べて寝てるか? 大きくなんねーぞ」
「ちゃんと食べてるし寝てる。ってか、もうデカくはなんねぇよ」
「うっわ。人間は成長早いなぁ。お前こーんなに小っちゃかったのに」
「それ米粒以下」
ワハハと楽しそうに笑う雑鬼達と交わされる会話。昼間は休みの時間である雑鬼達だが、今はなんだか元気だし楽しそうだ。
そんな目の前の光景を、咲光と照真はなんとなくじっと見つめる。
「もうちょっと顔出せよ。偶にしか来ないしさー」
「俺も忙しんだよ。分かってるだろ?」
「…そうだけど」
「俺達、悪さしないし、ちゃんと協力するぞ?」
「おぅ。今回もありがとうな」
「ちょっと前まで生意気だったのに、鳴神は成長したなあ…」
「お前らは親か」
成長に涙しそうな雑鬼達に、やれやれと言いたげな鳴神だが、その表情は笑みに彩られている。
なんだか親しそうな鳴神と雑鬼達に、照真と咲光はなんだか口を挟めず、菅原を見た。
「鳴神さんって、雑鬼と仲良いの?」
二人の視線に、菅原は少し困ったような顔をした。
「祓人としては、仲良しは良くないですね。無害とはいえ妖ですから。ただ、鳴神さんはあの雑鬼達とは付き合いが長いらしいです」
「そうなんだ」
「祓人の方々にはそういう方も多いの?」
「いえいえ。鳴神さんくらいです」
とんでもないというように、菅原は顔の前で両手を勢いよく振った。
それを聞き、咲光と照真は改めて鳴神を見た。その視線に気付き、鳴神は困ったように笑みを浮かべた。
「はいはい。お前らも戻れ。俺達はまだ仕事だ」
「はーい」
ぴょんと素直に鳴神から離れる雑鬼達を少々意外に思いながらも、情報共有のため、一同はいったん宿へ戻る事にした。
雑鬼達はそんな四人を見送る。退治人の少年が手を振ってくれ、同じように女性も手を振ってくれたので、嬉しくて大きく振り返す。そんな中で一匹が小難しそうな顔でむむっ…と何やら思案していた。
「何か、忘れてる気がするんだよなあ……」




