第三十七話 長命は伊達じゃない
「お前は退治人だもんな。俺達もあんまり近づきたくないしなー」
「え。何で?」
思っていない言葉に照真が目を点にする。そんな表情をされて、雑鬼達も目を点にした。
そんな両者を菅原は何も言わず見守っていた。
雑鬼達は仲間同士で見合うと、やがて恐る恐るというように口を開いた。
「お、怒るなよ?」
「うん」
「退治人はな。妖退治するだろ。人によっちゃ、俺らみたいな無害な妖も斬ろうとするんだ」
「だから、俺らも退治人には近づかない」
「…そうだったんだ」
雑鬼達の言葉に照真は視線を下げた。
妖を退治するのが退治衆の役目。人に害をなす妖が相手とは言え、妖は妖。有害と無害の区別をつけない者もいるのである。
そしてそれは、幼い頃から術について学んでいる者が多い祓衆よりも、妖に大切な人や家族を奪われ、退治人の道を選んだ者に多い。
雑鬼達の言葉に照真は無意識にきゅっと胸元を握った。
「君ら無害だもんな。斬ったりしないよ」
照真の表情に、雑鬼達は刹那何も言わなかった。しかしすぐに「そっか」と声音を明るくさせた。
そんなやりとりを、菅原は目を細めて見つめる。
少し後ろにいた雑鬼の一匹が、菅原を見つめ、短い手足を必死に動かして前へ出て来た。
「お。お前、鳴神ン所の奴だろ。アイツいないのか?」
「そうなのか? 鳴神は?」
「鳴神さんは今別行動中。同じ仕事してるよ」
「えー」
「いないのかよー」
苦笑いを浮かべる菅原の前では、なぜか不満そうな雑鬼達。そんな雑鬼達に照真はキョトンとした。
(鳴神さん。雑鬼達に人気なんだ…)
人間に対してそんな反応をする妖を視た事がない。
なんで? と思う傍では、菅原が「はいはい」とてきぱきと雑鬼達を黙らせる。静かになった一同を前に、菅原は改めて仕事の話を始めた。
「ある女性について知りたいんだ。歳の頃は二十歳前後。落ち着きある雰囲気の人で、髪は黒くて長い。町娘というよりは品のあるお嬢様って感じで、そんな着物を着てる。それから、手の甲に火傷の痕がある」
すらすらと女の霊について情報を告げる菅原を、照真は感心して見つめる。
女性の悲しそうな表情に意識が向いていた照真は、菅原ほどにはっきりと視えていたわけでも観察出来ていたわけでもない。己の未熟さを感じ、もっと頑張ろうと一人決意を新たにする。
菅原の情報に、「うーん」と雑鬼達は腕を組んだり、顎に手を当てたりして思案する。
記憶を掘り起こす雑鬼達とそれを待つ照真と菅原に間に、ポク…ポク…と時間が過ぎる。そして、それはポンッと手を打った雑鬼によって止められた。
「多分、ちょっと前に潰れた家の娘だな。潰れるちょっと前に家が火事になって火傷したって」
「……あー! そういえばあった。俺も思い出した!」
「隣にもちょっと燃え移って、打ち壊したんだよな。何で燃えたんだっけ?」
「確か、娘にフラれた男が火付けしたんじゃなかったかなぁ…」
次々出て来る情報を真剣に聞きながらも、照真は驚いた。しらみつぶしに探すしかないと思っていたのに、雑鬼達はそれを一気に解決してくれる。
照真はちらりと菅原を見た。
「ここ最近、火事になった家、探してみる?」
「いえ」
即答する菅原に照真は少し驚く。近隣の人に話を聞けるかと思った照真は、苦笑する菅原に首を傾げた。
「妖にとっての“ちょっと前”は、俺達にとっては数十年前だと思っておいた方がいいです。妖は長命なので」
「……そっか」
生きる時間が異なるのを思い出し、照真も納得し苦笑いを浮かべた。
「雑鬼達は住んでいる町の事には詳しいです。それこそ、戦乱の時代の事も知っているかもしれません」
そうなのかと照真は驚いた。照真にとっては戦乱の時代など昔の事。そんな事も雑鬼達にとっては新しい事になっているのだろうかと思い、改めて雑鬼達を見る。
いつの間にかお喋りは止まっていて、えっへんと威張る姿から「凄いだろー」と自慢するような微笑ましい言葉が聞こえてくる。
「でも、フラれたのも当然だよなー」
「?」
「だよな。もう好いてる奴いたんだろ?」
「!」
話の続きに照真と菅原は身を乗り出した。そんな二人に雑鬼達が思わず仰け反る。
驚かされたことに「なんだよー」と少し頬を膨らませる雑鬼達に、二人は女の霊について話をすることにした。二人の話を雑鬼達はふむふむ…と聞き入る。そして、そういう事かと頷いた。
そして再び、記憶を掘り起こし始めた。
「男だ。歳はたぶん娘と同じ……あれ? ちょっと上だったっけな?」
「裕福そうじゃなかった。髪ボサボサしてた。着物も着古してた」
「でも良い奴だったぞ。確か、簪とか装飾品作ってたはずだ。器用だったぞ」
「娘の屋敷が火事になった時、逃げ遅れた娘を屋敷に飛び込んで助けたんだぜ。なかなか出来る事じゃないよな」
「それから娘の家族は一時別の空き屋敷に住んでたんだ。でも燃えた屋敷建て直して、また戻ったんだったかな」
「そっ。確か、そっから男もよく屋敷に出入りしてたはずだ」
「でも……戦乱が終わるちょっと前に戦に駆り出されて、死んじまった…」
最後の言葉に、言った雑鬼も周りにいた雑鬼達もシュンと悲しそうに眉を下げた。
雑鬼達は人間にはあまり近づかない。視えないから。だけどごく偶に、ちょっとした騒ぎや事件があった時は人間の動きを見る事がある。その中で顔を知る事もある。
その男もそんなもの。火事があって顔を偶々覚えていて。気まぐれで男の周りをちょろちょろして、そして為人を知っただけ。
「娘と、一緒になれたら…良かったのになあ…」
雑鬼にだって、人の好意が通じ合う事を微笑ましく思う気持ちはある。当事者達を横から見守る人間のように。
だのに、国の雲行きが怪しくなり、二人の仲は裂かれてしまった。
男が死んだと雑鬼達が知ったのは、娘の屋敷に行った時だった。開いていた障子の向こうで、女は両親から男の訃報を告げられていた。
涙を流し口元を覆う娘を見て、雑鬼達も悲しくなった。それから娘は誰の元にも嫁ぐことなく、病でこの世を去った。
「会いたいよなあ……」
雑鬼が溢した言葉に、照真も悲し気に眉を下げた。




