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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第四章 霊祓い編

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第三十六話 人が知らぬことを知りたい時は

「十年ほど前でしたかな…潰れた屋敷です。ここらじゃ大きな屋敷だったのですが、戦乱のあおりで…」



 店主の話を聞きながら、鳴神なるかみはふむふむと頷くと、さらに疑問をぶつけた。



「その屋敷の人は?」


「ご夫婦とお嬢さんがいらっしゃいました。しかし…お嬢様が病で亡くなり、ご夫婦も田舎の方へ引っ越しました」



 そうかと店主の話を聞き、鳴神はわずか思案する。



(となると、あの霊はそのお嬢さんかな? 十年程前に潰れたって事は亡くなったのはそれよりちょっと前…。んじゃ、もっと詳しく知ってそうな人を探す方がいいか。まぁ、あんまり聞きたがるのも怪しいって思われるんだよなあ。こりゃ、小太郎の方が有力な情報得てきそうだ)



 そうと決まればと、鳴神は腰を上げた。店主の視線もそれにつられて上がる。

 鳴神の動きに、咲光さくやも店を出るのかと体の向きを変えた。



「ありがとな。旦那さん」


「いえ……。あのっ…」


「?」



 店を後にしようとした鳴神と咲光に、店主は迷いながらという様子で声をかけた。

 何かと首を傾げる鳴神に、店主はきゅっと膝の上で拳を握ると、決意したように口を開いた。



「実は……あの文机は、これまでにも買い手がついたんです」



 眉を下げ、困ったような顔をした店主が絞り出した言葉に、鳴神は身体ごと向き直った。その傍では咲光も同じように店主を見る。



「ですが、どの方からも突っ返されました。幽霊が出て気味が悪い、と…」


「幽霊が?」


「はい…。とても信じていただけないかもしれませんが…」


「いや。信じる」



 だんだんとうつむき加減になり、小さくなっていく声に、はっきりとした声が返された。


 きっぱり断言する鳴神を店主はハッと見つめる。店主の視線の先で、鳴神は咲光と共に、上がり口に座り直した。

 迷いのない鳴神の行動と言葉に、店主は安心したのか緊張が解けたのか、表情を少しだけ安堵のものに変えた。



「どんな幽霊だったか聞いたのか?」


「はい…。女性で、髪が長く、着物を着ていたと…。それで…よもや以前の持ち主であったお嬢さんではないかと…。ですが私は見た事がないので…」


「そういうもんだよ。話してくれてありがとう」



 なぜかすっきりとしたような表情で店を後にする鳴神と、ぺこりと頭を下げて出ていく咲光。そんな二人を店主は深々と頭を下げて見送った。






♦♦




 菅原と照真しょうまは、並んで町の中を歩いていた。

 が、先程から照真はなにやら小難しい表情をしていて、顎に手を当て考え込んでいる。そんな姿に、菅原はコテンと首を傾げた。



「どうしたんです?」


「うん…。菅原さん。全く手がかりがないのに、どうやってあの霊や“あの人”について調べるんですか?」



 照真の難しい表情の原因が分かり、菅原も納得の表情を浮かべた。


 この手の仕事は祓衆はらいしゅうには慣れたものでも、退治衆にとっては少々縁遠いところがある。両者は仕事内容も対処法も全く違う。あやかしを退治するのが専門の退治衆は、妖を探すことはあっても、情報収集を行うことがないのだ。



「大丈夫です。今から話を聞く相手は、きっと情報をくれると思いますよ」


「そうなの…?」



 首を傾げる照真に、菅原は「はい」と笑顔で頷いた。


 菅原の後をついて行き辿り着いたのは、町の中だが人のいない廃れた民家。何でこんな所に…と思う照真の前で菅原は気にした風もなく民家に入る。慌てて照真も後に続いた。

 人が住まなくなって時はそれほど経っていないのか、そのままになっている箪笥たんすや床には埃が積もっているが、見た目壊れているものはない。天井や狭い隙間には蜘蛛が巣を作っている。



「!」



 外からも感じてはいた。そして、ここに入って一気に視線を感じる。柱の陰。天井のはり。家財道具の後ろ。いくつもの気配と視線が突き刺さってくる。

 同じようにそれを感じているはずの菅原は、しかしそれを気にした様子はなく、室内を見回した。



「少し聞きたい事がある。いいかな?」


「は…祓いに来たんじゃないなら、いいぞ…?」


「違うよ」



 二人の他には誰もいない中、視えない者には聞こえない声が、菅原の呼びかけに答えた。

 部屋中から感じる視線は、威嚇いかくよりもこちらの様子を慎重に窺っているようなもの。それが分かり、照真も体の力を抜いた。


 数秒の間を開け、ひょいと家財の陰から小さな妖が姿を見せた。



雑鬼ざっきだ)



 身体よりも頭の大きな、耳が尖っている妖だった。

 雑鬼はどこにでもいる。妖力はさして強くはなく、人にはさして興味もない。自分達の日常を楽しんで過ごしている気ままな妖。


 最初に出た一匹に続くように、ぞろぞろと色んな妖があちこちから姿を見せた。角が生えている妖。亀のように甲羅を持つ妖。鳥のように翼を持つ妖。体の丸い妖。実に色々なモノ達が出て来た。



「俺達、人間に悪さはしてないぞ」


「そうだぞ」


「分かってる。ちょっと聞きたい事があるんだ」


「そっちの奴もか? 退治人だろ?」


「え? 俺? 俺は手伝い」



 照真に対し少し警戒感を見せていた雑鬼達だったが、菅原も頷くのを見て、パッとそれを解いた。



「なんだそっかー」


「脅かすなよー」



 口々に出て来る不満に、照真も思わず乾いた笑みを返す。こんな風に言われるとは思ってもいなかった。

 そして同時に、菅原が言っていた情報収集の方法が解り、驚きも覚えた。



(雑鬼達に聞くんだ。確かに妖は長命だからよく知ってるかも…。でも、雑鬼と話をするなんて初めてだ)



 視た事はある。が、話をした事はない。これまでは雑鬼達の方も興味なんてないようで近づいても来なかった。

 初めての事に、思わず雑鬼達を見回してしまう。そんな照真の視線に、逆に雑鬼達が首を傾げた。



「何だよキョロキョロして。珍しくないだろ?」


「そうなんだけど…。妖とこんな風に話したの初めてで…」


「あ、そっか。ま、お前は退治人だもんな。俺達もあんまり近づきたくないしなー」


「え。何で?」



 思っていない言葉に照真が目を点にする。そんな表情をされて、雑鬼達も目を点にした。






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