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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第四章 霊祓い編

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第三十五話 目指すもの

 女の霊が消えた室内に、鳴神なるかみ照真しょうまのように菅原と咲光さくやも腰を下ろした。照真と咲光の傍には、今回は抜かれる事のなかった刀が、鞘に納まったまま静かに置かれる。

 隣に腰を下ろした鳴神に視線を向け、照真は首を傾げた。



「あの人は何を…」



 照真の言葉に、鳴神は文机に視線を向けた。その視線が僅か細められる。



「深い悲しみが留まらせてるんだな。今のまま祓ってやる事も出来るが、悲しみは消えないだろう。「あの人に。あの人に」ってそればかり言ってたよ」


「その悲しみを何とかする方法はあるんですか?」



 身を乗り出さん勢いの咲光と照真に驚かされる。驚いた表情を見せた鳴神は、すぐにフッと笑った。ちらりと菅原を見れば、同じように笑みを浮かべている。



「それじゃ、それは昼間に動くとして。もう寝るか!」


「………寝るんですか?」


「え? うん。もう遅いし」


「……そうですね」



 なんだかちょっと拍子抜け。というか、切り替えが早くてあっさり。いやいや休む事は大事。と思い直し、四人は自室へ静かに戻った。








「それじゃあ、情報集めを始めるか!」



 翌朝。鳴神は威勢よく仕事開始を告げた。

 そしてその威勢のままクルリと菅原を見る。



「で、何する?」


「………昨日鳴神さんがすっぽかした、文机を売っていた店から話を聞く事。あの霊と霊が言っていた“あの人”が誰なのか調べる事。ですね」


「よし。じゃあ前者は俺と咲光ちゃん。後者は小太郎と照真に任せよう!」


「では、行きましょうか」



 進行が速い。驚きながらも置いて行かれまいと咲光と照真も「はい!」と必死について行く。


 念のため刀袋を背に、二組に分かれて仕事を開始した。



「じゃ、会わなかったら一旦昼に宿の前に集合。報告といこう」


「分かりました。では照真さん。行きましょう」


「うん。じゃあ姉さん、気を付けて。鳴神さん。姉さんを頼みます」


「! 照真!」


「おー。任せろ」


「っ……照真こそ気を付けてね!」


「うんっ!」



 手を振り菅原と共に町へ繰り出す照真を、咲光は少し頬を膨らませて見送った。そんな姉弟に鳴神はクスクスと喉を震わせる。



「俺らも行くか」


「はい!」



 鳴神と咲光も目的地へ向け歩き出した。


 朝の町は活気づいていて人々もせわしなく動き回っている。宿を出る人や見送る人。仕事に向かう人。仕事に精を出す人と様々だ。そんな人達とぶつからないよう気を付けながら歩く。



「売っていた店で話を聞くんですよね。作った人か、元の持ち主を探すんですか?」


「あぁ。女将さんから聞いたんだが、新品で買うより安いからって古道具店で買ったらしい。あの霊は製作者というよりは前の持ち主だろうから。何か話を聞けるかと思ってな」



 家財道具は、新しく買う事も出来れば、中古品として古道具店で買う事も出来る。金銭の為に売る人もいれば、引っ越しするので売り払う人もいる。他の町へ売りに行くには重労働なため、その町で売るのが一般的。

 大きなこの町にも売り所は何ヶ所かあると思われる。



(じゃあ、あの女の霊も、この町で暮らしていた人…? でも霊って事はすでに亡くなっていて…どれくらい経つんだろう…)



 のんびりと歩く二人は橋を渡る。川の傍では子供達が遊んでいた。



「鳴神さん。あの女性はもう霊で…。“あの人”が生きているとは限りませんよね。その場合、どうなさるんですか?」



 のんびりしていた足取りが止まってしまう。咲光の止まった足に、鳴神も足を止めた。そして後ろを振り返る。

 俯き加減の表情には眉が寄せられ、少し悲しそうな苦しそうな顔をしていた。そんな顔を見て、鳴神は橋の欄干へ行くと、川面へ視線を向けた。

 その動きを咲光は不思議そうに見つめた。短い髪が風に遊ばれている。



「確かにそうだな。でも、そうなら残ってるかもしれない家族とか子孫に、昔語りをしてもらおう。遺品か愛用の品でもあるといいな。あの文机の前でなら、あの霊にも聞こえるさ」


「……………」



 これまで菅原と軽口叩き合っていた時のような調子で、それでも柔らかで優しい声音だった。

 大きな背中がクルリと動いて、鳴神の表情が見える。その顔を見て、咲光は驚いた。



「霊には何かしらの想いがあるんだ。俺は決して無視しない。誰かに会いたいなら満足する形にするし、誰かを恨むなら、その分憎まれてでも穏やかに送り出したい」



 鳴神はニッと、屈託くったくない笑みを浮かべていた。



あやかしばらいは勿論もちろん、そういう事が出来る術者、目指してんだ」



 咲光は少しの間、言葉が出なかった。それでも不思議と、口元が上がるのは分かった。



(凄い。本当に凄いなあ。仕事手伝わせてもらって、本当に良かった)



 まっすぐ向き合っている姿は、なんて大きなものなんだろう。

 咲光はタッと鳴神の目に立つと、ぎゅっと拳をつくった。



「応援します! それに、私も頑張ります!」


「ありがと。お互い頑張るか!」



 ハハッと笑う心地良い声が、元気もやる気も与えてくれるようだった。








 そしてまた、足を進めた咲光と鳴神は、宿の女将が文机を買ったという古道具店にやって来た。

 箪笥たんすや机、棚などの家財道具は勿論、小さな置物なども置いてある。それらを一瞥いちべつした咲光は、上がり口で店主と話をしている鳴神に視線を戻した。丁度二人の他に客はおらず、ゆっくり話をする事が出来た。



「松ノ屋の女将に聞いたんだが、あれは良い文机だな」


「ありがとうございます。ですが生憎あいにく、あれはあれ一点だけでして…」


「そうかい。そりゃあ残念だ。この町の職人の手製か?」



 鳴神と調子よく話をしていた店主が表情を曇らせた。それを見逃さず「ん?」と鳴神は自然を装い店主を見る。

 言いづらそうに口籠くちごもっていた店主だが、困ったように眉を下げ、ゆっくり顔を上げた。



「…あの文机は、ある屋敷の家財道具だったんです。それを私が買い取りまして」


「それはどういう屋敷だ?」


「十年ほど前でしたかな…潰れた屋敷です。ここらじゃ大きな屋敷だったのですが、戦乱のあおりで…」



 町が発展し、貴族が栄えた一方で、潰れた家々も少なくない。時代の境目では商売が上手くいかなかったり、勤め先からクビをきられたり、という事は珍しくないのだ。


 知っている家だったのか、鳴神に答えていた店主が身を小さくさせていた。






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