第三十五話 目指すもの
女の霊が消えた室内に、鳴神と照真のように菅原と咲光も腰を下ろした。照真と咲光の傍には、今回は抜かれる事のなかった刀が、鞘に納まったまま静かに置かれる。
隣に腰を下ろした鳴神に視線を向け、照真は首を傾げた。
「あの人は何を…」
照真の言葉に、鳴神は文机に視線を向けた。その視線が僅か細められる。
「深い悲しみが留まらせてるんだな。今のまま祓ってやる事も出来るが、悲しみは消えないだろう。「あの人に。あの人に」ってそればかり言ってたよ」
「その悲しみを何とかする方法はあるんですか?」
身を乗り出さん勢いの咲光と照真に驚かされる。驚いた表情を見せた鳴神は、すぐにフッと笑った。ちらりと菅原を見れば、同じように笑みを浮かべている。
「それじゃ、それは昼間に動くとして。もう寝るか!」
「………寝るんですか?」
「え? うん。もう遅いし」
「……そうですね」
なんだかちょっと拍子抜け。というか、切り替えが早くてあっさり。いやいや休む事は大事。と思い直し、四人は自室へ静かに戻った。
「それじゃあ、情報集めを始めるか!」
翌朝。鳴神は威勢よく仕事開始を告げた。
そしてその威勢のままクルリと菅原を見る。
「で、何する?」
「………昨日鳴神さんがすっぽかした、文机を売っていた店から話を聞く事。あの霊と霊が言っていた“あの人”が誰なのか調べる事。ですね」
「よし。じゃあ前者は俺と咲光ちゃん。後者は小太郎と照真に任せよう!」
「では、行きましょうか」
進行が速い。驚きながらも置いて行かれまいと咲光と照真も「はい!」と必死について行く。
念のため刀袋を背に、二組に分かれて仕事を開始した。
「じゃ、会わなかったら一旦昼に宿の前に集合。報告といこう」
「分かりました。では照真さん。行きましょう」
「うん。じゃあ姉さん、気を付けて。鳴神さん。姉さんを頼みます」
「! 照真!」
「おー。任せろ」
「っ……照真こそ気を付けてね!」
「うんっ!」
手を振り菅原と共に町へ繰り出す照真を、咲光は少し頬を膨らませて見送った。そんな姉弟に鳴神はクスクスと喉を震わせる。
「俺らも行くか」
「はい!」
鳴神と咲光も目的地へ向け歩き出した。
朝の町は活気づいていて人々も忙しなく動き回っている。宿を出る人や見送る人。仕事に向かう人。仕事に精を出す人と様々だ。そんな人達とぶつからないよう気を付けながら歩く。
「売っていた店で話を聞くんですよね。作った人か、元の持ち主を探すんですか?」
「あぁ。女将さんから聞いたんだが、新品で買うより安いからって古道具店で買ったらしい。あの霊は製作者というよりは前の持ち主だろうから。何か話を聞けるかと思ってな」
家財道具は、新しく買う事も出来れば、中古品として古道具店で買う事も出来る。金銭の為に売る人もいれば、引っ越しするので売り払う人もいる。他の町へ売りに行くには重労働なため、その町で売るのが一般的。
大きなこの町にも売り所は何ヶ所かあると思われる。
(じゃあ、あの女の霊も、この町で暮らしていた人…? でも霊って事はすでに亡くなっていて…どれくらい経つんだろう…)
のんびりと歩く二人は橋を渡る。川の傍では子供達が遊んでいた。
「鳴神さん。あの女性はもう霊で…。“あの人”が生きているとは限りませんよね。その場合、どうなさるんですか?」
のんびりしていた足取りが止まってしまう。咲光の止まった足に、鳴神も足を止めた。そして後ろを振り返る。
俯き加減の表情には眉が寄せられ、少し悲しそうな苦しそうな顔をしていた。そんな顔を見て、鳴神は橋の欄干へ行くと、川面へ視線を向けた。
その動きを咲光は不思議そうに見つめた。短い髪が風に遊ばれている。
「確かにそうだな。でも、そうなら残ってるかもしれない家族とか子孫に、昔語りをしてもらおう。遺品か愛用の品でもあるといいな。あの文机の前でなら、あの霊にも聞こえるさ」
「……………」
これまで菅原と軽口叩き合っていた時のような調子で、それでも柔らかで優しい声音だった。
大きな背中がクルリと動いて、鳴神の表情が見える。その顔を見て、咲光は驚いた。
「霊には何かしらの想いがあるんだ。俺は決して無視しない。誰かに会いたいなら満足する形にするし、誰かを恨むなら、その分憎まれてでも穏やかに送り出したい」
鳴神はニッと、屈託ない笑みを浮かべていた。
「妖祓いは勿論、そういう事が出来る術者、目指してんだ」
咲光は少しの間、言葉が出なかった。それでも不思議と、口元が上がるのは分かった。
(凄い。本当に凄いなあ。仕事手伝わせてもらって、本当に良かった)
まっすぐ向き合っている姿は、なんて大きなものなんだろう。
咲光はタッと鳴神の目に立つと、ぎゅっと拳をつくった。
「応援します! それに、私も頑張ります!」
「ありがと。お互い頑張るか!」
ハハッと笑う心地良い声が、元気もやる気も与えてくれるようだった。
そしてまた、足を進めた咲光と鳴神は、宿の女将が文机を買ったという古道具店にやって来た。
箪笥や机、棚などの家財道具は勿論、小さな置物なども置いてある。それらを一瞥した咲光は、上がり口で店主と話をしている鳴神に視線を戻した。丁度二人の他に客はおらず、ゆっくり話をする事が出来た。
「松ノ屋の女将に聞いたんだが、あれは良い文机だな」
「ありがとうございます。ですが生憎、あれはあれ一点だけでして…」
「そうかい。そりゃあ残念だ。この町の職人の手製か?」
鳴神と調子よく話をしていた店主が表情を曇らせた。それを見逃さず「ん?」と鳴神は自然を装い店主を見る。
言いづらそうに口籠っていた店主だが、困ったように眉を下げ、ゆっくり顔を上げた。
「…あの文机は、ある屋敷の家財道具だったんです。それを私が買い取りまして」
「それはどういう屋敷だ?」
「十年ほど前でしたかな…潰れた屋敷です。ここらじゃ大きな屋敷だったのですが、戦乱のあおりで…」
町が発展し、貴族が栄えた一方で、潰れた家々も少なくない。時代の境目では商売が上手くいかなかったり、勤め先からクビをきられたり、という事は珍しくないのだ。
知っている家だったのか、鳴神に答えていた店主が身を小さくさせていた。




