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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第四章 霊祓い編

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第三十三話 改めて感謝を

 日が落ちれば宿に出入りする人も少なくなる。宿に泊まる人々は、多くが部屋で食事をしたり、風呂に入ったりと、各々静かな時を過ごしていた。


 照真しょうまと菅原も中庭を通った先にある湯殿ゆどので疲れを癒していた。

 思わず「極楽…」とこぼれる言葉に互いが笑う。露天風呂ではないが、それでも充分な広さがあり、実に快適だ。



「菅原さんは、この仕事長いの?」


「いえ。まだ一年です」


「そうなの?」



 そう見えず照真は驚いた。が、菅原は自分と年も変わらなさそうなのですぐ納得した。

 今度は菅原が首を傾げ照真を見る。他に客は居ないので、気にせず会話をする事が出来る。



「照真さんは長いんですか?」


「ううんっ。俺はこの春に試しに受かったばかり」



 ポタリと水音が浴室内に反響する。一瞬の沈黙の中、菅原は目を点にした。



「……入所の試しは、本来冬に行なわれるんですが…特例だったんですか?」


「そうなの!?」



 初耳に照真は目をいた。驚きで湯がバシャッと音をたてた。


 入所の試しは、神来社からいと総十郎そうじゅうろうからいつ行うと言われただけで、本来の時期があるなんて全く知らなかった。

 驚きで固まる照真の前で、菅原は少し考えるように視線を下げると、照真を見た。



「照真さん。確か神来社さんとお知り合い…でしたよね?」


「うん」


「…ちなみに、万所よろずどころの組織構成についてはご存知ですか?」


「…知りません」



 驚いていた顔は、次第にシュンと落ち込むように代わり、身を小さくさせてしまう。そんな照真を見て菅原は成程と胸の内で納得した。



(まぁ、鳴神なるかみさんは話す素振りなかったし、俺が言う事でもないかな)



 これから万所の中にいれば分かるようになる。わざわざここで言う事でもないだろう。

 そう結論付け、照真を見る。



「後で、咲光さくやさんも一緒にお話しますね」


「お願いします」



 ぺこりと頭を下げる照真に菅原もクスリと笑った。








 一足先にお風呂から上がった咲光は、二階の廊下を歩いていた。

 鳴神が招いてくれた部屋の前。硝子がらすの窓を開けて中庭を眺めている鳴神の姿を見て、不意に足が止まった。風呂上りなのか、浴衣姿で首に手拭いをかけている。

 足が止まった咲光だったが、すぐに鳴神に駆け寄ろうと一歩を踏み出した。



「ミャー」


「……?」



 どこからか猫の鳴き声が聞こえた気がして足が止まった。思わず周りを見るが当然姿はない。

 宿の中、それも客室の並ぶ二階にいるわけがないだろうと思う咲光の耳に、鳴神の声が届く。



「咲光ちゃん。どうした?」


「いえ…。今、猫の鳴き声がした気がして…」


「そうか」



 言いながら鳴神を見る。しかし、鳴神はそれ以上何も言わない。その反応から気の所為かと思いながら、咲光は鳴神の元へ駆け寄った。



「照真と菅原さんはまだお風呂に?」


「あぁ。話でもしてんじゃねえかな」



 クスクスと喉を震わせる鳴神に、咲光も同意の笑みを浮かべた。

 旅に出てからは、万所の同僚に会う事もなかった。こうして出会えた仲間が、照真にとって良き友人になってくれれば嬉しい。



「鳴神さん」


「ん?」


「宿の部屋、相部屋にしてくださってありがとうございました。まだお礼、言っていませんでしたよね」



 ニコリと笑みを浮かべた咲光に、鳴神は驚いたように瞬いた。

 宿に来て直後、呆気に取られていた二人を思い出して思わず笑う。あれは面白かった。そうさせたのは自分だけれど。



「いや。いいってことよ」


「鳴神さん。女将さん達とお知り合いなんですか? 融通利いていただけましたけど…」


「まぁ、昔この宿でちょっと仕事をな。それ以来何かと良くしてくれてるんだ」


「そうだったんですか」



 鳴神に対し丁寧に接していた女将さんと旦那さん。鳴神も、恩着せがましい事はなく、腰を低く接している。

 そんな鳴神を見つめ、咲光は胸があたたかくなるのを感じた。



「あ、姉さん。鳴神さん。もう上がってたんだ」


「おー、照真。小太郎」



 階段を上がって来た照真と菅原へ視線を向け、鳴神はひらりと手を振った。



「鳴神さんが早いのも珍しいですね。お風呂好きなのに」


「仕事片づけたらゆっくりするわ」


「あ、照真。髪ちゃんと拭いて」



 照真が首にかけている手拭いを取ると、頭に乗せてわしゃわしゃと動かす。



「わっ。自分でやるよ、姉さん」


「もう。冷えちゃうでしょ」



 小恥ずかしそうながらも笑みを浮かべる弟と、手を離しても優し気な表情で弟を見つめる姉。そんな二人を見つめ、鳴神も自然と柔らかな笑みを浮かべた。






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