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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第四章 霊祓い編

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第三十二話 祓衆の役目

 部屋を出た鳴神なるかみに続いて歩く。階段を下りれば、せわしなく働く人達の姿が見える。柱時計は後数時間で日の入りを示していた。


 鳴神に続き、三人は店の奥へ進む。二階のように中庭に面した廊下。歩きながら中庭を見た咲光さくやは、二階から屋根だけ見えていたのが、小さなほこらだという事に気付いた。

 一階の奥は客室と同じように部屋が並んでいる。店の雇われ人や主である夫婦のだろう部屋が並ぶ中、鳴神は一番奥の部屋の障子を開けた。



「入室許可は、事前に旦那さんと女将さんに頂いてるから、心配するな」



 四人はその部屋に足を踏み入れた。

 畳の部屋はどこにでもあるような部屋だ。入って右手には床の間。左手には隣室への襖。入って正面の壁の左に小さな文机ふみづくえが置かれているだけ。


 照真しょうまは部屋を見回した。



(妖気も妙な感じもしない…。ここで仕事…?)



 鳴神がわざわざ足を運んだのならば、無関係ではないだろうと思うが、まだよく分からない。

 部屋を見回しながら怪訝な様子の二人の前に、菅原が一歩前に出た。



「お二人とも。今回の相手はあやかしではありません」


「え?」


「じゃあ…?」



 驚きと困惑を見せる二人の前で、鳴神が膝を折り、トンッと文机に手を置いた。



「霊、だよ」








 事が起こったのは数週間前。女将さんが、安く売られていた文机を買って、数日後の夜だった。


 元は、旦那さんと女将さんの部屋である隣室に置いてあったそうだ。引き出しの一つが歪んでいるのか開けられないが、仕事机として二人は重宝していた。

 その夜。夜中に目が覚めた女将さんは何気なく寝返りを打った。そして、廊下から漏れる月明かりとは別の、微かな光を見たそうだ。ぼんやりとした頭で光の方を見ると、そこには文机があって、その前に髪の長い女性が座っていた。

 客ではない。ぼんやりとしたその姿に、女将さんは息を呑んで言葉も出ず、夜明けまで布団の中で震えていたという。



「女性が…」


「それからほとんど毎晩、女が出て来るそうだ。何をするでもなく、ただじっとこの文机の前に座ってるんだと」



 部屋の中で、咲光と照真は詳しい話を聞く。ちらりと文机を見るが、とてもそんなようには見えない。



(霊が相手なら、俺達に出来る事はあんまりない…。でも、霊を相手にする仕事、知りたい)



 初めての霊の仕事。これもまた万所よろずどころの仕事の一つ。退治衆が担う仕事ではないが、だからといって知らないままでいたくないと、照真は背を正す。


 退治衆は妖が専門であるのに対し、祓衆はらいしゅうは妖も霊も担っている。分かれている理由は簡単。霊は斬れないから。

 悪霊のように人へ怨念を発する霊もあるが、そういう霊の邪念を払い送り出すのが術をもって出来る事。それが祓衆だけが担う役目。



「それが俺達、祓衆なので」


「おぉー」



 と、丁寧に説明してくれた菅原に、咲光と照真も感謝と感心を抱く。祓衆について詳しく知ったのは初めてだ。

 菅原の説明を受け、照真がビシッと手を上げた。思わず菅原も「どうぞ」と促す。



「俺、妖はいつも視えてるけど、霊は視た事ないんだ。視る違いってあるの?」



 霊が視えるという文机を前にしても、誰も視えない。妖が視えるようにと勾玉は常に肌身離さず持っている。

 照真の疑問にも菅原は頷くと、丁寧に説明をしてくれた。



「大きな理由としては、霊には実体がないからですね。霊は、何かの強い想いや心残りが強くて強くて、その想いがこの世に留まっているモノだと言われています。人に危害を加えるようなものはあまりいませんし、霊となるのも多くはないです」


「…そっか。霊は元は人だものね。妖とは全く違う」


「はい。なので、視えるかどうかも変わるんです。例えば、照真さん。人の心の中って分かりますか?」


「え…。それは分からない…」


「でも、この人が自分を良く思ってくれてるとか。今こう思ったとか。時折ピンと来る事ありませんか?」


「うん、ある」



 ブンブンっと頷く照真と、説明してくれる菅原。そんな二人を咲光と鳴神は見つめていた。

 同じ年頃の少年と話をする照真の姿は、なんだか懐かしくて微笑ましくて。いつも、きっちりとしたしっかり者な菅原の笑みが微笑ましくて。


 無意識にほわほわと見守る年長二人の前で、少年たちの会話は進んでいく。



「そっか。人の心の中みたいに、視えないけどピンと来る時があって、それが視える時なんだ」


「はい。そのピンと来る事を、俺達は“波長が合う”と言っています」



 波長が合うか合わないかは人それぞれ。今回のように、女将さんは視えていて、旦那さんは感じてもいないし視てもいない、という事もある。波長が合う理由や原因は分かっていない。

 それを聞き、咲光も成程と納得の表情を浮かべた。



「霊と違って、妖は実体があるから、視る力を必要とするとはいえ、常時視えるんですね」


「実体の有無は大きな差になる。後は、妖は妖気を発してるってとこだな。何か居るって印にもなる」



 付け加えた鳴神に、照真も成程と納得を見せた。



「知識と経験にもよるが、多くの祓衆は、波長を合わせるすべを知ってる。だから霊も感じ取りやすい。でもまぁ…これが精神的に疲れるんだよ。妖を祓う方がまだ苦労が少ない」


「そうなんですか?」


「大変も大変。下手すりゃこっちが想いの強さに引っ張られかねねぇ」


「逆に、視えない人でも、霊の想いに引きづられて視える事もあるんです。霊が無理やりに波長を合わせて来るって感じですね」


「そうなんだ」



 新発見に目を輝かせる照真に、菅原も笑みを浮かべる。そんな微笑ましい光景の傍では、もう今すでに疲れてますと言いたげに、ぐったりと畳に崩れ落ちていく鳴神を、咲光は苦労を思いながら見つめた。

 菅原が「しっかりしてください」とため息をつきながら鳴神を起こす。



(鳴神さん。言い方は軽いけど、すごく難しい事を言ってるんだろうな…)



 そして、出来ないと言っていない。


 菅原に起こされ、鳴神は「さてと…」と気を取り直すように跳ね起きた。

 西日が強くなってきている。日の入りが近づくことは、万所の本格的仕事の時間が近づいているという事。



「すぐに夕食だな。それ食べて風呂入って、後はここで時を待つ。小太郎は呪符じゅふ、咲光ちゃんと照真は、一応刀持ってこいよ」


「はい」



 三人の力強い頷きに、鳴神はニッと笑い頷きを返した。






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