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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第四章 霊祓い編

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第三十一話 同業者

「あ、あのっ……」


「こっちこっち。細かい事は気にするな」



 笑う青年に引きづられ、咲光さくや照真しょうまは宿内へ足を踏み入れた。


 美しく光沢のある木々に包まれた中、左右奥へ通じる廊下の傍にある階段を上る。

 二階は一階よりも静かだ。上れば横へ伸びる廊下と、くるりと身をひるがえして後ろへ伸びる廊下がある。中庭に面して硝子がらすの窓になっている。硝子越しに、美しく整えられた緑が見える。その中には屋根の付いた外廊が伸び、別の建物に伸びている。外廊とは別に小さな屋根がちらりと見えたが、何なのかは分からないまま咲光は手を引かれる。


 青年は一番奥の部屋まで行くと、「戻った」と一声かけ、障子を開けた。そしてポイッと二人を室内へ入れ、自分も入って障子を閉めた。



「早かったですね。……こちらは?」


「宿の前で会った」


「…………やめて下さい。誘拐ですか」


「俺を何だと思ってんの!?」



 心外と言いたげに青年が見返すのは、一人の少年。室内にいた少年と自分達を連れてきた青年のやり取りを、咲光と照真は唖然と見つめる。


 少年は照真と年も変わらないように見えた。青年に対して容赦のない言葉選びだが、どうにも不思議な二人組にしか見えない。

 青年に対し少年はやれやれと息を吐くと、内心を隠せない二人へ視線を向けた。



「この人が失礼しました。とりあえず、お座りください」


「あ、はい…」



 少年に促され、咲光と照真は荷物を傍に下ろして座る。

 少年の傍には青年が座る。それを見て、少年が場を取り仕切る。



「俺は菅原すがわら小太郎こたろうと申します」


「俺は鳴神なるかみ一心いっしん



 ぺこりと頭を下げる菅原に咲光と照真も頭を下げ、自己紹介をする。それを受け少年はひとまず頷くと鳴神を見た。



「で?」


「?」


「そんな純粋な顔でキョトンとしないで下さいよ。俺は事情が分からないんですが」



 ため息を隠さない菅原に、鳴神はそうだったと言いたげにパンッと掌で手を打った。そんなやりとりに咲光も照真もクスリと笑ってしまう。

 手を打った鳴神は、何故かゴソゴソと懐やたもとを漁りだす。



「ここに泊める事にした。えーっと……あったあった。この二人、同業者だ」



 懐から取り出したのは見覚えのある木札。


 鳴神が取り出したそれを見て、ぱちりと瞬いた菅原は「そうなんですか?」と咲光と照真を見た。二人は目を瞠り、口をあんぐりと開けて固まっていた。

 驚きのあまり言葉も出てこないらしい。かける言葉も見当たらず、菅原は鳴神を見る。二人の前で、呑気に「おーい」と木札を振っていた。



「…よく分かりましたね。そんな話をしたんじゃないですよね?」


「あぁ。二人の刀袋から清浄な気を感じたからな。そんな刀持ってるのは、万所退治衆うちの連中だけだ」


「……俺はまだそこまで気付いてませんでした」


「感覚は常に研ぎ澄ませとけ。そうすれば、すり抜けていくようなちょっとした違和感もはっきり分かる。ま、退治衆うちのれんちゅうの刀は良い気だからな。妖気と悪意は見落とすなよ」


「はい」



 菅原の返事に、鳴神は首だけ振り返ると満足そうな笑みを浮かべ頷いた。


 そしてまた咲光と照真を見て笑っている鳴神の背を、菅原は見つめる。

 いくら退治衆の刀に神威が宿っているとはいえ、それは常時感じ取れるわけではない。鞘から抜かれ刀身があらわになってこそ、神威の宿りが感じ取れる。もっとも、それも感覚を養い、かつ鍛錬を重ねた者だからこそ分かる事だが。

 なのに、抜かれてもいない刀、それも袋に納まっているのに、僅か感じ取った鳴神。



(会ってすぐにそれが分かるなんて。やっぱり凄いな。この人)



 鳴神がパンっと手を叩いたことで、咲光と照真もハッと正気に戻る。「万所よろずどころの方なんですか」「そっ」と事情が呑み込めてきた二人の様子に、菅原もほっと息を吐く。



「じゃあ、お二人は祓衆はらいしゅうなんですか?」


「そっ。祓人はらいにんに会った事ないか?」


「はい。万所で会った事があるのは神来社からいとさんっていう退治人だけなんです」


「……!?」


「おー。神来社さん。俺も知ってる」



 ほわほわと会話をする鳴神と咲光と照真。それを聞いていた菅原だけはギョッと目をいたが、それに気づく者はいない。

 菅原は思わず鳴神を見るが、「良い人だよな」「はいっ!」と楽しそう。菅原は必死に言いたい事を押し止め、ふぅーっと平静を保つように息を吐いた。


 頭を切り替え、菅原は鳴神を呼んだ。



「鳴神さん。仕事の手がかりは?」


「ない。また行ってくる」



 あっさりな答えに崩れそうになるのを気力で堪える。本当にこの人は…と言いたげな表情の菅原を咲光は心配そうに見つめた。


 ほわほわとして和やかだった一同だったが、照真は二人の会話に身を乗り出した。



「あの、仕事って、この町に妖が?」


「退治衆が出なきゃならない程のものじゃねえよ」



 緊迫した様子も見せない鳴神の態度は、焦燥しょうそうや緊張を消してくれる。

 自然と息を吐いた照真だが、すぐ隣に座る咲光を見た。まっすぐだが少し眉を寄せる表情に、咲光は静かに頷いた。姉の頷きに照真はホッと眉を開く。



「その仕事、俺達にも手伝わせてください」



 鳴神はじっと照真と咲光を見つめ、菅原は驚いたような顔を見せた。

 自分を見る二人の表情に、鳴神はフッと口端を緩める。自然と、少しだけ口端が上がった。



「よし分かった。じゃあ協力を頼もう!」


「はい! よろしくお願いします」



 ニッと笑う鳴神に、照真と咲光もパッと表情を明るくさせた。

 鳴神がちらりと菅原に視線を送れば、分かりましたと言いたげに頷きが返って来る。



「それで、仕事はどういったものなんですか?」



 咲光の問いに、鳴神は「そうだな…」と前置くと、不意に立ち上がった。そのまま廊下へ出る障子に手をかける。



「んじゃ、早速行ってみるか」



 そのまま部屋を出る鳴神に、菅原は慣れたように、咲光と照真は慌てて続いた。






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