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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第四章 霊祓い編

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第三十話 思い出のこけし

 町の東側は宿場町らしい風情が漂っている。その中に『松ノ屋』と看板の掲げられた宿があった。

『松ノ屋』は、広さもあり立派な外観をしているが、かといって敷居が高いとは感じない、落ち着いた明るい感じの店だった。淡い色の暖簾のれんの下を人々が出入りしている。



「ここだね」


「立派なお宿…」



 お勧めしたくなるのも頷ける。教えてくれた男に感謝をし、二人は空きがあるか聞いてみようと一歩踏み出した。

 と、照真しょうまの足に何かがコツンと当たり、視線を下げた。

 どうしてか、足元にこけしが転がっている。その顔が照真を見上げていた。何でだと思いながらしゃがんで、こけしを手に取る。



「誰かの物かな…?」


「なのかな…?」


「おーい! そこの少年!」



 揃って首を傾げる咲光さくやと照真の耳に、大きな声が聞こえた。


 どこの少年かは分からないが、無意識に、照真は声のした方へ視線を向けた。風呂敷を抱えた小さな少年と青年がこちらへ向かって来る。青年は照真に向かって大きく手を振っていて、目が合うと「君!」とまた呼びかけた。

 目が合った照真はこけしを手に立ち上がる。どうやら自分の事らしい。あの人達の物かなと思いながら、照真と咲光は二人を待つ。


 息を切らせた少年と平気そうな青年は、咲光と照真の前にやって来ると、ホッと安堵したような笑みを浮かべた。



「良かったぁ。悪いな、呼び止めて」


「いえ。これはあなた方の?」


「いや。俺じゃなくこの子の」



 青年は隣の少年を見た。それにつられて咲光と照真も少年を見やり、照真は少年の前に膝を折った。こけしを差し出す。



「これは君の物?」


「うん。売り物だったんだ。このお兄ちゃんに見てもらおうとしたら転がっちゃって」


「そうだったんだ」



 土産物として売っているのだろう。小さな子が働く姿に照真は目を細める。咲光も同じように少年を見つめていた。


 少年はゆっくりと風呂敷を置くと、結びを解いた。風呂敷の中には他にも色んなこけしがあった。それを見やり、照真は一呼吸分間を開けると少年を見た。



「ねえ、このこけし、俺が買ってもいい?」


「えっ。でもこれ駄目だよ。汚れちゃったし、傷ついてるかも…。もう売り物にならないよ」


「いいよ。その方が、こうして君に会ったっていう思い出になるだろ?」


「えー…でも……。変なお兄ちゃんだなあ」



 困ったような顔を見せていた少年は、仕方ないなあというような顔をする。咲光と青年がフッと吹き出した。

 少し恥ずかしそうな照真は、代金を少年に支払いこけしを購入した。


 仕事を終えた少年は「ありがとう」と手を振って去っていく。照真も咲光も手を振り少年を見送った。

 同じように少年を見送った青年が、照真へ視線を向ける。



「今の、あの子の為か? それとも思い出作りか?」


「え?」


「全部売れれば大喜びだけど、そんな日は偶にだろうな。一つ売れればひとまずホッとする。お前の思い出にもなる」



 ちらりと青年に視線を向けられ、照真は一度瞬く。意味深長な言葉にも、怯む事なく照真は男をまっすぐ見つめた。

 少しだけ空気が張りつめたように感じながら、咲光は二人を見つめる。



「欲しいと思ったから買った。買う理由なんてそれだけです。色んな町で色んな土産が出来れば、旅の思い出になりますから」



 ニッと笑顔を見せる照真に、咲光も優しく微笑む。そんな二人を見て青年はパチリと瞬くと、フッと笑みを浮かべた。

 ポンッと照真の肩に手を置くと、数度叩く。



「そっかそっか。悪いな。変な事聞いて」


「いえ…?」



 気さくな青年に照真も少々戸惑う。その傍で咲光は青年を見つめた。

 年の頃はおそらく二十歳くらい。薄茶の短い髪はばらつきがある。紺色の着物の裾は鱗文様と稲妻の模様がある。大人っぽさと子供っぽさが混じる顔つきは、笑うと屈託ない。


 自分を見る咲光の視線に気付いたのか、青年は咲光と照真を交互に見ると、ポンっと思いついたように手を打った。



「お前らまだ若いけど、許嫁とかめお……」


「姉弟です!」


「そうか! 悪い、早とちりだ!」



 二度目は皆まで言わせん! と、二人は食い気味に声を揃えて遮った。思いのほか強い否定にも、青年は素直に謝り、笑う。

 ホッとするのか力が抜けるのか、咲光は息を吐く。



「では、私達はこれで」



 ぺこりと照真と共に青年に頭を下げ、青年の前を失礼する。『松ノ屋』の暖簾をくぐろうとした時、後ろから「あ、おいおいちょっと」と再び呼び止められた。くるりと振り返った二人に、青年は足早に駆け寄って来る。



「お前ら、この宿に泊まってんのか?」


「いえ。今日来たばかりで、宿を探していたんです」


「こちらを勧めて頂いて、空きを聞いてみようかと」


「ここ、今いっぱい」



 さらりと、店を訪ねる前に告げられた言葉に、一瞬固まる。あらー…と言葉に出てしまいそうになる。

 確かに店には人がよく出入りしていた。外観から感じた通り、客はよく訪れるようだ。


 少し残念な気もするが、仕方ないと照真はシュンと眉を下げた。



「じゃあ、他探そうか。姉さん」


「そうだね。わざわざ教えていただき、ありがとうございました」


「いえいえ。と、もう一ついいか?」


「はい? 何でしょう?」


「お前ら、ちょっとここで待っててくれ」



 急速な会話の進みと理解が追いつかない状況に、咲光と照真は置いてけぼり。何がもう一つで、何で待ってて? 分からないので、浮かぶのは疑問符ばかり。


 そんな二人を置いて、青年は『松ノ屋』の暖簾をくぐって行った。それを見送り、待ってろと言われたので、二人は人々の邪魔にならないよう大人しく待つことにする。

 すると、すぐに男は戻って来た。と思うと、二人の手を掴みずんずんと歩き『松ノ屋』の暖簾をくぐった。「? 何ですか?」という表情も青年は見えていないようだ。


 建物の中は入ってすぐ土間があり、上り口には数人の客らしい人が腰掛けていた。正面には机のような台があり、宿の人が座っている。後ろの壁には絵が飾られ、壁の両端には外へ通じる通路がある。通路のさらに脇には二階への階段があり、左右の奥へ向けて一階が広がっていた。


 青年は上り口の端へ歩く。その先には店の主人と女将らしい二人の男女が、上がり口で座っていた。青年はその前まで行くと足を止めた。



「旦那さん。女将さん。急を言って申し訳ないです」


「いえいえ。鳴神なるかみ様のご要望とあらば、可能な限りお応え致します。お二方、どうぞ、当宿でごゆるりとおくつろぎください」


「………はい!?」


「お前ら、俺と同室。さすがに別室は部屋も一杯だから無理」


「はい!?」



 どうやら、知らない所で話はまとまっているようである。






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